「デリカミニ」が「デリカD:5」に似ていないのはなぜか?
2023.04.19 デイリーコラムあと半年早かったら
いま、新車業界かいわいで話題沸騰中の新型車といえば何をおいても三菱自動車の「デリカミニ」である。発売(納車開始)は5月25日だが、すでに9000台を超える予約受注を得ているのだとか。その前身である「eKクロス スペース」の2022年1月~12月の販売台数がボディーを共用する「eKスペース」を含めて1万3468台だったことを考えれば、正式発売前に9000台以上の受注というのは快挙である。
デリカミニは新しい車名の新型車とはいっても、実質的にはeKクロス スペースの大規模マイナーチェンジ版にすぎない。外板の金属部分は同じである。にもかかわらず、ここまで流れが変わったのはもはや事件だ。いったいどうしたというのか?
何を隠そう、筆者自身もデリカミニには相当な魅力を感じている一人である。「たられば」の話ではあるが、あと半年早くその存在を知っていたら昨年購入した某ハイトワゴンではなく、デリカミニを選んでいたかもしれない。いやたぶん買っていただろう。それほどまでに気になる存在になっている。
縮小しただけでは意味がない
ところで今回のコラムを書くにあたって編集担当から告げられたお題は「デリカミニが『デリカD:5』に似ていないのはなぜか?」というもの。いわく「この前まで売っていたeKクロス スペースのほうがデリカD:5に似ていたのに、デリカミニがデリカミニと名乗っているのはなぜか? お前の本当の父親は『ディフェンダー』じゃないのか!?」とのことだ。
だが、まずははっきりさせておこう。「デリカミニはデリカD:5にウリふたつだ」と。といっても先日まで売っていたeKクロス スペースが“現行型デリカD:5”の縮小版だったのに対し、デリカミニが似ているのは“改良以前のデリカD:5”(顔が大きく変わる前)。つまり、先祖返りが起きたのである。
そのうえで、ここまでデリカミニの人気が盛り上がっている理由は「単なるデリカD:5の縮小版」ではなくデリカD:5をコミカルにアレンジしていることにほかならない。
例えば、近年ブランニューの軽自動車として人気を博したモデルといえばスズキの「ハスラー」が挙げられるが、そのハスラーだってデザインは単にハイトワゴンのクロスオーバーSUVではない。顔つきがかわいいのがポイントであり、まるで鳥山 明のマンガに出てきそうなコミカルで楽しそうな脱力感が人気の秘密といっていいだろう。高いクルマに見せようと頑張っていないのがいいのだ。それって、デリカミニも同じではないだろうか。
eKクロス スペースの顔つきは確かに精悍(せいかん)だ。しかし単にデリカD:5を縮小しただけだと背伸びして頑張っている印象が否めず、「デリカみたいな顔をした小さくて安いクルマ」になってしまう。デリカミニのようにデフォルメして遊び心を注ぐことでヒエラルキーから解放され、結果的に世の中からは「安いから選ぶ軽自動車」ではなく「楽しそうだから積極的に選びたいオシャレなクルマ」と受け止めてもらえるというわけだ。eKクロス スペースに足りなかったのは、遊び心と脱力の精神だ。本気になりすぎてはいけないのである。
というわけでデリカミニがデリカD:5の現行モデルではなく改良前モデルに似ているのは、従来モデルのほうがコミカルに仕立てやすかったからと考えると理解しやすい。現行モデルをモチーフにするとどうしても「その安い仕様」に見えてしまい、ヒエラルキーの呪縛から逃れられない。しかし、かつてのモデルへのオマージュなら、多くの人が温かい心で接することができるし、ファッションとしてライバルとの競合ではないポジションを得られるというわけだ。
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積極的に選びたいクルマに
ちなみに、正式発表された段階でのデリカミニの受注の内訳は、65%の人が最上級でターボエンジンを積んだ「Tプレミアム」を選んでいるとのこと。ターボエンジン搭載の最上級グレードが最も人気を得るなんて軽自動車としては異例だが、逆に言えば「デリカミニを選んでいるのは財布に余裕のある人」ということになる。そういう人にとっては「小さいだけの安い存在には見えない」ことが大切であり、デリカミニは見事にその壁をぶち破ったというわけ。そんな消費者を振り向かせ、ライバルと比べるのではなく積極的に選びたいクルマとして独自のポジションをつくり上げたことが成功の方程式なのだ。まだ正式発表したばかりで断言するには早いタイミングだけど、デリカミニはきっと成功を収めるだろう。商品企画の勝利である。
ちなみに、筆者の知り合いのディフェンダーオーナーも、「デリカミニを買おうと思っている。だって、ディフェンダーの弟みたいなんだもん。この2台がガレージに収まっていたら楽しそうでしょ」と言っていた。似ているのはヘッドライトユニット内のアクセサリーライトだけのような気もするけれど、気持ちは分からなくもない。きっと、アフターマーケットでは「デリカミニの顔をディフェンダー風に仕立てるキット」が登場するのも時間の問題だろう。
(文=工藤貴宏/写真=三菱自動車、ジャガー・ランドローバー/編集=藤沢 勝)

工藤 貴宏
物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。