ヒョンデ・アイオニック6(4WD)
ワケあってのこのカタチ 2023.10.14 試乗記 日本への正規導入を検討中という、ヒョンデのバッテリー電気自動車(BEV)「アイオニック6」に試乗。ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーとワールドEV、そしてワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤーの3冠に輝いた、その実力やいかに。空気抵抗係数は市販車トップ級の0.21
2022年にBEVの「アイオニック5」と燃料電池車の「ネッソ」で日本再上陸したヒョンデは、先日からエントリーBEVの「コナ」の予注受け付けも開始した。
同年のグループ別販売台数でトヨタとフォルクスワーゲンに続く3番手(4位はルノー・日産・三菱)に位置するヒョンデグループゆえ、世界的にはエンジン搭載車もまだまだ豊富にそろう。しかし、ほぼ白紙からの再スタートとなる日本市場では、あえて「ゼロエミッション車をオンライン販売する」という新しいスタイルでのビジネスをもくろむ。
そんなヒョンデが2023年秋現在、韓国や北米、欧州で販売している乗用BEVは3種類ある。つまり、今のヒョンデ(の乗用車)にはアイオニック5とコナのほかに日本未上陸のBEVがもう1台あるわけだが、お察しのとおり、それがアイオニック6である。
アイオニック6は既存のアイオニック5と共通アーキテクチャーの「E-GMP」を土台とするBEV専用モデルだ。全長はアイオニック5より220mm長く、車名もフラッグシップっぽいが、あからさまにアイオニック5より上位機種というわけでもないようだ。ホイールベースは逆に50mm短いし、価格は高いものの、韓国内での実質価格差は日本円で20万円程度しかない。
アイオニック6の特徴は、ヒョンデBEV唯一の4ドアセダンであることと、絵の描いたような流線形のスタイリングだ。こういうカタチは基本的に空気抵抗が小さい。実際、アイオニック6の空気抵抗係数=Cd値は現行市販車トップ級の0.21をうたう。
ちなみに、現行市販車でこれより優秀なのは「メルセデス・ベンツEQS」の0.20くらい。同じメルセデスの「EQE」や「Aクラス セダン」のそれは0.22。やはり、自然にテールを伸ばせる3ボックスセダンが空力的に有利であることが分かる。いかにも空力ルックの「プリウス」のCd値が、歴代最良の4代目でも0.24にとどまるのはハッチバックの宿命か。
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特徴的な尻下がりルック
今のヒョンデは世界的にも斬新なデザインを最大の売りとするが、この超空力ルックにして最新BEVでもあるアイオニック6もまた、ひと目で記憶に残る造形というほかない。今回はそんなアイオニック6を試乗させていただいたのだが、同車は今のところ国内で正規販売されていない。ご想像のとおり、日本でのヒョンデ販売はまだまだ……というのが現状で、話題のアイオニック6も起爆剤として導入したいのが日本法人の意向なのだろうが、現時点では検討中だそうである。
今回取材した個体は、ヒョンデの日本法人が試験的に輸入した、2台のオーストラリア仕様のうちの1台という。ヒョンデは2台のオーストラリア仕様を使って、この8月から9月にかけて日本全国5都市で試乗キャンペーンを実施した。そこではヒョンデそのものの販促に加えて、アイオニック6に対する日本人の反応や意見を集めて、今後の導入検討材料にするのだろう。
というわけで、目の前にたたずむアイオニック6は写真より実車のほうがインパクトは大きい。全長やホイールベースは画像から想像していたよりさらに長く、それゆえ相対的に低くも見える。
特徴的な尻下がりルックの系譜については、webCGでも以前に大矢アキオさんが詳しく書かれていた(参照)。同時に、先述のEQSやEQEを引き合いに出すまでもなく、近年のメルセデスが好むモチーフでもある。ただ、バブル期を高校~大学ですごした昭和世代の筆者は、このスタイルに1990年代はじめの日産の「レパードJ.フェリー」や「ブルーバードSSS」を重ね合わせずにはいられない。また、こういうファストバック形状は空力的に揚力が強くなりがちだから、「ポルシェ911」に似たリアスポイラーも機能的に欠かせないディテールなのかもしれない。
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エコモードがいちばん快適
システム最高出力325PS、同最大トルク605N・mの4WD、総電力量77.4kWhのバッテリー、大径20インチのホイール、そして「デジタルサイドミラー」といったスペックや装備によると、今回の取材車はオーストラリアでも最上級の「EPIQ」ということになる。もっとも、グローバルでは2WD(後輪駆動)、もっと小さいバッテリー、通常のサイドミラーなどの選択肢が用意されるのは、アーキテクチャーを共有するアイオニック5と同じだ。
インテリアの雰囲気もアイオニック5とよく似ており、基本的な質感はほぼ同等といっていい。ただ、セダンならではの低いドラポジやクルマの性格に合わせてか、アイオニック6専用の立派なセンターコンソールが備わる。
資料では、ドライブモードを「エコ」や「ノーマル」にすると基本的に後輪駆動、「スポーツ」ではフルタイム4WDになると説明される。ただ、ディスプレイ上のトルク配分表示では、どのモードでも巡航時はほぼ後輪駆動で、発進やアクセルを踏み込んだときにグリップ状況に合わせて前輪にも繊細にトルク配分しているようだ。反対にアクセルを踏み込んでいても、
パワートレインの基本的な味つけも悪くない。どのモードでもアクセル操作と実際の加速にわずかな間が設けられているが、そのつながりは滑らかで違和感はない。スポーツモードではその間が一気に詰まるが、そのぶんショックも出るようになる。スポーツモードはかなり強烈なアクセル制御で、不用意に踏み込むと、「ピレリPゼロ」のトレッドが引きちぎられる(!?)と錯覚しそうなほどの猛烈なトルク感である。よほどのパワージャンキーでなければ、ノーマルモードでも十分に快活な走りが楽しめるし、日常づかいならエコモードが電費うんぬん以前にいちばん快適だ。
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想像以上に優秀な電費性能
車体の剛性感や静粛性は非常に高いレベルにあるが、シャシーについてはアイオニック5同様に熟成の余地はある。アイオニック6を高級BEVサルーンとして見ると、ひと昔前の典型的な欧州車のようなゴリッとした乗り心地は、もう少ししなやかにしたい。それでいて、荒れた路面で大きめな上下動や、ステアリングの希薄な接地感も“もうひと声!”だ。
このあたりは車体の局部剛性やパワステ制御に改良の余地があるように思う。とはいえ、絶対的な操縦安定性やライントレース性は悪くない。車体全体の剛性が高いのに加えて、巧妙なトルク配分が効いているのだろう。
業界では「Cd値が0.1小さくなれば、BEV航続距離は2.5%伸びる」ともいわれる。Cd値0.21のアイオニック6の一充電航続距離を0.29のアイオニック5と比較すると、仕向け地やモデルによって40~100km以上の差が生じている。
今回の取材車もWLTPモードで519kmの航続距離をうたうが、なるほど真夏にエアコンを稼働させて走っても、エコモードなら500km前後はむずかしくなさそうな実感はあった。さらに、山道でムチを入れても電費があまり悪化しないのには感心した。空力に加えて、エネルギーマネジメントもうまいのだろう。この運転による電費変動の少なさを見習ってほしい国産BEVはいくつもある。
筆者がwebCGで試乗させていただいたBEVのなかでも、アイオニック6の電費性能は素直に優秀だ。FFの「メルセデス・ベンツEQB」や「シトロエンE-C4」にはゆずったが、4WDの「ボルボC40」には明らかに勝った。ただ、4WDの「テスラ・モデルY」にゆずったのはテスラをほめるべきか。テスラの電費の良さは令和の七不思議(?)のひとつだが、その公称Cd値は「モデルS」が約0.21、「モデル3」とモデルYが0.23。テスラなので、この数字がどこまで信用できるかは分からない(笑)が、テスラも高い空力性能を武器としていることは間違いないだろう。
アイオニック6の国内正規販売が実現するかは分からない。しかし、デザインやパワートレイン制御も含めた商品力は素直に高く、国産BEVが学ぶべきツボも少なくないように思う。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
ヒョンデ・アイオニック6(豪州仕様車)
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4855×1880×1495mm
ホイールベース:2950mm
車重:2078kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
フロントモーター最高出力:--PS(--kW)
フロントモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)
リアモーター最高出力:--PS(--kW)
リアモーター最大トルク:--N・m(--kgf・m)
システム最高出力:325PS(239kW)/--rpm
システム最大トルク:605N・m(61.7kgf・m)/--rpm
タイヤ:(前)245/40R20 99V/(後)245/40R20 99V(ピレリPゼロELECT)
一充電走行距離:519km(4WD、WLTPモード)/545km(RWD、WLTPモード)
交流電力量消費率:169Wh/km(WLTPモード)
価格:--万円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:861km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:313.6km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:6.0km/kWh(車載電費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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