第787回:急増する尻下がりデザインの自動車 昔とは何が違うのか?
2022.12.15 マッキナ あらモーダ!ヒップ、落ちてますよ
最近、前向きに入庫している駐車スペースを通り過ぎるたび、筆者は違和感を覚えるようになった。何が原因かと考えたら、自動車の後部形状であった。明らかに以前より「尻下がりに見えるクルマ」を見かけるようになったのだ。
具体的な例を挙げれば、メルセデスの「CLA」「CLAシューティングブレーク」「EQE」、キアの「シード スポーツワゴン」などである。今回は最も映えるアングルで撮影されたメーカー写真を多用するが、実車を身長166cmの筆者の視線で観察すると、かなり尻下がりに見える。
まだ実車を見ていないが、2022年6月に発表された「ヒョンデ・アイオニック6」もしかり。サイドのクオーターウィンドウの上縁と下縁の延長がリアハッチの開口部に合流して、大胆に下降してゆく。
こうしたデザインになじむまでには、やや時間がかかりそうだ。
流線形 VS コーダトロンカ
その背景には、筆者の少年時代がある。エルコレ・スパーダによる「アルファ・ロメオ・ジュニアZ」(1969年)、いずれもジョルジェット・ジウジアーロによる「アルファ・ロメオ・アルフェッタ」(1972年)と「フォルクスワーゲン(VW)シロッコ」(1974年)がスタイリッシュに映った。シロッコに関して言えば、免許を取ったら最初のクルマにしようと勝手に決めていたほどだった。
3台の共通点は、コーダトロンカと呼ばれる、テールを切り落とした後部形状を持っていたことだ。その成立過程の詳細は省略するが、簡単に記せば、1920年代にウィーン出身の技術者パウル・ヤーライが、後部に向かって水滴状に細長くなる流線形の車体を提唱した。しかし、それを理想的な形状で実現しようとすると、実用性に支障をきたす長さのテールが必要だった。対して、1930年代にドイツのヴニバルト・カム教授は、後部を一定の場所で垂直に断ち落とすことで、ヤーライ式流線形に迫る抗力を達成した。カム理論と呼ばれるこれこそ、コーダトロンカの始まりである。
ジュニアZをはじめとした前述のモデルは、それをデザイン的特徴として、巧みに落とし込んだといえる。当時の筆者は、より新しい考えであるコーダトロンカに引かれたのである。
ヤーライ流とは異なるが、ピニンファリーナのデザインによる2代目「ダットサン・ブルーバード(410型)」初期型が尻下がりに見えて不評を買ったというストーリーも、筆者の「お尻は上がっているほうがカッコいい」信仰を増幅させた。
もちろんコーダトロンカでなくても、好きなモデルがあった。1968年の「マークI」にまでさかのぼる「ジャガーXJ」シリーズや、ネオクラシカルなテール形状が美しい1981年の2代目「キャデラック・セヴィル」だ。いずれのモデルにも、理詰めのデザインが特徴だった、ブルーノ・サッコが率いる当時のメルセデス・ベンツ車にはない優雅さがあった。
後年には、2005年の初代「メルセデス・ベンツCLS(C219)」の、伸び伸びとしたテールにも引かれた。程度のよいディーラー中古車が格安で売りに出されていたときは、本気で購入を考えたほどだ。だが、あいにくの3.5リッター版であったため、その高出力がイタリアでは極めて高額の自動車税の対象であることを知り、泣く泣く断念したのを覚えている。
筆者が好きだったそれらの尻下がりデザインが、近年の尻下がりと何が違うのか。3つのポイントがある。
なぜ視覚的に違和感を覚えるのか
第1には、近年の「尻下がり」は全長が短く、かつ全幅も狭いなかで長いテールを再現しようとしている。
ジャガーXJ(シリーズIII)も初代メルセデス・ベンツCLSも、全長は優に4.9mを超えていた。全幅も初代CLSは1.873mあった。
いっぽう現行のメルセデス・ベンツCLAおよびCLAシューティングブレークの全長は4.69m、全幅は1.83mである。全長5m、全幅1.895mの現行型CLSと同じデザインランゲージを落とし込もうという努力は認めるが、より短い全長・狭い全幅で実現しようとすると、どうしても視覚的に尻下がりになってしまう。
前述の410型ブルーバードの後に登場した「日産セドリック」(1966年)が、同じピニンファリーナによるデザインかつ後方に向かって下降するキャラクターラインを持ちながらも尻下がりに見えないのは、全長が4mにも満たなかったブルーバードより長いからにほかならない。
アイオニック6が横長テールランプを採用してワイドに見えるようにしているのは、尻すぼみによるアンバランスを意識してのことであろう。
最近の尻下がりモデルに違和感を覚える第2の理由は、「消失点(バニシングポイント)の位置」が定まらないためと筆者は考える。
自動車は側面から見たとき、ルーフ後端、サイドウィンドウの上縁と下縁、テールゲートもしくはトランクの延長線、そして側面のキャラクターラインが後方の1点、すなわち消失点で交わる数が多いほど、スタイリッシュに見えると筆者は考える。
最も分かりやすい例は初代VWシロッコだが、実はジャガーXJの後部にも、それを見ることができる。
アイオニック6の後部がどこか視覚的に落ち着かないのは、消失点が定まらないためである。クオーターウィンドウ周辺の、テールゲートのチリ(隙間)も、その煩雑さを増幅してしまう。メルセデスのEQEは、そうしたチリの問題こそないが、やはり消失点を見つけるのが難しい。
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尻下がりがスタイリッシュになる可能性
近年の尻下がりが違和感を持って映る理由の第3は、「無駄の欠如」だと筆者は考える。EQEやアイオニック6のデザインは最新の空力から導かれた最適解のひとつである。しかし、時に人間は無駄な形状に美しさを見いだす。ジャガーXJのトランクは、居住空間に対してあまりに長いうえ、空力的にもさほど効果はない。しかし、眺める者に得も言われぬ安堵(あんど)感を与える。2代目キャデラック・セヴィルのスタイルも空力的必然性に乏しい。初代CLSが新鮮だったのは、理詰め派の代表であったメルセデス・ベンツというブランドが、視覚的な美しさを優先したモデルをつくってしまったという、ある種の衝撃が原因だったはずだ。必要以上に長い全長、その割に狭い居住空間、天地に狭いサイドウィンドウ(実際初代CLSの後扉ウィンドウからは、筆者のデカ顔は出せなかった)、そして狭いトランクルームといった、非実用性が美しさを増幅するのである。20世紀、女性の社会進出にともなって機能的な短いスカートが普及する傍らで、19世紀以前を象徴する長いスカートがエレガントな装いとして生き延びたのと同じだ。
と、ここまで尻下がりのデザインをカッコよく見せるのは簡単ではないということを記してきたが、それが未来永劫(えいごう)にわたって不可能であるとはいえないだろう。
そればかりか、私たちの見る目が、コーダトロンカに飼いならされている場合も考えうる。今日、一般人の多くが絵画を鑑賞するとき、子どもの描いたものからプロ作品まで、無意識のうちに基準にしてしまうのは、ルネサンス時代に確立された、前述の消失点を駆使した遠近法である。遠近法に忠実であるかどうかで、作品を評価してしまう。遠近法に飼いならされているのだ。
ゆえに遠近法以前の、中世の写本における寓意(ぐうい)図や教会の宗教画を、未発達と決めつけてしまう。だが、そこには「より重要な人物を、より大きく描く」という彼らの原則が存在したのである。
自動車の尻下がりトレンドも、私たちの目や意識のなかに新しい捉え方が芽生えれば、受容できる日が来るのかもしれない。未来において自動車デザインを通史で見た場合、私たちはコーダトロンカ至上の末期にいるのか? それを確認するためにも長生きしたいものである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、メルセデス・ベンツ、キア、ヒョンデ、フォルクスワーゲン、BMW、日産自動車、ゼネラルモーターズ、ジャガー・ランドローバー、ソニー/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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