第282回:見れば見るほどクセになる
2024.04.22 カーマニア人間国宝への道韓国車の進歩はものすごい
ヒョンデのBEV「アイオニック6」。2023年のワールド・カー・オブ・ザ・イヤーに輝いたクルマだが、写真を見た瞬間から「うおおおお!」と震撼(しんかん)していた。この強烈な尻下がりフォルム! 尻下がりが苦手な日本人として違和感を刺激されつつ、ルーフラインとそれに呼応したウエストラインの滑らかな円弧から目が離せない。
見れば見るほど引き込まれる! これほど芸術性に特化して個性を打ち出した自動車デザインは稀有(けう)だ。ヒョンデの「シトロエンDS」か!?
アイオニック6は日本市場に導入されていないが、ヒョンデの日本法人にはナンバー付きの車両があり、貸し出してもらえるというので試乗してみた。
メカは「アイオニック5」とほぼ同じで、特筆する部分はなかったが、とにかくデザインがものすごい。SNSで絶賛したところ、賛否両論が殺到した。賛を要約すると「よくわからないけどすごいデザインだと思う」、否は「げえ~~~っ! 超絶カッコ悪い!」という感じだった。さもありなん。
それにしても韓国車の進歩はものすごい。特に近年は、ヒョンデ傘下の起亜とともに、ドイツ直系の最先端デザインで世界をリードする勢いだ。この流れは、2006年にフォルクスワーゲングループからペーター・シュライアー氏(「アウディTT」等のデザイナー)を引き抜き、デザイン部門のトップに据えたことで決まった。長年韓国車に注目してきた私としても、隔世の感と言うしかない。
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2ドアモデルは親不孝車?
私は過去3回、クルマで韓国を南北縦断している。関係ないけど北朝鮮にも行ったことがある。
訪韓ドライブ1回目は1996年。わが「フェラーリ348tb」とともに関釜フェリーで釜山に渡り、そこからソウルまで往復した。当時の韓国はマイカーブーム黎明(れいめい)期で猛烈に運転が荒く、交通事故率世界第2位とかいわれていた。
往路の高速道路では、合計約130kmの大渋滞(紅葉渋滞)に巻き込まれ、想像を絶する割り込み攻撃を食らって心身ともに限界寸前になった。無事帰れてよかった……。
到着翌日は現地の自動車専門誌の協力で「起亜ビガート」(「ロータス・エラン」のライセンス生産版)に試乗した。驚いたのは性能ではなく、エアダムがボコボコだったことだ。
韓国車にはスポーツカーがほぼ存在せず(現在も)、スポーツカー文化がない。そのせいか路面の傾斜に無頓着らしく、ビガートのエアダムは、容赦なく何度も地面に打ちつけられていた。メーカーの顔ともいうべき広報車両がボコボコでもまったく無頓着というのは、日本の常識からは驚きだった。
わが348も、ソウルの高級ホテルのバレーパーキングで、エアダムをギコギコにされた。涙。当時の韓国では、フェラーリという名前すらまだあまり知られてなかったし、当時の韓国車は、メカもデザインも日本車の安物版のようなイメージだった。
韓国でスポーツカーが育たなかったのは、2ドアモデルは「親不孝車」と呼ばれていたからという説がある。儒教思想が根強かった韓国では、両親はうやうやしくセダンの後席に乗せるもの。だから後席にドアがないクーペは親不孝車だったらしい。確かにフェラーリってとっても親不孝っぽいネ!
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アイオニック6のデザインに感服
訪韓ドライブ2度目と3度目は2008年と2010年で、どちらも仁川空港でレンタカーを借りて慶尚南道や全羅南道まで往復した。
最初の訪韓ドライブ時に比べると、運転マナーの向上ぶりは別世界。日本とそれほど変わりなくなっていたし、ソウル近郊の高速道路は片側5車線に! 日本の30年分くらいの変化を感じた。
レンタカーはどっちも「ヒュンダイ・アバンテ」(海外名4代目「エラントラ」)。まだペーター・シュライアーのデザイン革命は到達しておらず、見た目はイマイチだったけど、走りのクオリティーは「トヨタ・カローラ」と遜色なかった。当時のカローラのデザインもさえなかったし、「こりゃ互角だな」と思いました。
それから一昨年のヒョンデ日本再進出までの12年間、韓国車に乗る機会がなかったが、この間にヒョンデや起亜は、さらに30年分くらい進化したかもしれない。少なくともデザイン面は! 見た目がイマイチだったエラントラや「ソナタ」も、今じゃ信じられないくらいカッコよくなっている。
日本人は、韓国車に触れる機会がない。そして相変わらず日本ではヒョンデは売れてない。しかし、アイオニック6のデザインを見れば、われわれが目を離しているうちに、なにかとてつもないことが起きたのを感じるはずだ。
現在、ヒョンデグループの世界販売台数は、トヨタ、フォルクスワーゲンに次いで世界第3位。トヨタを除く国産自動車メーカーは、すべてヒョンデの後塵(こうじん)を拝している。そういえば国民の平均年収も韓国に抜かれているが(出典:OECD/2022年)、そういうこととは無関係に、アイオニック6のデザインには感服だ。見れば見るほどクセになる!
(文=清水草一/写真=清水草一、ヒョンデ、webCG/編集=櫻井健一)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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