第830回:簡単なのに聞き取れない! あの自動車ブランド名の“イタリア語発音”
2023.10.19 マッキナ あらモーダ!「煽り」ではありません
東芝が2023年12月20日に上場廃止となる見込みであるという。東芝といえば、1990年代に初めてハンガリーを旅行する際に読んだ話がある。同国では郵便番号のことをTOSHIBAと呼んでいたらしい。郵便番号自動読み取り機能が付いた仕分け機が導入されたとき、東芝製であったことによる、という説明だった。
イタリアに関していえば、日系の家電・エレクトロニクスの影が薄くなった昨今、東芝は健闘している数少ないブランドである。
例えばシエナの家電量販店では、東芝製の外付けポータブルHDDドライブが最近まで並んでいた。いっぽう2023年には、わが街シエナの小型路線バスに、地元空調販売店による東芝製エアコンのラッピング広告が貼られるようになった。着物姿の女性の横に「HAORI」と記されている。家に帰って調べてみると、欧州における東芝家庭用エアコンだった。HAORIは気合の入った製品だ。本体カバー部はファブリックで、イタリアの名門テキスタイル会社、ルベッリが手がける43種類から選択可能である。「ミラノのNABA美術学院におけるコンテスト優勝作品を採用したカプセルコレクション」といった意欲的な取り組みもみられる。
名称であるHAORIは「羽織」を意識したものであることは容易に想像できる。羽織るように、フロント部を変えられるという特徴とも合致する。ただし文頭のHを発音しないイタリアやフランスでは、「アオリ」と発音する人が大半であろう。メーカーのイタリア版公式動画でも「アオリ」に聞こえる。こちらの人に日本の交通マナー問題はほぼ知られていないが、筆者個人的には「煽(あお)り」という文字が浮かんでしまった。
無音のHといえば、新婚旅行で日本に行ったイタリア人が、「イイダビーフの味が忘れられない」と思い出話を語ってくれたことがある。てっきり筆者は長野県の飯田地域周辺で育った南信州牛かと信じたのだが、よく聞けば飛騨牛“Hida beef”のことだった。
有名な自動車ブランド名でも、慣れていないと聞き取れないことがある、というのが今回のお話である。
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柔軟剤かと思った
日本の四輪車・二輪車でも、Hが問題となるブランド名といえばHondaとYamahaである。イタリアで前者は「オンダ」、後者は単一のアルファベットとしてHをアッカと呼ぶことから「ヤマーカ」と発音される場合が多い。MotoGPの中継では、当然両者の発音が連発される。
フランス車に関していえばイタリアで、Peugeotは「ペジョー」、Renaultは「レノー」と発音する人が大半である。やはりフランス語由来(創立者のルイ・シボレーはフランス語圏スイスの出身)のChevroletも「シェヴロレー」と、取りあえず判別できる発音をしてくれる。難しいフランス語読みにもかかわらず、そこそこ原語に近い発音で呼ばれている背景には、イタリアで販売されている時期が長いことがあろう。なにしろフィアット誕生前夜の1893年、イタリアで初めて公道を走ったクルマはプジョーなのだ。加えて、今日60歳台以上のイタリア人は、高等教育の外国語として英語ではなくフランス語を選択した人が少なくなかったことも背景にあると筆者は考える。
ともかく、ここまで紹介した各ブランドは、日本で育った人にとっても、比較的容易に聞き取れる例である。いっぽうで、いくつかの国で筆者がそれを聞き取れるようになるまでに、場数を踏まなければならなかったブランドもある。それは「フォーフォ」だ。聞き慣れないうちは、「スマート・フォーフォー(Forfour)」や、はたまた洗濯用柔軟剤「ファーファ(Fafa)」のマスコットである熊のぬいぐるみまで頭に浮かんだものだ。正解はVOLVO。Vはオランダ語でフェー、ドイツ語でファオである。したがってフォーフォのように聞こえるのである。
あれほどの普及ブランドなのに
古いクルマについて話を聞くときも、予備知識をもとにした、とっさの理解力が必要なことがある。60歳台のイタリア人が、「昔、俺の愛車はプックの二輪だったぜ」と教えてくれたことがあった。
一瞬間をおいてからわかったのは、オーストリアの「PUCH(プフ)」のことだった。参考までに、プフは旧シュタイヤー・ダイムラー・プフ社における二輪部門のブランドだったが、1987年に始まった会社分割で、同部門はイタリアのピアッジョ社に売却された。いっぽうで四輪製造部門は、2001年からマグナ・インターナショナルによって子会社化されるとともに、名称もマグナ・シュタイヤーとなって今日に至っている。
しかしながら、これまでに最も戸惑ったもののひとつは「オスタン」だ。答えは、フランス語読みのAustinである。古いコマーシャルフィルムでは、高らかに「オスタン!」と叫んでいる。
近年では英語に近く「オースチン」と発音する人が増えてきた。こうした英語発音に近い読みへの移行はほかにもみられる。同じくフランスではCadillacを「キャディヤック」と読む人は徐々に減り、「キャディラック」と呼ぶようになりつつある。ドイツではSONYはかつて「ゾニー」と呼ばれていたが、もはや「ソニー」が一般的である。英語発音をベースにしたグローバルな読みが普及しているのだ。聞き取るのに戸惑うという上記の話とは矛盾するが、こうしたローカル発音の喪失には、一抹の寂しさも感じる。
ところで、近年は動画投稿サイトの検索機能などで、音声入力する機会が増えてきた。わが家のスマートTVの場合、日本語と英語が選択できるようになっている。より広い範囲からコンテンツを検索する場合、必然的に英語でリモコンに向かって発声するようになる。
その英語モードで、かなりいろいろな発音を繰り返しても正確に聞き取ってもらえず、個人的に絶望するブランドがある。何を隠そう、「オペル(Opel)」である。Open, Opal, Opeth, opia, OPR…ひたすら違った単語候補が出てきてしまうのだ。筆者の英語発音が適切でないのだろう。イタリアでは、限りなく日本語に近くオペルと言えば通じるのだが。そういえば、米国在住の日本人から「continentalはコンチネンタルでなく、カニネロと発音すれば一発で通じますよ」と教えてもらった。実践してみると効果てきめんだった。今度、元オペル・チーフデザイナーの児玉英雄氏にお会いしたら、しっかり発音矯正トレーニングしていただこうと思っているところだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ボルボ・カー・コーポレーション/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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