【Gear Up!】No Garage, No Life! | 達人のガレージライフ
「足さない」という美学 クルマを置くだけのミニマル空間 2023.12.11 Gear Up! 2024 Winter 自分の好きな世界をカタチにするとなると、あれもこれもと盛り込みたくなるもの。けれど、このガレージはまったくそうではない。そこには余計な要素をそぎ落とすことの良さがあった。シンプルの極み
緑多い広めの敷地の隅にある建築面積50平方メートルのこぢんまりとした木造2階建て。その1階がガレージだった。
木製扉を開ければ、3台のヒストリックスポーツカーがちょうどいい間隔で横一列に並ぶ。このガレージはクルマがひときわ映える。主役以外の脇役はいない。壁にはフレームに収められたクルマ関連の大判のポスターが飾られているが、それだけである。ガレージには余分なものは何もなく、極めてすっきり。ダウンライトに照らされた3台は、いつでも発進できる状態で佇(たたず)んでいる。
とにかく、シンプルこの上ない。これこそがこのガレージの最大の魅力といってもいいだろう。これまで訪れたガレージは、クルマとの暮らしを重視して、住居と車庫の境目のない空間を目指したものが少なくなかった。それらとはまったく異なる世界である。
「3台を収納できるガレージを作りたかったんです」。ガレージのオーナー、秋元宏道さんは語る。「ガラス越しにクルマが見えるとか、飲み食いを一緒にするとかは好きじゃないです。車庫は車庫! ヘルメットやきれいなクルマの部品とかミニカーを置くことになるかもしれませんが、とにかくシンプルにしたかった」
厳密に言えば、秋元さんのガレージはこれが初ではない。すでにシャッター付きながら波板の外壁の簡易的なガレージはあった。しかし外壁が波板なので埃(ほこり)に悩まされた。ガレージなのにクルマにカバーをかけていたという。「だから、好きなクルマを保管するためのスペースが欲しかった。それが根本です」
シンプルなのは外観もそうだ。キューブを組み合わせたような幾何学的な形が特徴だが、“飾り”はどこにも見当たらない。2階に上がるためのドアは正面からは見えないように工夫されている。同様に手を洗うためのカランもうまく隠され、すぐには気づかない。
愛するクルマをきちんと収納するためなので、埃が入らないよう、日の光でボディーの塗装が焼けないようガレージに窓はない。やはり埃の浸入を避けて大がかりな空調設備もない徹底ぶりである。ガレージの前面に外気の取り入れ口がひとつ、背面に非常に小さなファンがふたつあるだけだが、24時間ゆっくり回していれば室内の空気は動く。これでカビの発生を食い止めるには十分なのだという。むしろ大きいファンを付けるとかえって埃が入ってきてしまうらしい。
こだわったのは扉と色
ガレージで一番目立つのは木製の扉だ。天井側に備わるレールに沿うように扉が動くオーバースライド式である。最近、こうした扉を備えるガレージを見かけることが増えたような気がするが、「(ウチのガレージは)これありきです」と秋元さんは笑う。「妻に言うと怒られちゃうんですけれど、お値段はけっこうするんですよ。でも、これがあれば他に何もいらないという感じです」
秋元さんのこだわりは色にも表れている。まずは外観から見てみよう。上述のオーバースライド式扉の色はブラウン、それを囲むように作られた壁のホワイトのコントラストが美しいファサード、そして外壁のガルバリウム鋼板のチャコールグレーに近いブラックが建物全体を引き締めている。
ガレージ内部は塗装を施したコンクリートの床がグレー、壁紙がライトグレー、天井はホワイトだ。梁(はり)のこげ茶がいいアクセントになっている。これらの色味にクルマ3台の黄、白、緑がかった淡い青は絶妙にマッチする。ガレージの外も内も全体に落ち着いた色合いでまとめられた。なんとなく「和」を感じさせるが、オーナーのセンスの良さがじわりと伝わってくるようだ。
3台のスポーツカー
父親もおじさんも大のクルマ好きとあって、秋元さんは子どもの頃からクルマに囲まれた生活を送っていた。おじさんの乗っていたのが憧れのホンダS600。
筑波のヒストリックカーレースに連れて行ってもらったこともあり、走行しているホンダのエスを見ながら「あと何年で免許取れるんだろうと待ち遠しくて仕方なかった」という。
そして大学生になって初めて手にしたクルマがホンダS800。4年ほど乗ることになるが、あまり調子は良くなかった。いじっては壊れての繰り返しの毎日だったものの、エスを理解しエスを見る目を養えたのが収穫だったようだ。現在の1969年の黄色いS800Mにショップで出会ったのは大学を卒業したときだ。「自分のエスとは全然違いました。3万kmほどしか走ってない個体だったし、埃だらけの状態でもドアの開閉だけで程度の良さがわかりました」
S800Mではレースにも参加したものの、「もったいなくなって」サーキット走行するために、秋元さんはもう一台エスを手に入れる。それがガレージに収まる1965年式S600クーペだ。完全なレース仕様に仕立てられたサーキット専用、ノーズに描いたエキュリー・フランコルシャン風のストライプはだてじゃない。年2回ほど仲間と筑波サーキットあたりでドライビングスキルを磨くためのクルマである。
2台のホンダのエスに囲まれているのが1960年のロータス・エリートSr.1。幼なじみのクルマ好きからの情報をきっかけに購入を決めた。エリートはなんだか難しそうだし、エスが2台あるから最初は断ったという。ところが、それから2年たってもまだ引き取り手がいなかったので、それなら見るだけ見ようと奥さまと行ったら買ってしまったらしい。
「フルレストアしたものでしたが、ほとんど動かしていなかったみたいです。そんなに高くなかったし、こんなきれいなエリートはなかなかないと思いました。それに、やっぱりエリートはデザイン的にカッコいい!」
ホンダがエスを開発するにあたりエリートを参考にしたというのは有名な話だ。だから、秋元さんのガレージでエスと共に暮らすのも何かの縁ということなのだろう。
家族あっての趣味です
クルマ好きにとって、ガレージを建てることは長年の夢にちがいないし、それは秋元さんも例外ではなかった。
「ずーっと作りたいと思っていました。古いクルマを手にしてから、いつかはいつかはとイメージしていました。私はいま50代半ばなんですが、70代半ばか80くらいまで(クルマを)楽しむとしたらあと何年だろうと考えて、一念発起して建てることにしました」
ガレージを作りたくてもできないときはある。おカネがあってもできない時期はあるものだ。子育てをはじめとして家族のことを大切にしなくてはいけないときがある。自身の仕事を優先しなくてはいけないときもあるだろう。クルマそのものに熱中しているときには、ガレージにまで気が回らないし、資金のめどが立たないかもしれない。何事もタイミングが重要だ。
ちょうどいい頃合いに秋元さんは夢を現実にした。好きなクルマを手にし、それを仕上げ、クルマの入れ物をつくった。なんと素晴らしいクルマ人生だろうか。
加えて、「足さないことの美学」とでも呼ぼうか、ガレージのそこかしこに見られる秋元さんのミニマル主義がなんともすてきではある。
そして最後にもうひとつのすてきな話。ガレージの上、2階にはガレージよりもやや広めのスペースがある。階段を上れば、そこは秋元さんの趣味の世界が広がる、というわけではない。フローリングのブラウン、壁のライトグレー、天井のホワイト、露出した梁。要するに1階のガレージと同一のイメージでまとめられたインテリアの広い部屋は、奥さまのためにつくられた空間だ。そこにはクルマの影も形もない。カウンターのある流し台、大きなテーブル、ソファが配されたミーティングルームだ。
「妻の部屋です。私の秘密基地なんかじゃありません。何しろウチの敷地内にガレージ作っちゃいましたから秘密でもなんでもない。だからガレージ作りは妻とふたりで考えました。家族あっての趣味ですから」
照れながらそう語る秋元さんの人となりをうかがい知れたような気がした。
(文=阪 和明/写真=荒川正幸)

阪 和明
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