最終回:人それぞれに「最後のアルファ・ロメオ」
2026.08.27 マッキナ あらモーダ!916専科のミーティング
2026年は「アルファ・ロメオ・スパイダー“デュエット”」が誕生して60周年である。ただし今回は、同じスパイダーでも1995年に発表された916型が主役である。
その小さなイベントを訪問するきっかけは、本連載第963回でリポートしたベスパ・ミーティング参加者からの情報提供だった。「週末に友達のマッシモがアルファ・ロメオの走行会を開くよ」と教えてくれたのだ。乗り物趣味のつながりというのは、ありがたいものである。
916型とは、1994年のパリモーターショーで発表され、2004年まで生産された前輪駆動のスパイダー、およびそのクーペ版の「GTV」である。デザインを手がけたのは、エンリコ・フミア氏が開発部門を率いていた時代のピニンファリーナで、モデルサイクルの後半は車体の生産も同社が担当した。総生産台数はスパイダーが3万9000台弱、GTVが4万3000台弱(諸説あり)であった。
2026年6月13日昼前、待ち合わせ場所であるシエナ旧市街の歴史的自治会館「コントラーダ」のひとつで待っていると、色とりどりの916が続々と到着した。9台がスパイダー、1台がGTVである。
「クラブ・アルファ・ロメオ916.it」は2018年に誕生した若いクラブである。会員数は目下189名だ。会長のフランチェスコ・キルコ氏は「フミア氏70歳の誕生日に合わせて5月16日に設立しました」と説明する。
9回目である今回のミーティング&走行会は、シエナにゆかりが深い会員、マッシモ・デッリ・インノチェンティ氏がホストとなり、ナビゲートするというプログラムだった。
スタイルに、エンジンルームに魅了されて
916と筆者自身の縁を書かせていただければ、イタリアに来て5年目の2001年に、当時のフィアット社の広報から借りた。スパイダーの「3.0 V6」で、ミラノから西に300km離れたバッサーノ・デル・グラッパまで旅をした。
著書『イタリア式クルマ生活術』(光人社 2002年)には、そのときの印象を以下のように記している。「じつはイタリアでは、アルファ・スパイダーを見る機会は意外に少ない。3万8120ユーロという価格は日本円にすれば約430万円。ソアラより格段に安いが、イタリアではフィアット・パンダが5台買える値段なのだ。質素な生活をよしとする一般イタリア人の生活感からすると別世界である」。操縦時の印象も記している。「背中をドンと押されるようなアグレッシヴな加速を予想していたが、実際はきわめてリニアな加減速が印象的だった。エグゾースト・ノートも十分魅力的だが、けっしてワイルドなものではない。エキゾティックな外観とは裏腹に、振る舞いは意外に上品なのである」
さらに読み進むと、かなりの大食漢であったことや、巨大なドアに手こずったこと、宿泊した宿のあるじから「音を聞かせて」と空ぶかしをリクエストされたことがつづられている。一方同行した女房はラゲッジルームの狭さに驚いたものの、日本の奥さま番組でやっている「知ってトクする隙間活用法」を応用したかと思う方法で、荷物を詰め込んだ。
話をミーティングに戻そう。参加者たちの916に関する語りは熱かった。
前述のマッシモ氏は筆者が日本の媒体に執筆していることを知ると、「『2.0 V6ターボ』はエンジンルーム内のスペースが足りず、右ハンドル仕様が実現しませんでした」とうんちくを披露してくれた。ちなみにマッシモ氏は耳鼻咽喉科の医師だが、クラブではもっぱらMaxのニックネームで一愛好家としてにこやかに振る舞う。
ヴェネツィア在住のステファノ氏は1969年生まれだ。「アルファ75」との2台持ちという。916との生活について聞くと、「各部に問題が生じるのは、30年も前のクルマなのだから当たり前」と話す。さび防止技術も「1990年代以降のアルファ・ロメオは問題ない」と語る。
ファウスト&ステファニア組はヴィチェンツァから朝6時発で300kmを走ってやってきた。2000年式のスパイダー3.0 V6は2006年に購入した。彼らによると、916には2つの点で惚れ込んだという。「第1は流麗なスタイルです。私たちのクルマの車体色は、アルファ・ロメオによる1996年のコンセプトカー『ヌーヴォラ』と同色です」。そして第2は「美しいエンジンルームです」と言って、実際にフロントフードを開けてくれた。
オーストリア南部ニーダーエスタライヒ州から夫人と越境参加したのはアンディ・レンコ氏だ。8年前に入手したという彼らのスパイダーは、参加車中唯一のフェーズ3である。フェーズ2までと異なり、前部の造形が大幅に異なる。「ドイツ車にはないスタイルとファン・トゥ・ドライブに惚れ込んでいます」と語る。自宅ガレージには「1982年式『ジュリエッタ ベルリーナ』もありますよ」と教えてくれた。
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波乱万丈のなかで生まれた豊かさ
916といえばイタリアでは新車時代、正統派アルフィスタと称する人々から否定的な意見もたびたび聞かれたものだ。「“デュエット”からすると大柄すぎてアルファ独特の軽快感に欠ける」「フロントドライブでは操縦感覚を満喫できない」といったものだった。
一方今日、916の人気は高まりつつある。中古車検索サイト『オートスカウト24』の掲載車を見ると、低走行距離だと新車時の価格に近い約3万ユーロ(約557万円)の値札が下げられている。背景に、欧州全体で盛り上がるヤングタイマー人気があるのはたしかだ。だが同時に、評価が定まっておらず、閑却されてきたモデルに注目した、今回の参加者たちのような愛好家の熱意もそこに貢献している。
参加者たちの話しぶりからは、916が最後で最高のアルファ・ロメオであるという思いがひしひしと伝わる。このブランドは「最後で最高」が多い。量産ブランドに大転換する1950年以前の超高級モデルこそ最後とする人、トランスアクスルとインボードブレーキを備えた、フィアット傘下に入る前の75こそが最高と考える人、さらには、1990年代にヴァルター・デ・シルヴァのディレクションのもとデザインされたヒット作「156」「147」を、その完成度から最後のアルファ・ロメオと信じる人もいる。それらは歴史上、波乱万丈の時期が多すぎた代償と捉えることもできる。だがそれも、「『Eクラス』ならW124、『Sクラス』ならW126」といったように、傑作と序列が定まってしまっているメルセデス・ベンツとは異なる趣といえよう。
人それぞれの「最後のアルファ・ロメオ」がある。それこそが、このブランドの豊かさであるとともに、オーナーの幸福感につながっている。そう確信した夏の一日であった。
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≪最終回に寄せて≫
『マッキナあらモーダ!』は今回をもって終了することになった。イタリアからの連載を支えてくださった歴代担当編集者の方々、取材協力者各位、そして読者諸氏に深く感謝申し上げます。
“webCGの海外文化欄担当”を自認しつつ別タイトルで開始した連載は、筆者の手元に原稿が残っているものを参照すると最古は2001年だ。そこから数えても25年続いたことになる。それ以前にもワープロ+フロッピーディスクで書いていた連載を記憶しているので、筆者のイタリア生活のほぼすべてはwebCGと歩んだといっても過言ではない。
webCG発足から数年後、ある編集スタッフは「最近はようやく記者発表会に招待されるようになりました」という喜びの声を上げていたものだ。その後、メディアとしての地位を着実に固め、メーカーやインポーターから一目置かれる存在となったのは、たとえ外部の人間であっても喜ばしいことである。
筆者は小学生時代の運動会で、短距離走ではチョロ負けでも長距離走で挽回していた。『マッキナあらモーダ!』がwebCGの『徹子の部屋』的存在となったのは、そうした性格が奏功したのに違いない。2026年春、東京のある自動車誌編集部で若手編集者から「高校時代から愛読者でした」と告げられ、時の流れを感じたものである。「第1000回まで」という思いも内心あったが、webCGの新たな発展のために連載執筆陣のドライバーズシートを譲ることにした。連載中、健康を損なうことなく執筆を継続できたのは、常に伴走してくれた女房のおかげである。
四半世紀にわたり編集部からは、内容に関する指示を一切されたことはなかった。また、論旨の修正を求められたこともなかった。内容から抜粋して書籍化する際も、その都度快諾してもらえた。自由闊達な気風のなかで、のびのびと書くことができた。
筆者は少なくとも自身で「自動車評論家」と称したことはない。ラジオ番組の収録でDJがそう紹介したときは、録音し直していただいたことさえあった。筆者は自動車への関心が継続しない。子ども時代も、クルマを半分忘れて鉄道模型に熱中した時期があった。イタリアにいる今も有名無名は問わずうまい料理に舌鼓を打ち、音楽や美術を愛し、女性を崇拝することを、クルマより大切に思う瞬間が頻繁に訪れる。そうしたやからが自動車評論家と称するのは、クルマに対し一途に情熱を注ぎ、生業とする人たちに失礼である。ゆえに本連載でも、ハードとしての自動車評価は他の優秀な執筆陣にお任せする代わり、生の欧州自動車環境を限りなく一般市民視線で伝えることを筆者のミッションとしてきた。実際、これだけ長きにわたり続いた等身大の海外自動車情報は、自身が知る限り他媒体にないことを密かな誇りにしている。
取材では、主要メーカーの幹部の方々から「いつも読んでいます」と声をかけられるたび身に余る光栄を感じた。一方で、アルバイトのコンパニオンたちと期せずしてショー会場付近で同宿し、彼女たちの騒ぎにつき合わされたり、販売店を解雇されてしまったおじさんと深夜までワインを酌み交わしたりすることもあった。そうした最前線で自動車ビジネスを支える人たちと接する幸運を得たのは筆者にとって大切な思い出だ。
藤沢新編集長からは「いつか機会を見て新連載を」という温かい言葉をいただいているが、当面は単発リポートで読者諸氏と再会することになる。
自動車の楽しみ方はステアリングを操るだけではない。同時に言えるのは、いつかは誰もが体力的にクルマを運転できなくなるということだ。実際イタリアでもそうした年齢の人々が増えている。しかし彼らはクルマに関する書物を開き、ローカルイベントを覗いて、同好の士と語り合って、もうひとつのモータリング生活を楽しんでいる。実際、今回のリポートでも、当該モデルを所有していないものの、マッシモ氏の友人でクルマ好きなおじさんが徒歩で訪れて合流していた。同じような楽しみを読者諸氏にもぜひ見いだしていただくことを願いながら、本連載を締め括ることにする。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、Fausto Barbieri、Club Alfa Romeo 916.it/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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