第120回:フィアット軽食堂の夜
2006.05.03 World Wide WebCG第120回:フィアット軽食堂の夜
御曹司までご用達
フィアットの都トリノに「オステリアF.I.A.T.」という軽食堂がある。別にフィアットの社員食堂でも、フェラーリ本社前にあるリストランテ・カヴァリーノのようなオフィシャル・レストランでもない。
その証拠に、その軽食堂のF.I.A.T.とは、本家の「トリノ・イタリア自動車工場」の略ではない。「Fate In fretta A Tavola!=早くテーブルにつけ!」の頭文字をとったものである。
しかし店内は、フィアットの関連アイテムで溢れている。それも、昨日今日に寄せ集めたものではない。1970年代モデルの発売前スクープ写真や、戦前戦後にかけて生産されたフィアット製冷蔵庫なんていう、激レアグッズが散りばめられているのだ。
そんなオンリー・フィアットなムードゆえだろう、レジのそばには、数々の有名人の写真が飾られている。
「ウチの町内の餃子屋だって、ガッツ石松のサインがサランラップで包んで貼ってある」などと言うなかれ。
フィアット創業家の御曹司が来店したときの記念写真まであるのだ。けっしてオフィシャルでないけど、ほとんどオフィシャルのようなもの。このあたりの「ゆるさ」が、イタリアっぽくていい。
失恋レストランではなく
夜8時を過ぎると、予約客でいっぱいになる。壁際にかけられた往年のポスター類も、カップルに遮られて鑑賞しづらくなる。仲むつまじい彼らへのやっかみもあって、思わず「オイ、どけ」とつぶやいてしまう悲しいボクである。
ただし、昼間や夜早くは独り者が多い。一瞬、清水健太郎の失恋レストランか?と思ったが、その秘密はメニューにあった。
ブリモ(第一の皿)のパスタ、セコンド(第ニの皿)とコントルノ(つけ合わせ)、それにテーブルワインかミネラルウォーターが付く。テーブルワインといっても、なかなか濃い。実際、ある晩、ボクは店を出た途端、クラッときて歩道の段差を踏み外した。
おいしいパンも紙袋に入ってドーンとテーブルに置かれている。それでいてテーブルチャージもない。さらに気になるお値段も、いまどき10ユーロぽっきり(約1400円)という、「ファッションセンターしまむら」も驚く良心価格なのである。
さらに、その10ユーロメニュー、中身は日替わりである。それもヴェネツィア風やトスカーナ風が巧みに盛り込まれる。素朴で芳醇なソースは、思わずスカルペッタしたくなる。つまりパンですくって残さず食べたくなる。
出張族や、料理を作るのが面倒になった独り者が常連になってしまうのは、容易に想像できる。
|
昇華したエンスーを見た!
店主のカルロおじさんは、1971年に18歳でフィアット工場で働きはじめた。
「124やX1/9の生産ラインでも働いたよ」と彼は自慢する。そして、16年前までフィアットと人生を歩んできた。
グッズは長年、見つけるごとに収集してきたものという。
ところで、ひとつのクルマブランドに浸かっていると、そのクルマのような人になってしまう、という法則がある。AMGに長く乗っている人はAMGのような人になるし、シトロエンにハマっている人はシトロエンのような人になる。
ちなみに、本欄担当の編集者A君は、愛車スマート・フォーツーのような人?になりつつある。
カルロおじさんしかり。
往年の「サクマのいちごみるく」のCMソングではないが、まるくて小柄で、そして何とも気さくである。
そう、まさに「人間チンクエチェント」のような御方なのである。
エンスーの昇華した姿を、ボクはおじさんに見たのだった。
なお、軽食堂の所在地を知りたい方は、発売中の二玄社刊『STILE vol.2』をご覧いただきたい。
それではBuon appetito!
(文と写真=大矢アキオ-Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第119回:困った、困った〜ダラスのガソリン価格とSUV事情〜 2006.5.2 「イタタタタ……」。更年期障害のようだ。左肩、腰の痛み、頭痛までもなかなか治らない。
「もうそろそろ、隠居しては?」と、周囲は私に勧めてくる。やれやれ困った、困った。情報の超高速化により、私はあっという間に老人の仲間入りをさせられてしまう。
-
NEW
ホンダ・インサイト(FWD)【試乗記】
2026.6.5試乗記「ホンダ・インサイト」が電気自動車(BEV)として復活! ……というよりは中国工場製BEVにその名が与えられて日本にやってきた。さまざまな事情により、国内で販売されるのはわずか3000台のみ。日本人は“限定”に弱いとされるが、果たしてこの場合はどうか。 -
NEW
KTM 990 RC R(6MT)
2026.6.5JAIA輸入二輪車試乗会2026今年も開催された「JAIA輸入二輪車試乗会」より、魅惑のバイクを一挙紹介! 先陣を切るのは、この4月に発売されたばかりの「KTM 990 RC R」だ。オーストリアの雄が放つ最新鋭のスーパースポーツは、意外や“速さ”以外にも見どころの多い一台だった。 -
NEW
空冷の「スポーツスター」が復活!? ハーレーダビッドソンの定番商品はどんなバイクとなるのか
2026.6.5デイリーコラムハーレーダビッドソンが、一度は廃止した空冷の「スポーツスター」の復活を発表! 伝統の一台はなぜ絶版の憂き目にあい、そしてよみがえることとなったのか? ファンに愛される定番車種を刷新する難しさと、新型に課せられた使命、そして課題を考察した。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か 『シラート』
2026.6.4読んでますカー、観てますカー失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション(前編)
2026.6.4あの多田哲哉の自動車放談ひさびさに日本市場に戻ってきた、ホンダを代表するSUV「CR-V」。最新世代の仕上がりを、トヨタの車両開発者だった多田哲哉さんはどう評価する? まずは、ワインディングロードを走らせた第一印象から。 -
第964回:フィアットグッズのコレクターから学ぶ人生訓
2026.6.4マッキナ あらモーダ!イタリア在住の大矢アキオが、トリノで著名なフィアットグッズのコレクターを取材。若き日の苦労を経て大成した人物が語る、人生で大切なものとは? フィアットやイタリアの歴史を物語る、貴重なコレクションの数々とともに紹介する。