第119回:新型「ルノー・トゥインゴ」に、おフランスの残り香を探して
2009.11.28 マッキナ あらモーダ!第119回:新型「ルノー・トゥインゴ」に、おフランスの残り香を探して
安レンタカー
海外旅行から帰ってきたクルマ好きの土産話として、よく聞かされるのは「現地で乗ったレンタカー」である。
まあ、日頃乗れないモデルであったり、ちょっと立派なクルマだったりすることが多い。そういうボクも、海外で初めて運転したクルマは、大学生のときオーストラリアを一人でドライブ旅行したとき乗った、赤い「GMホールデン・コモドア」だった。「オペル・コモドア」の現地版である。
ところが今日はといえば一転して、レンタカーで借りるのは、安グルマばかりになってしまった。航空券のウェブ予約と一緒に申し込むと安くなる類のもので、なかでも最低グレードのものを選んでいる。
実際のところは家計の問題であって、仕事のときも、なるべく経費を少なく済ませようという涙ぐましい努力である。
あえて負け惜しみをいえば、ヨーロッパのクルマは、小さくてもエンジンを回せば元気に走るのだ。こちらに住み始めてまもなく、無名のレンタカー屋でボロボロの「フィアット・パンダ」を借りて、小さな島を乗りまわした。懐かしいあの日に帰れる楽しさもある。
最初の戸惑い
少し前のことだが、パリのオルリー空港から「ルノー・トゥインゴ」を4日にわたって借りた。というか、トゥインゴ(3ドア)が当たってしまったのだ。その日はシトロエン系のイベントに行く予定で、「会場内はシトロエンのみ車両進入可」と聞いていたので、一応「シトロエンはないのか?」とレンタカー会社に聞いてみたのだが、1台もなかった。あいにく上級グレードにもシトロエンはなかった。
ということで、涙をのんでトゥインゴのキーを受け取った。クルマは1.2リッター直4 16バルブの75馬力バージョンである。ボディカラーはブラック。これはボクの思い込み以外の何物でもないのだが、トゥインゴと聞いて、初代に多かったポップな色を勝手に想像してしまっていたから、またまた一本とられた。今日、イタリア同様、フランスでもこうしたシックな色が主流だ。レンタカー会社に供給されるクルマも、地味色が大勢を占めても仕方ない。
ドアを開けてシートに乗り込む。天井を見ると、広いガラスルーフが広がっていた。シートベルトのアンカー高が調節できないのは、要改良点である。
ダッシュボードを触ってみると、表面にはルイ・ヴィトンの「エピ」シリーズに似た加工がなされている。初代は、プラスチックはプラスチックとして割り切っている風があって、その潔さが魅力だった。なぜ安いものを高級に見せる必要があるのだろうか。それでいて、ドアの内張りなど、明らかに部品点数と工数を削減した跡がみられる。なにか日本車の姑息なところを真似しているようで、複雑な気持ちになった。
フランスが、変わっているのだ
ところがオートルートを走り出してみると、どうだ。先代「クリオ(日本名:ルーテシア)」のプラットフォームを活用したボディ剛性は明らかに向上していて、初代の比ではない。オートルートの制限速度である130km/h時に、エンジン回転数は約3400rpm。室内は充分に静かだ。
追越車線に出ても、流れに決して遅れをとることもなく、余裕ある走り。早く走行車線に戻りたくなった思い出のある初代が嘘のようである。いっぽう市街地走行でもパワーステアリングは適度に軽く、とても扱いやすい。トゥインゴは明らかに大人になっていた。
その日の目的地であるルマンの郊外に降りたときだ。10数年前、その地に初めて訪れたときからすると、あまりの変貌に驚いた。街は、外へ外へと発展していたのである。
チェーン系のレストラン、ショッピングセンター、ホテルといった、広い敷地を必要とするものが郊外の道端に広がっている。それらを結ぶ道は、地方道であっても何車線にも拡充され、そこを走るクルマたちは80km/h前後のスピードで飛ばしている。日本だったら高速道路の制限速度が、「ちょっとお買い物」に行くスピードになっているのである。
フランスの道路は変化する街に合わせて変わり、ベーシックカーたるトゥインゴは、そうした変化に対応すべく成長したのだ、と感じた。
今でも古さを感じさせないので、つい忘れてしまいがちだが、初代トゥインゴが登場したのは、もはや17年前も昔の1992年。フランスは変貌しているのだ。ノスタルジーだけ語っていてはいけない、と思った。
ちなみに手元の資料によると、フランスでは2009年9月16-22日の1週間に、1771台のトゥインゴが売れ、それは前年同期比27%増。「ルノー・クリオ3」「プジョー207」などに続いて、5位にランクインしている。
と言いながら、筆者はやはり日本人である。おフランスな風情を求めてしまう。ベレー帽被ってエディット・ピアフを鑑賞している人を笑えない。そんなボクに嬉しいディティールがあった。「コッチン、コッチン」というウィンカー音だ。ドイツ車の無機質なものからすると、実に心地良い響きだ。
そしてもうひとつ。昔からフランス車によくあった、コラム左のレバーを押して鳴らす式のホーンである。とっさのとき、今日一般的なステアリングパッドを押す方式よりも、確実に鳴ってくれるから好きだ。「ペーッ!」と軽いその音色も、ちょっと古いフランス車を思い出させる。
最初は、妙に大人っぽくなっていて少々戸惑ったにもかかわらず、残り香は昔と同じ。新型トゥインゴは、学生時代から知っているフランス娘に再会した感覚である。
ついでにいうと感極まって、周囲に人や他車がいないのを確認しては、用もないのにそのホーンを何度も鳴らしていた、大人げないボクであった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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