第107回:ホントにいいのか単独圧勝? 「ルノー・ヴェルサティス」生産中止に思う
2009.09.05 マッキナ あらモーダ!第107回:ホントにいいのか単独圧勝? 「ルノー・ヴェルサティス」生産中止に思う
覚えてますか?
「ヴェルサティス」というクルマを覚えておられる方はいるだろうか。ルノーの最高級車である。
一番手っ取り早く思い出していただけるのは、2007年5月のフランス大統領選だろう。選挙結果が確定した直後、ニコラ・サルコジがパパラッチのバイクに追いかけられながら、レストランまで移動したとき乗っていたのがヴェルサティスだった。
そのヴェルサティスが、今年末までに生産を終了するという。一部メディアが、生産拠点であるサンドウヴィル工場の発表としてこのほど伝えたものだ。ヴェルサティスの歩みを振り返ってみよう。デビューは2001年3月である。従来のフラッグシップ「サフラン」の後継車という位置づけであった。2005年にマイナーチェンジして現在に至っている。
現行モデルのエンジンは、ガソリンが2リッター4気筒ターボと3.5リッターV6の2種、ターボディーゼルが2リッター、2.2リッター(150/175馬力)、3リッターV6の3種ある。
フランスやイタリアで実物を見るたび思うのは、「うすらデカいなー」ということだ。これには理由があって、カタログを眺めている段階で、われわれは一般的なハッチバック車のサイズを勝手に想像してしまうのである。
しかし実車はというと、全長×全幅×全高=4860×1860×1575mmと堂々たるものだ。新型「メルセデス・ベンツEクラス」(欧州仕様)と比べると全長が10mm短いだけ。全幅、全高はヴェルサティスのほうがデカい。たしかに“大統領クラス”なのである。
なお、“Vel Satis”とは、ボクなどはファッションデザイナーのジャンニ・ヴェルサーチあたりを連想してしまうが、実際はフランス語で「Velocite(速さ)」と「Satisfaction(充足感)」をもとにした造語である。
振るわなかったセールス
このヴェルサティス、セールスは振るわなかった。フランスのデータによると、国内で2009年の第2四半期に販売されたヴェルサティスは僅か339台で、2008年同期の636台を大きく下まわったという。ルノー・イタリアでは、すでにラインナップからヴェルサティスは落とされている。
原因はさまざまなことが考えられる。まずはスタイルがアバンギャルドすぎたことだ。欧州でもこのクラスの車両を買うユーザーは保守的である。同じフランス車を選ぶにしても3ボックススタイルを守った「プジョー607」のほうが受容しやすかったのに違いない。
そもそも今日、このクラスを選ぶフランスやイタリアのユーザーの大半は、迷うことなくドイツ車を選択するようになった。カンパニーカー(企業が幹部に提供する車)の選択リストにフランス車とドイツ車があれば、多くの人はドイツ車を選ぶ。
また、退職金をクルマに注ぎ込む人たちも、彼らが若かった頃は高嶺の花だったドイツ系ブランドが意外と身近になっていることに気づき、それを購入するようになった
そこにヴェルサティスは、一部のクレームトラブルなども加わり、人々の関心から遠ざかってしまったというのが事実であろう。
サルコジ大統領も、最近の移動はもっぱら「シトロエンC6」公用車となった。フランス大統領で右派はプジョー・シトロエン系、左派は旧国営のルノーに乗るという古い慣習がいまだ続いているというわけではないのだろうが。
拡大
|
ライバルあってこその成長
ドイツ製プレミアムカーに戦いを挑んで散ったクルマは「アルファ166」「ランチア・テージス」とここ数年続いている。もうひとつ下のクラスの「アルファ159」もドイツ車をベンチマークに開発されたものの、“地元”イタリア国内で「アウディA4」や「メルセデス・ベンツCクラス」を販売台数で下回る月がある。
もちろん自動車ビジネスは、感情論など通用しない熾烈な顧客獲得競争である。しかし、ラテン系高級車壊滅・ドイツ車圧勝状態がホントにいいのか? というと疑問が残る。なぜなら、ドイツ車の向上のためにも、決して最良とはいえないからである。
戦後の自動車史の中で、ドイツのメーカーはその品質で顧客の信頼を獲得しながらも、エレガントさやエモーションに欠けるというアンチ派が存在した。それを克服すべく、ラテン的センスを採り入れたからこそ、今日の欧州各国での成功を獲得したといえる。
ちなみにそれに貢献したデザイナーは、「タテ目」こと「メルセデス・ベンツW114/115」のスタイリングに加わったポール・ブラック、長らくメルセデスのデザインディレクターを務めたブルーノ・サッコ、のちにBMWに吸収される「グラース」をデザインしたフルア、アウディに参画したジウジアーロなどだ。
もちろん、今日各メーカーのスタイリング部門は、昔とは比較にならないほど、スタッフの多国籍化が進んでいるから、ドイツメーカーは大丈夫という見かたもあるだろう。だが実際のライバルなくして成長はない。たとえばヴェルサティスのインテリアにおける木目処理やメーターの書体だけをとっても、多くの現行ドイツ車より格段にモダーンな印象を受ける。たとえ8年前のクルマであっても、だ。
拡大
|
気分はサルコジ?
少々熱くなってしまったので、余談を少々。
数年前フランスのルノー関係者とパリで食事をしながら、高級車の話になったときのことだ。最近は仕事が大変だというので、「(アライアンス相手の)日産には『フーガ』とか『ティアナ』とか、いいクルマがたくさんある。それにルノーのバッジ付けてヨーロッパで売っちゃえばいいじゃない?」とボクは冗談まじりに言った。それを聞いた相手の箸を持つ手は一瞬止まったが、答えはなかった。
だが、彼らはボクなんかよりずっと頭の良いことを考えていたようだ。韓国のルノー・サムソン・モータースで生産中の「SM5」(先代ティアナベース)に懐かしい「サフラン」の名前を付けて2008年8月にペルシャ湾岸地域で発売したのだ。
ミニSUV「コレオス」も韓国生産であることからして、この復活版サフランも、これをヨーロッパに持ってきてフラッグシップとしてしまう、という想像は容易にできる。
最後にヴェルサティスの中古車市場における今日の価格をちょっと見てみた。フランスのオークションサイトでは、即決1万4000ユーロ(約186万円)で出品されている。
イタリアの有名な中古車検索サイトも見る。まず気がつくのは出品台数自体が9台と極めて少ないことだ。さらに価格は、5950ユーロ(約80万円)!くらい。7年落ち、走行距離17万5000キロとはいえ、本革内装で、イタリアではまだまだ少数派のAT車である。新車価格が4万8000ユーロ(約636万円)なのからすると、なんともお買い得な印象である。
これに乗れば気分はサルコジ。196×年モデル・結婚13年落ちの女房も、カーラ・ブルーニに見えるかもしれない……という衝動にかられたボクは、思わず原稿を書くのを投げ出して、そのヴェルサティスを“救出”しに行こうかと一瞬血迷ってしまった。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=Renault)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第950回:小林彰太郎氏の霊言アゲイン あの世から業界を憂う 2026.2.25 かつて『SUPER CG』の編集者だった大矢アキオが、『CAR GRAPHIC』初代編集長である小林彰太郎との交霊に挑戦! 日本の自動車ジャーナリズムの草分けでもある天国の上司に、昨今の日本の、世界の自動車業界事情を報告する。
-
第949回:「戦場のスパゲッティ」は実在するのか? イタリア陸軍ショップで聞いた 2026.2.19 世界屈指の美食の国、イタリア。かの国の陸軍は、戦場でもスパゲッティを食べるのか? 30℃でも溶けにくいチョコレートに、イタリア伝統のコース構成にのっとったレーション(戦闘糧食)などなど、エゼルチト(イタリア陸軍)のミリメシ事情に大矢アキオが迫る。
-
第948回:変わる時代と変わらぬ風情 「レトロモビル2026」探訪記 2026.2.12 フランス・パリで開催されるヒストリックカーの祭典「レトロモビル」。客層も会場も、出展内容も変わりつつあるこのイベントで、それでも変わらぬ風情とはなにか? 長年にわたりレトロモビルに通い続ける、イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
第947回:秒殺で当確? 新型「ルノー・クリオ」が販売店にやってきた! 2026.2.5 欧州で圧巻の人気を誇る「ルノー・クリオ(日本名:ルーテシア)」がついにフルモデルチェンジ! 待望の新型は市場でどう受け止められているのか? イタリア在住の大矢アキオが、地元のディーラーにやってきた一台をつぶさにチェック。その印象を語った。
-
第946回:欧州に「277万円以下」のクルマなし! キューバ化を覚悟した冬 2026.1.29 欧州でお値段1万5000ユーロ未満の大衆車が壊滅状態に! 自動車の価格高騰はなぜ起き、そしていつまで続くのか? 一般の自動車ユーザーは、この嵐をいかにしてやり過ごそうとしているのか? イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
NEW
ホンダ・インサイト
2026.3.5画像・写真4代目はまさかの電気自動車(BEV)! ハイブリッドからBEVへ、4ドアセダンからSUVへと変身して、「ホンダ・インサイト」が復活を遂げた。ドアトリム/ダッシュボードヒーターにアロマディフューザーと、新たな快適装備を満載したその姿を、写真で紹介する。 -
NEW
BYDシーライオン7 AWD(4WD)
2026.3.5JAIA輸入車試乗会2026堂々たるスタイルにライバルの上をいくパワーと一充電走行距離、そしてざっくり2割はお得なプライスを武器とする電気自動車「BYDシーライオン7」。日本市場への上陸から1年がたち、少しずつ存在感が増してきた電動クーペSUVの走りやいかに。 -
NEW
ついにハードウエアの更新も実現 進化した「スバルアップグレードサービス」の特徴を探る
2026.3.5デイリーコラムスバルが車両の機能や性能の向上を目的とした「スバルアップグレードサービス」の第3弾を開始する。初めてハードウエアの更新も組み込まれた最新サービスの特徴や内容を、スバル車に乗る玉川ニコがオーナー目線で解説する。 -
NEW
第951回:日本が誇る名車を再解釈 「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」の開発担当者に聞く
2026.3.5マッキナ あらモーダ!2026年の「東京オートサロン」で来場者の目をくぎ付けにした「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」。イタルデザインの手になる「ホンダNSX」の“再解釈”モデルは、いかにして誕生したのか? イタリア在住の大矢アキオが、開発関係者の熱い思いを聞いた。 -
メルセデス・マイバッハSL680モノグラムシリーズ(4WD/9AT)【試乗記】
2026.3.4試乗記メルセデス・マイバッハから「SL680モノグラムシリーズ」が登場。ただでさえ目立つワイド&ローなボディーに、マイバッハならではのあしらいをたっぷりと加えたオープントップモデルだ。身も心もとろける「マイバッハ」モードの乗り味をリポートする。 -
始まりはジウジアーロデザイン、終着点は広島ベンツ? 二転三転した日本版「ルーチェ」の道のり
2026.3.4デイリーコラムフェラーリ初の電気自動車が「ルーチェ」と名乗ることが発表された。それはそれで楽しみな新型車だが、日本のファンにとってルーチェといえばマツダに決まっている。デザインが二転三転した孤高のフラッグシップモデルのストーリーをお届けする。