リンカーン・ナビゲーター(4WD/6AT)【試乗記】
出るタイミングが悪かった 2008.08.18 試乗記 リンカーン・ナビゲーター(4WD/6AT)……870.0万円
フォード・ジャパンが新たに導入を開始したフルサイズSUVのナビゲーターに試乗した。少し前にアメリカで大人気を誇ったSUVは、いま日本で乗るにはどうなのだろう?
まぶしいアメリカ
「フォーカス」や「フィエスタ」といった欧州フォード車に見切りをつけ、アメリカ車一本槍に路線を修正したフォード・ジャパンが、先頃新たにラインナップに加えたのが「リンカーン・ナビゲーター」だ。リンカーンというプレミアムなブランドが生んだフルサイズSUVは、まさにアメリカの豊かさと豪華さを象徴するモデル。いまよりも景気が良くて、ガソリンが安かったら、もっと輝いて見えるのに……と思うのは私だけじゃないだろうが、ともあれフォード・ジャパンとしては、ナビゲーターの投入により、フォードのアメリカンイメージを一層強化する狙いだろう。
これまでもときどき並行車と思われる車両を日本の路上で見かけることがあったナビゲーターは、「フォード・エクスペディション」をラクシャリーに仕立て上げた人気のSUVで、今回、フォード・ジャパンが導入に踏み切ったのはその第3世代にあたる。私自身、最新モデルを間近で見るのはこれが初めてだが、全長5295×全幅2035×全高1995mmのスクエアな塊に、押し出しの強いフロントマスクが組み合わされたナビゲーターからは、えもいわれぬ威圧感が漂っていた。
ところが、ドアを開けた瞬間、すうーっと出てきたステップ(パワーランニングボード)に導かれて運転席にたどりつくと、そこにはモダンでリッチな空間が存在していた。たっぷりとしたサイズのレザーシートに加えて、クラシカルなデザインのメーターパネルや美しく輝くアナログクロック、端正な模様の本木目パネルなど、ドライバーが安らぐための演出がそこかしこにちりばめられている。そんな演出に、高級車専門ブランドであるリンカーン流の"おもてなし"を見たような気がした。
優雅な振る舞い
走らせてみても、その優雅な印象は変わらない。2.7トンを超える巨漢も、最高出力304ps、最大トルク50.5kgmを誇る5.4リッターV8の手にかかれば、ストレスなく加速する。エンジンはアイドリングからすでに豊かなトルクをたたえ、1500rpmを超えると目に見えて力強さを増してくる。その気になれば5000rpmくらいまで勢いを維持するが、アクセルペダルを深く踏み込むより、軽いアクセルワークで優雅に流すほうが、このクルマにはお似合いだ。
うれしいのは、走行中の心地よさ。とりわけ、静粛性が実に高い。街中を走る場面では、エンジン音やロードノイズをしっかりと遮断してくれるし、100km/hを1500rpmで巡航するだけに高速走行時もキャビンは静かに保たれるのだ。加えて乗り心地も快適で、強固なラダーフレームと前ショート&ロングアーム、後マルチリンクのサスペンションが足もとからのショックをしっかりと封じ込める。乗り心地そのものはソフトだが、動きには節度があるので不快に思うことはなく、高速でも比較的落ち着いた挙動を見せるから、長時間のドライブも苦にならない。
もちろん、ドライバーだけでなく、助手席、あるいは2列目、3列目シートに陣取るパッセンジャーにも広く安楽なスペースが用意されている。3列目でも大人が余裕で座れるのはうれしい点で、3列シートのミニバンとしても十分な役割を果たしてくれそうだ。
余裕の代償
走りも居住空間も余裕溢れるナビゲーターだが、もちろんいいことずくめではない。まずはそのサイズ。比較的広い道や高速道路を走るにはいいが、住宅街の細い道や狭い駐車場では、手に余る大きさだ。実際、編集部からクルマを借り受け、いざ都心の仕事場近くで駐車場を探してみると、幅、高さ、車両重量の条件をすべて満たすところがなかなか見つからず、やっと見つけたところも出し入れに一苦労する始末。自宅の駐車場も幅が一杯で、隣のクルマのオーナーには恐縮するばかりだった。
さらにこのご時世、燃費も気になるところで、オンボードコンピューターの数字をチェックすると、都心では30L/100km、すなわちリッター3〜4kmという大食いぶりに、頭がクラクラした。
まあ、それを承知でアメリカ車ならではの余裕を手に入れたいという人を止める理由は見つからないし、そんな人にはとても魅力的なクルマだと思う。けれど、その一方、価格を含め、多くの人にはなかなか勧めにくいというのが私の正直な気持ちである。
同時に、フォード・ジャパンが欧州フォード車の輸入を止めたのが悔やまれる。いま一度路線を見直し、ふたたび欧州フォード車を導入するというのは、無理な相談だろうか? いずれにせよ、リンカーン・ナビゲーターの日本導入に、強い向かい風が吹いているのは事実のようだ。
(文=生方聡/写真=高橋信宏)

生方 聡
モータージャーナリスト。1964年生まれ。大学卒業後、外資系IT企業に就職したが、クルマに携わる仕事に就く夢が諦めきれず、1992年から『CAR GRAPHIC』記者として、あたらしいキャリアをスタート。現在はフリーのライターとして試乗記やレースレポートなどを寄稿。愛車は「フォルクスワーゲンID.4」。