第231回:パリの「PARIS MANGAショー」に潜入! クルマ介入の余地はなし!?
2012.02.10 マッキナ あらモーダ!第231回:パリの「PARIS MANGAショー」に潜入! クルマ介入の余地はなし!?
レトロモビルに行くつもりが……
ヒストリックカー見本市「レトロモビル」を見るため、2月はじめパリにやってきた。会場は例年と同じポルト・ド・ヴェルサイユの見本市会場である。その会場でのことだ。
他の催し物のリストに「PARIS MANGA」をみつけた。以前から見てみたいと思っていたが、ついぞ今まで訪れる機会のなかった、フランス版コミック、アニメおよびコスプレの見本市である。くしくもMANGAのパビリオンは、レトロモビルの隣だった。
観察していると、地下鉄駅から来る人々はメッセ敷地内に入ってから、若者はPARIS MANGA、おっさんはレトロモビル、というふうに、まるで分水嶺(れい)のごとく分かれてゆく。
ボクは若者たちについて行き、PARIS MANGAのパビリオンに入ってみた。入場料は10ユーロ(約1000円)。お金を払ってから振り向けば、背後には赤の革ジャン、帽子、サングラスでマイケル・ジャクソンになりきったお兄さんがいた。
だってミニョンなんだもん!
しかしそんなのは、驚きの序の口だった。会場の一角から「友情で結ばれた〜♪」「夜空に描かれた〜♪」などと歌声が聞こえてきた。てっきり日本人が歌っているのかと思ったら、来場者たちのカラオケ大会だった。モニター画面にローマ字表記された日本語を追いかけながら、みんなで歌っているのだ。特に「聖闘士聖矢」の人気が高い。別の一角では、ボーカロイド「初音ミクと踊ろう」のコーナーができていて、友達と踊って遊んでいる。
コスプレはアニメ系あり、日本でいうところのゴスロリ系あり、自分のイメージ系とさまざまだ。だが面白いのは、日本の女子中高生の制服を模した服でやってきた来場者も頻繁に見かけたことだ。彼女たちに理由を聞くと、いずれも「だってミニョン(かわいい)なんだもん」と答えてくれた。
そうした人気を背景に、日本の制服風ファッションをそろえた屋台も並ぶ。もうひとつ面白いのは、親と一緒に来ている少女も見かけることである。初音ミクの格好をしてきたカロリーヌさん(13歳)も、両親と来ていた。
ボクが怪しい者ではないことを一応説明してお話を聞く。お母さんによると、彼女はフランスのアニメファンにとってもうひとつのお約束イベント「ジャパンEXPO」も楽しみにしているという。もはやコスプレも親公認で楽しむ時代。そうした意味では、七五三に近いかもしれない。
別れる時、写真を撮らせてもらったお礼をいうと、「ドウイタシマシテ」と日本語で返されることもたびたびあった。
フランスのマージャン連盟による教室まであった。インストラクターの指導と説明書を頼りにゲームを楽しんでいる。雀卓(じゃんたく)を囲んでいる4人が和気あいあいと楽しんでいるので仲間かと思いきや、見ず知らずの者同士だった。
かと思うと、アメリカンカルチャーをまねて「Free Hugs」と書かれたプラカードを持った来場者の男女が巡回していて、頼めば誰でも抱きしめてくれる。もちろんそれらは、いずれも無料だ。もはやこれは、現代版のカーニバルだとボクは思った。いや、どこか定型化・形骸化したイタリアのカーニバルよりも自由の気風があふれている。
モーターショーより格が上!?
ちなみにコスプレ少女たちに「MANGA系以外の日本カルチャーで知ってるものは?」と聞くと、誰もが言葉に詰まった。
それでも、ボクはいいと思った。ボクの周囲には、日本文化への独自の思い込みが深くなってしまったために、日本人より日本人らしくなってしまったガイジンさんがいる。彼は逆に、まわりの人から「ニッポン=訳わからん」とみられてしまう原因にもなっている。それから比べれば、PARIS MANGAに来る若者たちの日本に対するアプローチは素直だ。そう、興味のきっかけは何でもいいのだ。
いっぽう若者がこれだけ集まっているにもかかわらず、PARIS MANGA会場にクルマのムードはまるでない。ようやく見つけたのは任天堂コーナーの一角に展示された「スーパーマリオ」のゴーカートだったが、来場者に見向きもされていない。自動車というカルチャーとは、痛快なくらい無縁な世界である。
さらにまずいことにモーターショーよりも楽しい。なぜかといえば、参加者体験型だからであろう。踊れる、カラオケを楽しめる、コスプレで来場すれば、主役気分になれる。
そのいっぽうで何も体験したくなければ、ただ見て雰囲気を楽しんでいればいい。ちょっとだけムードにのりたくなったら、簡易メイクアップコーナーもある。そうした「選択可能ムード」は、まだまだ“見る”という受動的なものが中心のモーターショーより格上のエンターテインメントである。
PARIS MANGAの入場者数は2日で7万人。単純に割ると1日あたり3万5000人だ。対する前回の2010年パリモーターショーの入場者数は126万人。会期16日で割ると1日あたり約7万8000人で、PARIS MANGAを上回る。しかし、モーターショーが見本市会場のほぼすべてを使っているのに対して、PARIS MANGAは1館だけでそれだけ集客してしまうのだから恐ろしい。欧州で100年近い歴史を誇るモーターショーが、わずか13年目のイベントに追いつかれつつある。
残る課題としては来場者の財布をいかに開かせるかということのようだ。ある日本関係の出展者によると、PARIS MANGAの来場者は20ユーロ(約2000円)台の商品になると「高い」という意識をもつという。
それでも来場者たちは、モーターショーのようなVIPラウンジや大仕掛けを備えた超豪華ブースなどないのに楽しそうだ。ああ、モーターショーの“重厚長大”さはいったい何なんだ、と思う。
もちろんPARIS MANGAにやって来る若者たちの大半は、日本のアニメ産業従事者たちの過酷な労働と低賃金を知っているとは到底思えない。しかし、それを言ったら、フランスで自動車メーカーの研究開発スタッフの自殺が近年社会問題化していることなどみじんも感じさせないモーターショーのほうが、よほどクリュエール(残酷)ではないか。
今年の10月は、パリモーターショーが開催される。その時ボクは、同じ会場でPARIS MANGAが繰り広げられていた情景をきっと思い出すに違いない。
粋なセンスの青年
そんなことを考えて歩いていたボクは、ある光景を見て息が止まった。おい、ここは熱海の温泉旅館か? ボクの目の前で、浴衣を着た青年が古いパックマンのゲーム機を操っていたのだ。
ヴィンテージゲーム機のデモンストレーターかと思って聞いたら、ただの来場者で、「偶然見つけたゲーム機で遊んでいただけ」と言われた。
その証拠に「この浴衣、ちゃんとした日本グッズショップで買ったから本物だよ。もし興味あるなら場所教えてあげるよ」と青年は浴衣のほうを強調する。いやはや、簡単かつ日本風情満点。ボクがコスプレ審査員だったら、間違いなく彼にグランプリを進呈しただろう。来年は柔道着かなにかで来場しようともくろんでいたボクは「やられた!」と思った。
彼は26歳。少し前までパン屋さんで働いていたが、今は失業中という。このセンスが彼の新たな仕事につながることを願いたい。
もちろん本人は意識していないだろうが、古いゲーム機を前にした姿はまさに社員旅行の温泉旅館で風呂上がりに遊ぶおやじだった。
それから連想するに、もし将来PARIS MANGAに自動車が登場するとしたら……それは古いおやじ趣味のパロディーとして、かもしれない。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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