第70回:レガシィに父を乗せ、孝行息子が走る1200km
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』
2014.02.28
読んでますカー、観てますカー
観光名所のない地味な州
雪が残る線路脇の歩道を、老人が歩いている。町のハズレまで行くと歩道もなくなり、クルマがビュンビュン飛ばしている道へと入っていく。よく見ると、高速道路だ。パトカーが止まり、徘徊(はいかい)老人を保護する。警察署に息子が引き取りに行くと、老人はネブラスカに行くのだと話す。なぜなら、100万ドルが当たったので、取りに行かなければならないから。
老人ウディを演じるのは、ブルース・ダーンである。過去の映画ではならず者として多くの人を殺してきたが、すっかりよれよれになった。カンヌでは最優秀男優賞を受賞している。
100万ドルが当たったといって送られてきた手紙は、もちろん安手の詐欺に相違ない。でも、ウディは信じている。だから、歩いてネブラスカ州のリンカーンまで行くというのだ。彼が住んでいるモンタナ州は、カナダと国境を接する北部に位置する。ネブラスカ州はアメリカのど真ん中にあり、とても歩いていくことはできない。
アメリカの州のことはよくわからないが、ネブラスカは相当地味なイメージを持たれている場所らしい。観光名所が何もないのだ。日本では静岡県静岡市と熊本県菊池郡大津町がネブラスカの町と姉妹都市になっているが、どちらもちょっとイメージが違う。都道府県魅力度ランキングで最下位となり、やけっぱちで“なめんなよ”キャンペーンを行っている茨城県が近いだろうか。いや、日本の真ん中ということだと、映画『サウダーヂ』や『もらとりあむタマ子』で荒涼とした空虚な空間として描き出された山梨県甲府市がぴったりかもしれない。
“ジャップカー”は情けない?
いくらダメと言っても家を抜けだしてしまうおやじを見かねて、息子のデイビッド(ウィル・フォーテ)が孝行心を起こす。インチキを承知で、ネブラスカまで連れていこうというのだ。本人が納得すれば、それでいい。ウディは、100万ドルが手に入ったらトラックを買うと言っている。男らしさを取り戻すためのアイテムだ。今もガレージにトラックが収まっているが、もう10年も乗っていない。デイビッドがウディを乗せたのは、「スバル・レガシィ」である。
だだっ広い荒野をひたすら走り、夜になってモーテルに泊まることにした。大酒飲みのウディは酔っ払ってケガをし、救急病院に運び込まれる。予定が狂った彼らは直接リンカーンに向かうのを諦め、途中にあるホーソーンに寄ることにした。ここは、ウディの生まれ故郷なのだ。15年ぶりにレイ伯父さんの家を訪れる。そこには、失業中のふたりの息子がいた。昼間からテレビを見てばかりいる。デイビッドにとっては久しぶりに会ういとこだが、共通の話題は何もない。
黙って一緒にテレビを見ていると、突然彼らが話しかけた。
「モンタナから何時間かかった?」
デイビッドが2日だと答えると、いとこふたりは大爆笑だ。
「1200キロを2日?w ダンプか?www」
スバルだと答えると、また大爆笑。一体何がおかしいのか見当もつかないが、試写会場にいた英語話者らしき数人が笑っていたから面白い話なのだろう。
別な場面では、エンジンは何気筒なのか問われて4気筒だと言うとバカにした表情を浮かべる。ほかにクルマはないのかと言うのに「日産パスファインダー」と「キア・ロンド」があると答えると、「ジャップカーばかりじゃねえか」と大笑い。彼らには日本と韓国の区別などつくはずがない。男が乗るべきクルマはV8エンジンを積んだトラックであり、ジャップカーに乗るのは情けないことなのだ。
100万ドルはなくとも旅は続く
監督は、『サイドウェイ』『ファミリー・ツリー』のアレクサンダー・ペインである。ネブラスカは、彼自身の故郷なのだ。前回紹介した『早熟のアイオワ』の舞台アイオワ州カウンシルブラフスは、ネブラスカ州オマハのすぐとなりにある街だった。何もない場所から脱出するという物語が生まれやすい土地柄ではある。それでも、ペイン監督は故郷に愛着を持つ。『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ』や『アバウト・シュミット』でもネブラスカ州で撮影を行っている。今回は美しいモノクロ映像で、土地の記憶をいとおしげによみがえらせた。
ブルース・ダーンがカンヌにふさわしい名演だったのに加え、ほかの俳優も素晴らしい。デイビッド役のウィル・フォーテは『サタデー・ナイト・ライブ』で大人気のコメディアンだそうだが、この映画ではちょいダメな心優しい中年男を好演している。そして、ウディの妻ケイト役のジューン・スキッブの怪演(かいえん)には驚かされた。御年80歳を超えていながら、かわいげのあるエロ発言を連発するのがなんとも心地よい。
さて、彼らは無事に100万ドルを受け取ることができるのか。もちろん観客の誰もそんなことに興味はないだろう。ウディはすてきな帽子を手に入れる。そして、かつての栄光と力強さを取り戻す。親子の旅は、往路と同じく2日がかりになるだろう。モンタナに帰り着いても、日常の中で旅は続いていくのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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