第73回:グラナダが壊れたらフィエスタで―フォード車大活躍!
『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』
2014.04.11
読んでますカー、観てますカー
エドガー、サイモン、ニックの映画
「世界の終わり? 酔っぱらいが何で世界を救えるんだ?」
タイトルを見て、そんな疑問を持つのは正常な感覚だ。昨今は映画の内容を正確に表していないタイトルが多いから、これもそのたぐいだと思ってしまっても仕方がない。でも、この映画は本当にワールズ・エンドを描いていて、その危機を救うのは酔っぱらいなのだ。荒唐無稽にも程があるが、“彼ら”が映画を作るとこういうものができてしまうのである。
“彼ら”というのは、エドガー・ライト監督と主演のサイモン・ペッグ、ニック・フロストのことだ。これまでに『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』を作ってきた面々である。『宇宙人ポール』もサイモン&ニックの主演だが、この時はエドガー・ライト監督が『スコット・ピルグリム vs. 邪悪な元カレ軍団』の撮影をしていて参加できなかった。どの映画も素晴らしい妄想に満ちたバカ映画で、今回ももちろん期待にたがわぬ暴れっぷりを見せてくれる。
1990年6月22日から物語はスタートする。イギリス郊外の町ニュートン・ヘイヴンで、高校の卒業式が行われた。学校で超人気のスターはゲイリー・キング(サイモン)で、ヤンチャな友人4人を引き連れていつも悪ふざけをしている。卒業を祝し、その日は“ゴールデン・マイル”を企てた。町のパブをハシゴして、ワンパイントずつビールを飲むというゲームである。「トラスティ・サーバント」「トゥーヘッド・ドッグ」「フェイマスコック」などのパブを次々と制覇していくが、3軒を残したところでギブアップしてしまった。
20年後、ゲイリーはあの時の失敗が忘れられないでいる。もう一度、ゴールデン・マイルに挑戦しなければならない。彼はかつての仲間とともに、リベンジマッチをしようと思い立つ。
フォード・グラナダで交通違反
しかし、20年の歳月は悪ガキたちを大人にしていた。町を出て仕事で成功し、幸せな家庭を築いている。マトモに就職せずにふらふら遊んでいるのは、ゲイリーだけなのだ。いちばん仲のよかったアンディ(ニック)は、法律事務所を経営している。スティーブン(パディ・コンシダイン)、オリバー(マーティン・フリーマン)も立派な社会人で、ピーター(エディ・マーサン)は「アウディ」のディーラーに勤めている。
かつての友人のもとを訪れて「また一緒にやろうぜ!」と呼びかけるのは、『ブルース・ブラザーズ』のようだ。でも、目的がくだらない。パブ12軒をまわって死ぬほどビールを飲もうというだけなのだから。腐れ縁なのか、4人は約束の日に指定された駅に現れる。ゲイリーは大幅に遅刻して愛車「フォード・グラナダMkII」で登場した。英国フォードが製造していた中型セダンで、彼が乗ってきたのは2代目モデルだ。1985年に新型に切り替わっているので、30年落ちぐらいだろうか。トランクの後端に装着されたウレタン製のエアスポイラーが時代を感じさせる。
ぎゅうぎゅう詰めで5人フル乗車し、山道をぶっ飛ばすうちに白バイに捕まってしまう。警官に尋問されたゲイリーは免許証を忘れたと言い、ピーターと名乗った。無免許の彼は、これまでもずっとこの方法で交通違反を繰り返してきたのだ。彼は、高校時代から何も進歩していない。だからこそ、人生のピークだったあの頃にやり残した唯一のことに落とし前をつける必要がある。ゴールデン・マイルをやり遂げることが、新たな一歩を踏み出すための条件なのだ。
久しぶりの故郷の町で、5人はパブめぐりを始める。しかし、学園のスターだったゲイリーに、人々はよそよそしいそぶりをみせる。そして懐かしいはずのパブは大資本に系列化され、どの店に行っても同じような内装と画一化されたメニューが並んでいた。
世界の終わりでフィエスタ登場
この町の人々は、何者かによってコントロールされていた。魂が抜けているから、ゲイリーたちのことがわからない。4軒目のパブで、彼らは若者たちに襲撃される。自分の意思ではなく、明らかに操られている様子だ。ゲイリーたちは脱出を考えるが、町の人々の大半がおかしくなっている状況では、気づかれたら捕まってしまう。怪しまれないためには、ゴールデン・マイルを続けてビールを飲み続けるしかない。
かくして、ビールを飲み続けることが町を侵略した何者かに対する正義の戦いとなるのだ。ゴールとなる12軒目のパブの名前は、「ワールズ・エンド」。世界の終わりが訪れるのを阻むために、5人は世界の終わりを目指してビールを飲み続ける。
まことに酒飲みに都合のいいストーリーである。人類を救うには飲むしかないのであり、泥酔した者がヒーローだ。飲めば飲むほど強くなる『酔拳』と同じ構造である。だらしなく飲み過ぎては二日酔いに苦しむ飲み助が、自分を正当化するためにひねり出す妄想のようなものだ。しかし、この映画の世界では、ゲイリーこそが真実を体現する存在である。まっとうな社会人として規律ある人生を歩んでいたはずの4人も、いつの間にか彼と一緒に喜々としてばか騒ぎを始めるのだ。
彼らの作る映画は、いつもこうなる。『ショーン・オブ・ザ・デッド』では、パブびたりでヤル気のない主人公がゾンビ退治に活躍し、別れそうになっていたガールフレンドとよりを戻す。しかし、彼が立ち直ったのではなく、ガールフレンドが一緒にパブびたりになるという困った解決法だった。『ホット・ファズ』では、ハリウッドのアクション刑事映画に憧れる警官が、映画で学んだド派手アクションを武器に悪の組織を壊滅させた。作品に現れるボンクラたちは、エドガー、サイモン、ニックが自分たちを投影した人物なのだ。
クルマだって、最新の高級車が一番とは限らない。ピーターがディーラーで顧客に薦めるアウディより、ボロいグラナダのほうがよほど魅力的に描かれる。ただ、グラナダは壊されてしまって役に立たない。脱出のために活躍するのは、やはりフォードのクルマだ。先代の「フィエスタ」である。ゲイリーのドライビングテクニックが火を噴く。でも、酔っぱらいのはずじゃ……自動車メディアとしては扱いづらい話だ。飲酒運転は、ダメ。ゼッタイ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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