第388回:社内バンドの元祖? による「シトロエン・マーチ」
2015.03.06 マッキナ あらモーダ!自動車メーカーデザイナー対抗バンド合戦?
日本におけるオーケストラの幕開けは、百貨店の「三越」が1909年(明治42年)に組織した「三越少年音楽隊」といわれている。同時に、日本初の社内バンドであったに違いない。
今回は、経営側の宣伝企画と社員によるレクリエーションの双方合わせて、この「社内バンド」について考察してみたい。
3年ほど前に一度記したが、ボクが東京で自動車誌の編集記者として働いていた1990年代、「自動車メーカーデザイナー対抗バンド合戦」の審査員を仰せつかっていた。バンド経験はまったくなかったが、音大出身ということで、お声がかかったのだろう。
ジャンルは、ロック、カントリー、ラテン、ジャズと、広範囲に及んでいた。そして主要メーカー以外、つまり系列会社やサプライヤーでも、バンドを結成して楽しんでいる社内デザイナーが少なくないことを知ったものだ。
演奏の合間に、参加者からいろいろな話を聞けるのも楽しかった。大手メーカー系列の「◯◯車体」に務める若いデザイナーは、「合コンでは、◯◯の部分だけ大きな声で言って、『車体』の部分は小声にするのがポイントっす」と教えてくれたものだ。
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陽気な「スマートバンド」
ヨーロッパの自動車メーカーの社内バンドといえば、ボクは真っ先に「スマート」を思い出す。ダイムラーの1ブランドであるスマートは毎年夏に欧州各地で「スマートタイムス」と名付けられた一般ファン向けイベントを催している。
プログラムには、「チアガール車内詰め込みチャレンジ」「スマート持ち上げ怪力男ショー」といった面白プログラムが毎年盛り込まれてきた。
2012年のベルギー・アントワープ会場でのことだ。夜のパーティーでステージ上に黒いTシャツを着た一団が登壇した。背中には「Smart band」とプリントされている。なんと、スマートの従業員バンドであった。工場があるフランス・ロレーヌ地方ハンバッハから、国境を越えてイベントのためやってきたのだった。
彼らのプレイは各国から集まったスマーティストたちに大好評で、その夜は大いに盛り上がった。
翌朝、ボクがホテルで朝食を取っていると、前夜のスマートバンドの面々がいるではないか。ナイスプレイを称賛すると、彼らは「一度ハンバッハに来なよ。大歓迎するぜ」と、ステージ上と同じ明るさで答えてくれたうえ、ボクのノートに連絡先まで残してくれた。彼らの陽気さは、ボクの中におけるスマートのブランドイメージを、どんなセールストークやカタログよりも向上させたのだった。
オールド・シトロエン愛好会と1枚のレコード
2015年2月初旬、パリのヒストリックカーショー「レトロモビル」に赴いたときである。シトロエンのメイク別公認クラブのひとつ、「C4」および「C6」の愛好会スタンドをのぞいた。ただし、今日のC4やC6ではない。それらのネーミングの元となった1930年代初頭のモデルである。事実、メーカーの歴史部門「コンセルヴァトワール」が保有するツートンカラーの1931年「C6Fトロペード」が展示されている。
ジェラール・ブララン会長に、なぜこの時代のモデルが好きなのかを尋ねると、「構造がシンプル。そして何より流線形が採り入れられる以前のカタチが好きなんですよ」とうれしそうに教えてくれた。
彼らのスタンドの一角に、1枚の78回転レコードが置かれてあった。有名な「オデオン」レーベルである。
何が録音されているのか尋ねると、ブララン会長は「Citroen Marcheだよ」と答えた。つまり「シトロエン・マーチ」だ。この曲は、1934年に有名な「トラクシオン・アヴァン」が登場してからも、たびたび宣伝に用いられ、「シトロシトロシトロシトロ、シートロエン!」というブランド名連呼の歌詞が付いたバージョンも作られている。
B面は「サンブル県およびムーズ県連隊」という軍歌だ。1870年、普仏戦争を機会に作られた詩をもとに、翌年作曲されたものである。
さらに続きがあった。ブララン会長は「演奏してるのは、シトロエンの音楽隊だよ」と誇らしげに教えてくれた。
たしかに曲名の下には、「l' Harmonie des Usienes Andres Citroen」の文字が記されている。シトロエン工場吹奏楽団である。
会長の説明によると、同楽団は工場従業員の集まりだったという。1930年代に複数のレコードを前述の有名レーベルからリリースとしているところからして、創業者アンドレ・シトロエンの肝いりで結成された、つまり冒頭の三越少年音楽隊と同じ御用楽団に近かったことが想像できる。
たとえ演奏は「?」でも……
レコードは、オークションで見つけて落札したという。展示車両の年代とシンクロしている。隣にこれまたオデオンの蓄音機が置かれていた。粋な演出である。
ただし当日は土曜日で多くの来場者が訪れており、かつ音だしをしているブースは見当たらないので、試聴はあえてお願いしなかった。
幸いにも後日、レコードの音源を動画視聴サイトで発見した。実際の演奏は? というと、決して秀逸といえる水準のものではなかった。当時の録音技術水準が低いことを考慮しても、である。
だがその活気に満ちたムードはどうだ。その演奏を聴いていると、当時の映画館で上映前に流れるシトロエン提供のコマーシャルや、同社が企画したアジア探検隊の記録映画などを見て興奮するフランス人の姿がまぶたに浮かんでくる。
シトロエンの音楽隊は、自動車史における広告の天才による、忘れ形見である。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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