メルセデスAMG GT S(FR/7AT)
ライトウェイトスーパーカー! 2015.08.06 試乗記 メルセデススポーツカーの頂点に君臨する「メルセデスAMG GT」に試乗。4リッターV8ツインターボエンジンを搭載し、アルミの骨格を持つGTの真骨頂は軽さ。足どりも軽やかな“ライトウェイトスーパーカー”に仕上がっていた。よりお手頃かつ民主的に
六本木ファーストビルの車寄せに現れたメルセデスAMG GT Sは、無口になるくらいカッコよかった。ワイドな超ロングノーズに追いやられた2座キャビンが引き締まって見える。プラス30万円のつや消しグレー塗装が「世紀末」的なすごみを与える、かと思えば、1960年代のライトウェイト・ジャガーEタイプ・レーシングを彷彿(ほうふつ)させるような、本格的“サーキットもの”のすごみもある。渋滞の町なかから高速道路まで、このクルマは至るところで熱い視線を浴びたが、たしかにこれは見ちゃうと思う。
メルセデスAMG GTシリーズは、メルセデススポーツカーの最高峰である。ポジションとしては、「SLS AMG」の後釜ということになるが、AMGのV8エンジンは6.2リッターから直噴4リッターツインターボにダウンサイジングし、価格は1000万円近く安くなり、浮世離れしたガルウイングドアもやめた。だいぶお手頃(笑)かつ民主的に生まれ変わったわけだが、0-100km/h:3.8秒という超高性能ぶりは負けていない。
4年前、SLS AMGで家に乗って帰ったら、開けたガルウイングドアが車庫の梁(はり)にぶつかりそうになって肝を冷やした。その前の「SLRマクラーレン」に乗ったときは、夏でもないのにボンネットから陽炎(かげろう)が上がっていて、火事になるかと思った。なんてことを思い出すと、超ド級メルセデスに乗るのは、正直、気が重い。
だが、車寄せから延びるスロープを駆け上り、一般道に出て最初の直角カーブを曲がると、このスーパーメルセデスは、ヘリウムのように軽かった。
ドライブフィールが軽い
昔、5.7リッターV8を積むフルサイズのアメリカ車が、乗ると意外や取り回しに苦労せず、むしろ積極的にファン・トゥ・ドライブですらあったのは、ハンドルが軽くて、デッカくても気軽に動かせたからである。それとAMG GT Sが同じとは言わないが、このクルマのサプライズも軽さである。
アルミやマグネシウムを多用したモノコックのおかげで、この押し出しにして車重は軽い。車検証によると、前軸重800/後870kgで1670kg。ほぼ同じボディー外寸の「ジャガーFタイプ R クーペ」より140kgも軽く仕上がっている。
だが、それよりもうれしいのは、モノとしての軽さを現世御利益につなげたドライブフィールの軽さである。ハンドルを軽くするのは、SLS AMGのころから萌芽(ほうが)があったが、AMG GTではさらにそれが徹底され、37cmの小径ステアリングホイールの操舵(そうだ)力はレースモードですら重くない。
2004年のSLRマクラーレン以降、スポーツ部門のハイエンドメルセデスは、内容も乗り味もすっかりスーパーカーである。だが、AMG GT Sには、もっと軽い語感の「スポーツカー」という言葉が似合う。ビッグAMGなのに、大味なところがないのもニュースである。
どのモードでも快適
ボンネットを開けると、Vバンクの谷間に2基のターボを並べたエンジン本体は、キャビンにめりこむような後方に搭載されている。7段DCTをリアアクスルと合体させたトランスアクスル方式によるフロントミドシップぶりを目の当たりにすると、身のこなしの軽さにも納得がいく。
510psがパワフルなのは言うまでもないが、デフォルトのコンフォートモードだと、こまめにアイドリングストップする。エンジン、変速機、サスペンションなどの制御や排気フラップの位置を変えるダイナミックセレクトコントローラーのダイヤルを回して、“スポーツ”、“スポーツ+”、“レース”とドライブモードを上げるにつれて、クルマの運動神経が高まるが、乗り心地をはじめとする快適性が大きく損なわれることはない。
ひとつ残念なのは、このAMG製新型V8もまた、パワー以外にファンタジーがないことである。アイドリングは2気筒ビッグバイクのようなツービートで、ズロズロいっている。変速機をMTモードで使えば、7200rpmまで回せるが、せっかくマーセル・ケラーさんが手組みしてくれた試乗車のエンジンも、本体の音はほとんど聞こえない。回転とともに高まるのは、もっぱら後ろから届く排気音だけである。そのかわり、レースモードにすると、まるでガトリング砲のような激しいアフターファイア音が出て、たしかに公道で使用するには気がひけた。
軽さは万物に効く
撮影の日は、早朝から高速道路でムチを入れようと思ったら、事故で渋滞していた。しかしそんな環境でも、AMG GT Sはいっさい気難しさをみせないどころか、コンフォートモードに入れておけば「Cクラスセダン」のようにフツーである。
一方、コースがクリアになれば、AMG GT Sである。0-100km/h:3.8秒は、SLS AMGと同タイムだが、AMG GT Sのほうがどこでも“踏めた”気がしたのは、はるかに強いライトウェイト感を与えるキャラクターのおかげだろうか。
インテリアも魅力的だ。ダッシュボード中央にコルベットの4本出しマフラーのようなエアコン吹き出し口が並ぶ2座キャビンは、たっぷり広い。横には広いが、幅広のセンタートンネルで仕切られた運転席にはスポーツカーらしい適度なタイト感がある。
予定より早く集合場所に着いたので、電動シートをいちばん後ろまで下げた。それから、背もたれを倒すスイッチを押すと、倒れきったところで、勝手にシートが前に動き始めた。スライドとリクラインが連係していて、自動的に寝そべらせてくれるのだ。お金持ちはこんなおもてなしを受けられるのかと感心した。
いま、2000万円のお金が天から降ってきて、どうぞクルマを買うためだけに使ってくださいと言われたら、ボクはこれか「BMW i8」かで悩む。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=藤井元輔)
テスト車のデータ
メルセデスAMG GT S
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4550×1940×1290mm
ホイールベース:2630mm
車重:1670kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:510ps(375kW)/6250rpm
最大トルク:66.3kgm(650Nm)/1750-4750rpm
タイヤ:(前)265/35ZR19 98Y/(後)295/30ZR20 101Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:9.6km/リッター(JC08モード)
価格:1840万円/テスト車=2004万8000円
オプション装備:エクスクルーシブパッケージプラス[AMGパフォーマンスシート、ブルメスターサラウンドサウンドシステム、盗難防止警報システム(けん引防止機能、室内センサー)、フルレザー仕様(ナッパレザー/DINAMICA)、レザーDINAMICAルーフライナー、AMGパフォーマンスステアリング(レザーDINAMICA、ステッチ入り)]+AMGダイナミックパッケージプラス[ダイナミックエンジントランスミッションマウント、マットブラックペイント19/20インチAMGクロススポークアルミホイール(鍛造)、イエローメーターゲージ](135万円)/セレナイトグレーマグノ(マットペイント)(29万8000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1772km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:336.9km
使用燃料:53.4リッター
参考燃費:6.3km/リッター(満タン法)/5.9km/リッター(車載燃費計計測値)
![]() |

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
-
ロイヤルエンフィールド・クラシック650(6MT)【レビュー】 2025.9.6 空冷2気筒エンジンを搭載した、名門ロイヤルエンフィールドの古くて新しいモーターサイクル「クラシック650」。ブランドのDNAを最も純粋に表現したという一台は、ゆっくり、ゆったり走って楽しい、余裕を持った大人のバイクに仕上がっていた。
-
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】 2025.9.4 24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。
-
ランボルギーニ・ウルスSE(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.3 ランボルギーニのスーパーSUV「ウルス」が「ウルスSE」へと進化。お化粧直しされたボディーの内部には、新設計のプラグインハイブリッドパワートレインが積まれているのだ。システム最高出力800PSの一端を味わってみた。
-
ダイハツ・ムーヴX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.2 ダイハツ伝統の軽ハイトワゴン「ムーヴ」が、およそ10年ぶりにフルモデルチェンジ。スライドドアの採用が話題となっている新型だが、魅力はそれだけではなかった。約2年の空白期間を経て、全く新しいコンセプトのもとに登場した7代目の仕上がりを報告する。
-
BMW M5ツーリング(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.1 プラグインハイブリッド車に生まれ変わってスーパーカーもかくやのパワーを手にした新型「BMW M5」には、ステーションワゴン版の「M5ツーリング」もラインナップされている。やはりアウトバーンを擁する国はひと味違う。日本の公道で能力の一端を味わってみた。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークス コンバーチブル(FF/7AT)【試乗記】
2025.9.8試乗記「MINIコンバーチブル」に「ジョンクーパーワークス」が登場。4人が乗れる小さなボディーにハイパワーエンジンを搭載。おまけ(ではないが)に屋根まで開く、まさに全部入りの豪華モデルだ。頭上に夏の終わりの空気を感じつつ、その仕上がりを試した。 -
NEW
第318回:種の多様性
2025.9.8カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。ステランティスが激推しするマイルドハイブリッドパワートレインが、フレンチクーペSUV「プジョー408」にも搭載された。夜の首都高で筋金入りのカーマニアは、イタフラ系MHEVの増殖に何を感じたのか。 -
NEW
商用車という名の国民車! 「トヨタ・ハイエース」はなぜ大人気なのか?
2025.9.8デイリーコラムメジャーな商用車でありながら、夏のアウトドアや車中泊シーンでも多く見られる「ハイエース」。もはや“社会的インフラ車”ともいえる、同車の商品力の高さとは? 海外での反応も含め、事情に詳しい工藤貴宏がリポートする。 -
フォルクスワーゲン・ゴルフRアドバンス(前編)
2025.9.7ミスター・スバル 辰己英治の目利き「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のなかでも、走りのパフォーマンスを突き詰めたモデルとなるのが「ゴルフR」だ。かつて自身が鍛えた「スバルWRX」と同じく、高出力の4気筒ターボエンジンと4WDを組み合わせたこのマシンを、辰己英治氏はどう見るか? -
ロイヤルエンフィールド・クラシック650(6MT)【レビュー】
2025.9.6試乗記空冷2気筒エンジンを搭載した、名門ロイヤルエンフィールドの古くて新しいモーターサイクル「クラシック650」。ブランドのDNAを最も純粋に表現したという一台は、ゆっくり、ゆったり走って楽しい、余裕を持った大人のバイクに仕上がっていた。 -
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。