メルセデスAMG GT R(FR/7AT)
男なら 2020.03.24 試乗記 内外装のデザイン変更やユーザーインターフェイスの改善など、ブラッシュアップが図られたメルセデスAMGのフラッグシップ2ドアクーペ「GT」シリーズ。ラインナップの中で最も硬派な「GT R」をワインディングロードに連れ出し、その進化を確かめた。ぜいたくなカタチ
本物はプロポーションで度肝を抜く。いかにもこわもてのバンパーやライトまわりの処理などは、それに比べれば枝葉末節である。何しろ4.5mあまりの全長の3分の1以上は長大なノーズで、ドライバーズシートはホイールベースの真ん中よりも後ろに位置する。2630mmのホイールベースの内側にはエンジンとたった2人分のスペースだけ。これが「フォルクスワーゲン・ゴルフ」ならほぼ同じホイールベース(2635mm)の中にはエンジン/トランスミッションと5人分のちゃんとした室内空間が確保されているのに、なんとぜいたくこの上ないパッケージングだろう。
大きなエンジンフードを開けると、無駄というか、いやもちろん無駄ではないのだが、途方もなくぜいたくなスペースの使い方に感心するよりもあきれてしまう。AMGの象徴「ワンマン・ワンエンジン」の熟練工のプレートが貼り付けられた下はエンジンそのものではなく、冷却用のラジエーターコアやインテークパイプが詰め込まれているだけ。このAMG GT用に開発されたドライサンプのM178型4リッターV8ツインターボユニットは、バルクヘッドにめり込むようにエンジンルームの後方に、しかもVバンクの中に並んだ2基のターボチャージャーの下に埋め込まれている。
フロントアクスルから前方のオーバーハング分およそ900mmには重量物を配置していないおかげで、さらに7段DCTはトランスアクスル式でリアに置かれているために、重量配分は48:52とむしろ後輪寄りである(車検証値で810kg:880kgの計1690kg)。フェラーリはエンジンを運ぶためのシャシーなどという言い方もあるが、このAMG GT Rもまた同様、まさにレーシングカーそのものといった眺めである。
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新しくなったのはコックピットまわり
今やメルセデスAMG独自のGTシリーズには「クーペ」や「ロードスター」に加えて「4ドアクーペ」も仲間入りし、合わせて15車種にも上るというが、その中のフラッグシップに当たる最硬派モデルがこのGT Rである。昨2019年のマイナーチェンジの際にサスペンションにピロボールを採用した専用サスペンションを持つ、さらにサーキット志向の「GT Rプロ」が追加されたのはもちろん知ってはいるが、あちらは日本向けに20台という限定スペシャル仕様。事実上はGT Rがトップパフォーマーである。
他のモデルと同じくGT Rも小変更を受けているが、パワートレインなど主要部分には変更なし。手が加えられたのは主にインストゥルメントパネルである。メーターは12.3インチのTFTディスプレイによるフルデジタルとなり、ダッシュボード中央のディスプレイも10.25インチサイズに変更されている。
センターコンソールにずらりと並んでいた丸いダイヤルは、V8エンジンをモチーフにしたという四角いボタン(表面に液晶表示付き)に変えられ、さらにステアリングホイールも最新のメルセデス同様のコントローラー付きとなり、スポーク下左右には「AMGドライブコントロールスイッチ」(ESPやダンパーなどを切り替え可能)、「AMGダイナミックセレクト」(スリッパリーを加えた6モード)のダイヤルも備わっている。
ドライブモードを切り替えると、ESPやリアアクスルステアリング、電子制御LSDなどを統合制御する新採用の「AMGダイナミクス」もそれに伴って変化するのだが、紛らわしいのは「AMGダイナミクス」もベーシック/アドバンスト/プロ/マスターの4段階に個別に選択可能ということ。これらはステアリングホイール上のスイッチで操作できるから、巨大なコンソールに並んだ新しいスイッチ群は何のため? という気もする。とにかく、走りだしたらチマチマ細かい表示を見る余裕はないはずだから、いろいろと切り替えてみるのは止まっているうちだ。
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くれぐれも油断大敵
箱根のワインディングロードではその高性能のほんの少ししか発揮できないことは百も承知。だが緊張の中にも“怖いもの見たさ”を抑えられずちょっぴりワクワクする。最新のスタビリティーコントロールシステムが備わっているのは当然だが、だから安心などと考えてはいけない。たとえコンフォートモードでも、低速でちょっと深く踏み込めばたちまち野性をあらわにする。
レーシングカー「AMG GT3」譲りのノウハウを注いで開発したというGT Rは、もともとそのロードゴーイングモデルという位置づけだ。このGT用に開発されたM178型4リッターV8ツインターボエンジンは、シリーズ最強の最高出力585PS/6250rpm、最大トルク700N・m/2100-5500rpmを発生する。以前は最大トルクの発生回転数が1900-5500rpmと若干異なっていたはずだが、数値そのものには変わりない。
さらにカーボン製のルーフやトルクチューブ、プロペラシャフトを採用し、「GT S」よりも15kg軽量化したという。ボディーの全幅もさらに拡大された上に、フロント部にはアクティブエアロダイナミクスも備わる。0-100km/h加速は3.6秒、最高速は318km/h。とにかくやる気満々の武闘派フラッグシップモデルなのである。
ESPを切ればトラクションコントロールを9段階に調節可能なダイヤルがダッシュボード中央に備わるが、レースカー同様のそれを公道で試すのはお勧めしない。何しろESP(これも3段階可変)をオフにしなくても、テールスライドを試せるほどだが、問題はそのボディーサイズだ。全幅は2005mmもある上に、長大なノーズがドライバーの前方視界の大半を占めるから、狭い山道や街中ではさすがにちょっと憂鬱(ゆううつ)である。やはり思い切り踏むにはクローズドコースを目指すしかないだろう。
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腕と自制心に加え経済力
ただし、それを除けば予想以上に快適だった。専用サスペンションは無論締め上げられているが、気になる振動やハーシュネスは一切感じられず、恐ろしく強靱(きょうじん)な足腰がガシガシ路面を踏みしめて行く。速度が上がるほどに正確さを増すようなステアリングも頼もしく、また他のメルセデスとほぼ同じ安全運転支援システムもオプションながら備わっている。
それも考えてみれば当たり前で、本物のGT Rレースカーに乗ったことはないけれど、左右だけでなく上下にうねるニュルブルクリング北コースを一昼夜走らなければならないクルマがドライバーの快適性に配慮していないはずはない。ミスをできるだけ招かないことも優れたレーシングカーの条件である。
歴史は繰り返すというが、現在のGTレースは、1960年代のようにレースでミラーとミラーを擦り合わせているようなスポーツカーの名門ブランドが、実際の路上でもプライドをかけて競い合っている。サーキットを走るレースカーと実際の市販モデルとの間のダイレクトなリンクを顧客に納得させることが重要で、レーシングカーとロードカーが隣り合っていた時代が再び巡ってきたような感じさえする。それぞれのブランドの個性と特長を生かしたGT3カテゴリーが盛り上がることで、各ブランドも高性能スポーツカーを富裕層にアピールできるというわけだ。
スポーツカー乗りは、扱いが難しいほどより満足し、時にはヒリヒリした緊張感も味わいたいという実に厄介な人種である。それを止める気はないけれど、このGT Rで飛ばすほどに箱根の山道がニュルブルクリングのように見えてくる。そうなったら要注意。自制心を忘れないのがジェントルマンドライバーである。
(文=高平高輝/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
メルセデスAMG GT R
全長×全幅×全高=4550×2005×1285mm
ホイールベース:2630mm
車重:1690kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:585PS(430kW)/6250rpm
最大トルク:700N・m(71.4 kgf・m)/2100-5500rpm
タイヤ:(前)275/35ZR19 100Y XL/(後)325/30ZR20 106Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2)
燃費:--km/リッター
価格:2426万円/テスト車=2729万8000円
オプション装備:ボディーカラー<AMGグリーンヘルマグノ[マットペイント]>(80万6000円)/レーダーセーフティーパッケージ(23万4000円)/エッセンシャルパッケージ(54万6000円)/AMGパフォーマンスシートパッケージ(35万2000円)/フルレザーパッケージ(38万3000円)/マットブラックAMG 10ツインスポークアルミホイール(6万4000円)/AMGカーボンファイバーエンジンカバー(16万6000円)/AMGマットカーボンラゲッジコンパートメントバー(15万4000円)/AMGカーボンファイバーステップカバー(11万5000円)/イエローシートベルト(5万2000円)/Burmesterサラウンドサウンドシステム810(16万6000円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1568km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:262.6km
使用燃料:47.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.5km/リッター(満タン法)/5.8km/リッター(車載燃費計計測値
