第488回:手に入れるだけでひと苦労
イタリアで今どきの調理用家電を試す
2017.02.10
マッキナ あらモーダ!
「炊飯器を買う」のは一大事!?
2016年後半、イタリアのわが家では立て続けに家電製品が寿命を迎えた。
最初は電気炊飯器だった。十数年前に成田空港の免税店でイタリアに帰る際買ったサンヨー製。海外向け仕様である。店で対応してくれたのは、当時まだ珍しかった中国人の店員さんだった。値段は正確には覚えていないが、今以上にビンボーだったわが家が買えたのだから、2万円前後だったのだろう。わが家にとっては、在住数年目のイタリア生活で初めて買った炊飯器だった。それまでは鍋でごはんを炊いていたのだから、大進歩だった。
その“歴史的”電気釜、2016年の初めごろからマイコン(死語)部分が誤作動を起こすようになった。「Genkikun」という意味不明なサブネームがフロント操作部にプリントされていたが、次第に元気がなくなっていった。そして10月、ついに作動しなくなった。
いざ新品を買おうと行動にでると困った。今日日本で販売されている海外仕様の炊飯器は、高機能の多人数家族向けが主流となっていたのである。値段も高い。「10合炊きで6万円」なんていうモデルまで、ざらにある。そんなデカいものを提げて帰るのは危険だ。たとえ「免税品店で買った」と言っても、イタリアの空港税関でどんなイチャモンをつけられるかわからないのだ。かといって、手動の鉛筆削りまで日本からイタリアへの輸送中に盗まれたことがある身としては、別送にするのも怖い。
この電気釜の高級化の背景には、中国からの観光客による“お土産需要”があるのは確かだ。彼らは、日本ならではのハイテク電気釜を使って大家族で食べるのである。ちなみに中国の免税店でもたびたび確認したが、日本ブランド家電の円換算価格は、日本国内で買うのと大して変わらないかそれ以上である。
わが家は女房と2人暮らし。加えてどちらも“低燃費体質”なので、1食1合で十分だ。プレミアム電気釜を買うことは、近所のスーパーの買い物用にメルセデス・マイバッハを買うようなものだ。
「じゃあ素直にイタリア国内で買えばいいじゃないか?」というあなたは甘い。こちらのアジア系食料品店にある炊飯器といえば、思わず「昭和かよ!」と声をあげたくなるような旧式の炊飯器だ。それがビニールをかぶって、棚の上のほうに置かれていたりする。それでいて、平気で円換算にして1万円前後の値段が付いていることも珍しくない。日本人が多いパリやデュッセルドルフに行けば、もう少しマシなものが手に入るが「1店舗1モデル」といった感じで、比較検討ができず、まったく購買意欲がおきない。
ようやく2016年11月に東京に行ったとき、女房が見つけた海外仕様は、象印製の3合炊きであった。免税店で買えば安いのだろうが、ちょうどいい品があるかどうかわからないので、通常のネット通販で探した。女房の実家に届いた箱を開けてみると、スイッチ類は中国語と英語。ほかに、日本語と韓国語をプリントしたステッカーが別添されていた。「上に貼れ」というわけだ。
女房はすぐにその日本語ステッカーを貼ろうとしたが、「シールは劣化しやすいし、中国語の勉強にもなるから貼るな」と筆者が制止したため、新品の炊飯器を買ったよろこびもつかの間、夫婦の間に緊張感のある空気がたちこめた。
電子レンジなき国イタリア
次に寿命を迎えたのは電子レンジであった。フィレンツェの家電量販店で購入したデロンギ製だ。2002年に購入した領収書があるから、14年もがんばってくれたことになる。マイクロ波を出すマグネトロンの寿命は一般に10年といわれているらしいから、大往生といえる。
参考までにイタリア語で電子レンジは、「フォルノ・ア・ミクロオンデ」という。フォルノ(forno)は窯、ミクロオンデ(microonde)はマイクロウエーブである。
イタリアでは2000年代に入っても、電子レンジが一般的ではなかった。テレビの料理番組では、「電子レンジの使い方」といったコーナーが時折見受けられた。お年寄りに限らず、知人の医師までもが「レンジは体に悪い」と言ったのを覚えている。
早くも1970年代に、『東芝ファミリーホール特ダネ登場!?』で司会の押阪 忍が番組内のテレビCMで電子レンジを紹介していた日本で育ったボクである。イタリアの電子レンジの普及率の低さは、にわかには信じられなかったものだ。あれから十数年たった今でも「台所にあるのはオーブンだけで、電子レンジはないよ」という家は少なくない。
それはともかく、電子レンジが壊れたことをボクがSNSに記すと、欧州各地に住む大学時代の同級生から、たてつづけにメッセージが届いた。彼女たちはいずれも在住20年前後だが、ウィーンでもパリでも、「住み始めて以来、一度も電子レンジを所有したことがない」という。電子レンジ調理食品の数が、日本に比べて圧倒的に少ないことが背景にあるのは明らかだ。
家電量販店に行ってみると、14年前の前回購入時よりも、電子レンジの数がずいぶん増えていた。ただひとつ問題点があった。いかんせん高機能なものが多いのだ。しかし、家具付きのわが家にはすでにオーブンがあるため、電子レンジの用途は再加熱と解凍のみだ。
イタリアでは、家電を使うための電流が安定しない。雷のある日はなおさらで、出掛けるときはプラグを抜いて行ったほうがよい。前回電子レンジを買うときも、タイマー表示の蛍光管がないものを選んだ。大半の商品はプラグをいったん抜いて入れるたび、「00:00」のように数字がリセットされて、点滅表示されるからである。そのチッカン、チッカンした感じが、狭いキッチンで大変目障りなのだ。
そして、そもそもの大きな問題は、店でざっと見ただけでも「簡潔なデザインのもの」が少ないことだった。前述の同級生たちには及ばないが、思い起こせばわが家も、イタリアに住み始めてから6年も電子レンジ無しで暮らしていた。そこで「早く新しいのを買おう」という女房の切望は聞かず、デザイン優先でじっくりと電子レンジ探しをすることにした。
アマゾンの通販にガックリ
思いついたのは、イタリアのアマゾン=通販サイトの利用である。早速サイトをのぞいてみる。ボクが確認したところ、例のタイマー表示がないモデルを選べるのは、パナソニックとボッシュだ。ボッシュのほうは、ステンレスボディーの、よりスタイリッシュなデザインである。
ボッシュで電子レンジを担当しているのは、シーメンスとの合弁による家電メーカー・BSHハウスゲレーテである。巨大グループの中の別部門とは知りつつも、ボッシュは自動運転の先端企業ではないか(パナソニックも小型EVの実現を目指しているが)。……という、少々無理のある理由をつけて、付加価値税(22%)および送料込みで124.23ユーロ(約1万5000円)のボッシュ製をポチってみた。
しかしながら、2011年にようやくイタリアでサービスが開始されたアマゾンを、そのときまで使ったことがなかった。理由は簡単だ。イタリアにおける宅配の到着日時は、在住20年の経験からすると、かなりアバウトである。ヨドバシのような当日配達など、イタリアでは夢のまた夢。しかも、ウチは出張が多いため、受け取りはかなり困難だ。そうしたこともあり、ついついアマゾンでの買い物を先延ばしにしていたのである。
しかし、イタリアのアマゾンがどのくらい“使える”のか、試してみなければ始まらない。
ナポリの販売店倉庫から発送するというボッシュ製電子レンジ、申し込んでからの予想到着日は「最短3日後/最長で週末をはさんで7日後」であった。それはともかく「土曜も受け取れますか?」という質問ボタンには、たまげてしまった。土日の宅配など、この国では通常考えられないからだ。アマゾン、えらい!
実際のところは? 3日目の夜11時過ぎに突然、「翌日(つまり4日目)に配達する」とのメールが入った。ところが朝になると一転。前述の最長期間である「7日後」へと変更になってしまった。結局のところ、土曜配達という“イタリアの奇跡”も起きなかった。また、商品の受け渡しは「集合住宅の場合、建物のエントランスにて」という決まりにしたがい、わが家の玄関までは運んでくれないので、自分でエントランスまで取りにいった。
ともかく、開封の儀を執り行う。段ボール箱から出してみたボッシュ製電子レンジの姿は、業務用もしくはビルトイン仕様な風情で想像以上にクールだった。
ところが、4カ月間レンジ無し生活をするうち、女房には知恵がついていた。お湯を循環させるパネルヒーターの放熱板上に置いておけば、大抵の料理は温め直せることがわかったのだ。「こっちのほうが、電気を使わなくていい」とまでのたまう。ふと見ると今も、放熱板の上に残りのごはんが置いてある。何のために、ボクはここまでデザインを精査して電子レンジを買ったのか。泣けてきた。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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