第212回:マスタングは老人の夢の中で今も激走する
『男と女 人生最良の日々』
2020.01.29
読んでますカー、観てますカー
アンヌの愛車は2CV
『男と女』が公開されたのは1966年。半世紀を経ての続編である。監督のクロード・ルルーシュは82歳、主演のアヌーク・エーメが87歳、ジャン=ルイ・トランティニャンが89歳。『男と女 人生最良の日々』は、奇跡の再結集が実現した映画なのだ。惜しくも完成する前に亡くなってしまったが、音楽もオリジナルのフランシス・レイが手がけている。
ジャン・ルイ・デュロック(トランティニャン)は老人ホームで余生を送っている。レーシングドライバーだった頃の面影はなく、庭のソファーでゆったりと時を過ごす毎日だ。栄光の日々を思い返しているのかもしれないが、記憶は少しずつ薄れていく。偏屈な性格で、ほかの老人たちと打ち解けることはない。
気力が衰えていく父のことが、息子のアントワーヌは心配でならない。かつて愛した女性と再会すれば、気持ちに張りが出るのではないか。彼はアンヌ(エーメ)を探し出し、父に会ってほしいと頼みにいく。そこには彼女の娘フランソワーズも一緒にいた。アントワーヌとフランソワーズも、『男と女』と同じ俳優が演じている。天使のように愛らしかった2人ももうすぐ還暦。すっかりオジサンとオバサンである。
アントワーヌが乗ってきたのは新型「アルピーヌA110」。父のDNAを受け継いでいるようだ。最初は渋っていたアンヌだが、アントワーヌの説得でジャン・ルイに会いにいくことにした。彼女の愛車は「シトロエン2CV」。今も自分で運転している。
「あなたに似た女を愛していた」
アンヌが老人ホームを訪れると、ジャン・ルイはいつものように庭で詩を口ずさんでいた。声をかけてくれた女性が誰なのか、彼にはわからない。それでも、心なしか表情が明るくなる。問わず語りに昔話を始め、「若い頃はハンサムだった」と語る。そしてアンヌを見て、「あなたに似た女を愛していた」と言うのだ。その女性をどんなに愛していたかを、彼はずっと覚えていた。
1986年に『男と女II』という映画が公開されているが、それはなかったことにされたようだ。『ターミネーター』がそうだったように、わりとよくある話である。『男と女』は駅のホームで抱き合う場面で終わったが、その後2人は幸福な日々を送っていたようだ。しかし、破局が訪れる。アンヌが言うには、「愛しすぎていた」ことが理由なのだ。
ジャン・ルイの行動にも問題があったに違いない。『男と女』でも彼がプレイボーイであることを示唆する場面があった。老人ホームでも、介護士に「まだオレと寝ないのか?」とセクハラに励んでいる。もうそんな能力はなさそうだが、クリント・イーストウッドは『運び屋』で一度に2人の娼婦を部屋に呼んでいたから、あながち無理ではないのかもしれない。
ジャン・ルイは、すっかり油の抜けたいいおじいちゃんに見える。対照的に、アンヌは“現役の女”感をぷんぷんと漂わせている。『男と女』では、古典的な男前と彫刻的で端正な顔立ちの美女という理想的なカップルだった。子供2人と一緒に家庭を築いていたら、穏やかな日常を慈しんだのだろうか。
GT40テストドライブのシーンも
車いす生活のジャン・ルイは、もうクルマの運転はできない。アンヌが運転する2CVの助手席に乗って思い出のドーヴィルを訪れた。板敷きの道に乗り入れようとすると、警備員に阻まれてしまう。かつて乱暴な運転をしたクルマがあったので、通行禁止になったという。もちろん、それはジャン・ルイの「フォード・マスタング」のことだ。
『男と女』は究極の恋愛映画であると同時に、至高の自動車映画でもある。ジャン・ルイとアンヌが出会ったのは、子供を預けていたドーヴィルの寄宿学校だった。最終列車に乗り遅れたアンヌをパリまで送り届けることになる。乗っていたのは赤のマスタング コンバーチブル。パリまでの200kmの道のりで、2人の間には恋心が芽生えていく。
マスタングはもう1台登場する。白のハードトップで、カーナンバー184のラリー仕様。ジャン・ルイはこのマシンでラリー・モンテカルロに参戦していたのだ。選手登録して実際にコースを走って撮影したので、映像には迫力がある。チュリニ峠を「Miniクーパー」や「シトロエンDS」が走り抜ける場面は鳥肌モノだ。
ジャン・ルイはル・マンにも参戦したことがあり、クラッシュして生死の境をさまよった。命をとりとめた彼はマシン開発も請け負っていたようで、モンレリーのオーバルサーキットで「フォードGT40」をテストドライブしている。この映画の公開年は、『フォードvsフェラーリ』の舞台になったのと同じ年なのだ。
パリの街を駆け抜ける
『人生最良の日々』には、早朝のパリをクルマが爆走するシーンが7分ほど映される。ボディー前端にカメラが取り付けられているようで、どんなクルマかはわからない。『男と女』で使われた映像が回想として何度か使われていたので、これも引用なのかと思った。愛を告白する電報をモンテカルロで受け取ったジャン・ルイが、アンヌのアパートまで1000km走り続けるシーンだったのだろうか。そうではない。『男と女』を見返してみてもそんな場面はなかった。
これは、ルルーシュ監督が1976年に発表した短編映画『C'etait un rendez-vous』なのだ。赤信号を7、8回無視しているし、反対車線を逆走さえしている。コンプライアンス的には完全にアウトだ。ただ、日本でも1972年の『ヘアピン・サーカス』では同じようなことをしていて、当時こういうむちゃが横行していたのは確かである。この映像は、ルルーシュ監督自身がステアリングを握って撮影したものらしい。
ジャン・ルイはアンヌが誰であるかを忘れてしまっているが、彼女を愛した記憶だけははっきりと残っている。クルマを運転することはできなくなったが、スピードに命を燃やした瞬間は今も鮮明によみがえる。パリを激走する幻影は、彼が今も50年前の幸福な日々のただ中にいることを指し示しているのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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