第218回:オリジナル作品を配信サービスで楽しもう!
2020.05.16 読んでますカー、観てますカーNetflixがアカデミー賞を席巻
地方では一部で再開が決まったようだが、都市部ではまだほとんどの映画館が閉鎖されたままである。苦境に陥っているミニシアターもあるようで、支援の動きも始まっているようだ。上映が再開されたら映画館に行くことで敬意、感謝、絆の気持ちを示したいものだが、当面はステイホームしながら映画を楽しむしかない。頼りになるのは配信サービスである。
前回紹介したAmazonプライムと双璧をなすのがNetflixだ。世界中の人々が家にこもっているので、業績は絶好調。有料会員数は昨年末から今年3月までに1577万人増えて1億8286万人に。四半期の売上高は昨年同期比28%増の57億6769万ドルに達したという。
Netflixの強みは、オリジナル作品が充実していることだ。資金力があるから、有力な監督や俳優が集まってくる。中国資本に頼らざるを得ないハリウッドに嫌気が差しているスタッフやキャストにとって、駆け込み寺的な存在になっているのだ。結果として、作品の質も上がることになる。
今年のアカデミー賞ではNetflixオリジナルの5作品で24件がノミネートされ、『マリッジ・ストーリー』のローラ・ダーンが最優秀助演女優賞を獲得している。主演のアダム・ドライヴァーとスカーレット・ヨハンソンも、賞を取れなかったことが不思議なほどの名演だった。ただし、泥沼離婚劇の顛末(てんまつ)を容赦なく描いた作品なので、ハッピーなカップルは絶対観ないほうがいい。
日本でもNetflixオリジナル作品が作られていて、『全裸監督』は山田孝之の怪演で話題になった。スポンサーに配慮する必要がないので、ピエール瀧の出演シーンはそのままである。蜷川実花が監督した『Followers』では、沢尻エリカが本人を演じているのだ。タブーがないから、制作陣は思い切った仕事ができる。
破壊されるフォード・ギャラクシー
『ローマ/ROMA』は2019年のアカデミー賞で最多10部門にノミネートされ、監督賞、撮影賞、国際長編映画賞の3冠に輝いた。本来ならば作品賞も取っていたはずだが、配信サービスへの反感が票を減らしたといわれる。監督は『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン。彼自身がメキシコシティ近郊のコロニア・ローマで過ごした少年時代をモチーフにしている。
全編モノクロで、主人公は家政婦。地味な作品ではあるが、退屈とは無縁だ。美しい映像で描き出される50年前の静かな日常が、誰もが持っている幼い頃の記憶を呼び覚ます。『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がアカデミー授賞式で引用したマーティン・スコセッシ監督の「最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ」という言葉が、鮮やかに証明されている。
子供の頃の記憶をスクリーンに再現する。夢の世界であるから、モノクロなのが自然だ。同じ手法で作られた作品が、アンドレイ・タルコフスキー監督の『鏡』だった。犬、水、火事が象徴的に使われるところも共通している。子供の視点だから何が起きているのかは明確に描かれないが、背景に政治や社会の状況がにじみ出てくることになる。優れた映画では、事件はスクリーンの外で起きているものなのだ。
空には飛行機が飛び、地上では犬が脱ぷんしてアヒルが交尾する。カメラはひたすら横に移動し、すべてを風景として映し出す。フラットなようだが、実際にはくっきりとした上下の関係がある
家政婦が住み込みで働いているのは、裕福な6人家族の家。「フォード・ギャラクシー」と「フォルクスワーゲン・ビートル」を持っていて、「プリムス・ヴァリアント」に乗ることもある。ギャラクシーは中庭に保管するのだが、玄関が狭いので駐車するのは一苦労。父親はバックの超絶技巧を見せる。彼がビートルで旅に出ると、母親がギャラクシーに乗ることに。彼女の運転はワイルドだ。怒りをぶつけているようでもある。クルマの側面と中庭の壁は、無残にも破壊されてしまう。
多くの俳優は素人だ。子供たちも演技経験はないが、自由に振る舞うことでリアルな家族が浮かび上がる。子供の使い方の巧みさは、『誰も知らない』の是枝裕和監督や『フロリダ・プロジェクト』のショーン・ベイカーに匹敵する。
試練に見舞われた家族のもとに、新しく「ルノー12」がやってくる。身の丈に合わなかったギャラクシーより、はるかに有用で使い勝手に優れたクルマだ。新鮮なスタイルをまとったファミリーカーとともに、新たな家族の物語が紡がれていくことになる。
悲劇へと向かうリンカーン・コンチネンタル
マーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロが22年ぶりにタッグを組んだのが『アイリッシュマン』である。1973年の『ミーン・ストリート』以来、9作目だ。年齢を重ねた2人は今も意気軒高で、熟成したコンビネーションを見せる。3時間半という長尺だが、緊張感のある作品に仕立て上げた。
デ・ニーロが演じるのは、トラック運転手のフランク・シーラン。食肉配達をする毎日だったが、荷物をマフィアに横流ししたことで運命が変わる。大物のラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)に気に入られ、全米トラック運転手組合委員長のジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の手下となることでのし上がっていく。アイルランド系なので、アイリッシュマンと呼ばれた。彼が任されるのは汚れ仕事だ。主な役割は、“家の壁をペンキで塗る”こと。わかりにくい比喩だが、ペンキの色は赤と決まっているのだ。
アメリカの物流を支配していたトラック運転手組合は政治への強い影響力を持っており、裏社会とも結びついていた。この映画で描かれるのは、ヒットマンの目から見たアメリカの闇の歴史である。権力と金をめぐって血みどろの抗争が行われた。勝者はいない。フランクも今は老人ホーム暮らし。訪れることのない家族を待ち続ける。
物語の軸となっているのは、デトロイトで行われる結婚式に向かう道中だ。乗っているのはフランク夫妻とラッセル夫妻の4人である。祝福の席も血で汚されることになるのだが、フランクはまだ何も知らない。旅を始めてすぐ、フランクとラッセルが出会った場所を通る。そこから彼らがたどってきた運命の歴史が回想として描かれていく。
1950年のはじめからほぼ半世紀の物語だ。回想の映像では、CG処理で俳優を若返らせている。見た目が違うから観客は舞台となっている時代を把握できるわけだが、ほかにも混乱を避けるのに役立つアイテムがある。乗っているクルマだ。結婚式に向かうのは、1970年代の「リンカーン・コンチネンタル」。フランクがラッセルから譲り受けたものだが、そのことがあとで命取りになる。
フランクがヒットマンを始めた頃は、1950年代のフォードやビュイックに乗っていた。見事に手入れの行き届いた「ハドソン・ホーネット」も登場するし、古いアメリカ車好きにとっては眼福だろう。物語が進んでいくと、クルマも1960年代のモデルが多くなっていく。最後の老人ホームの場面では、「トヨタ・カムリ」の6代目が顔を見せていた。クルマのセレクトは的確で、それだけでもこの作品が時間と金をかけてていねいに作られていることがわかる。
映画とは別に、監督と3人の俳優が撮影を振り返る番外編が収められている。打ち上げのような雰囲気で、老人たちが互いをたたえ合う様子がほほ笑ましい。目の輝きを見ると、また彼らが集結して映画を作るんじゃないかと思えてくる。
活躍しないビュイック・リヴィエラ
もう少し気軽に観られる作品も紹介しよう。『スペンサー・コンフィデンシャル』は、わかりやすいアクションコメディ映画だ。主演はマーク・ウォールバーグで監督はピーター・バーグ。仲がよすぎるといわれる2人で、こちらもおなじみとなった顔合わせだ。『ローン・サバイバー』や『パトリオット・デイ』ではシリアスな面を見せたが、今回は振り切った娯楽作である。
ウォールバーグが演じるスペンサーは元警官。暴行傷害で5年間の刑務所暮らしとなった。女性活動家が殺された事件の真相を隠蔽(いんぺい)しようとした上司を殴ったのだ。正義感が強いが、直情径行で向こう見ずなところがある。彼が出所すると、その上司が殺害されるという事件が発生。犯人とされたのは同僚だった警官で、拳銃自殺した無残な姿で発見された。怪しすぎる。スペンサーが黙っているはずがない。もう警官ではないが、真相を暴き出すのだ。
彼のバディーとなったのは、ルームメイトのホーク(ウィンストン・デューク)。ヒゲ面の巨体でコワモテだが、動物をこよなく愛する心優しい男だ。スペンサーは総合格闘家を目指す彼を指導するインストラクターでもある。パワーだけでは勝てないことを教えているのだ。
捜査を開始するが、彼を敵視するかつての仲間から妨害される。話を聞きにいくと、袋だたきに遭ってしまった。マーク・ウォールバーグは無敵キャラを演じたことはない。そこそこ強いけれど、チャック・ノリスやスティーヴン・セガールのような一撃必殺の男とは違う。いつもひどい目に遭って、顔や体は傷だらけである。でも、最後に必ず逆襲する。展開がわかっているから、安心して観ていられるのだ。
彼が移動に使っているのは、年季の入った「ビュイック・リヴィエラ」。1980年代のモデルで、モサッとしている。イケてる主人公が乗るクルマではない。しかも、敵が乗っているのは「シボレー・コルベットZ06」なのだ。カーチェイスになったらとても勝負にならないのではないかと心配していたら、そういう展開にはならなかった。
クライマックスでは、とんでもないクルマが登場する。コルベットなど物の数ではない。クルマも人間も、結局はパワーだということを証明する。スペンサーが教えていたこととは正反対だが、悪を倒すことができれば方法などどうでもいいのだ。ストレスのたまる生活に必要なのは、こういう理屈抜きで気分がアガる爽快作である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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