大事なのは事故を未然に防ぐこと トヨタが「急アクセル時加速抑制機能」を導入した理由
2020.07.01 デイリーコラム高齢者は免許を返納するべきなのか
ご承知の通り、この数年、高齢者の運転操作ミスによる暴走事故が多くマスコミに取り上げられ、大きな社会問題となっている。その報道で映される事故車両になぜか「トヨタ・プリウス」が多いことから、ネット上では「♯プリウスミサイル」「♯今日のプリウス」などとさげすみのハッシュタグまでつくられ、やゆされる事態となってしまった。
実用性の高いパッケージでランニングコストが安く、環境負荷も小さい。そんなこともあって、プリウスはユーザーの高齢者比率が高い銘柄だ。今でこそハイブリッド車のバリエーションは“よりどりみどり”だが、選択肢の少ないころに売られていた20系や30系を、今でも大事に使っているご年配も多いだろう。
その20系プリウスが販売されていた2007年と、ここ最近の75歳以上の免許保有者数を比較すると、例えば2018年は2007年のほぼ2倍、790万人強になるという。運転者の急激な“高齢化”と、こうした事故例の増加が歩みをともにしていることは間違いない。そして2019年は、免許保有者の全数が統計開始以来初めて減少したわけだが、これには高齢者に対する免許返納のプレッシャーが高まったことも無関係ではないだろう。「プリウスに乗った年寄りは危ないから、もう免許を取り上げちゃえよ」とは乱暴な物言いだが、日々繰り広げられる報道をもとに、そういう社会的な空気が醸成されていったのも確かだ。
民主主義において、移動の自由は基本的人権として等しく扱われるべきものだ。地形的理由もあり、幾度もの戦禍により民衆が自地からの脱出を余儀なくされた欧州の国々には、「移動権」を法規で制定しているところもある。それほど重要な権利を自発的に放棄することを肯定する空気とは一体何なのだろう。個人的には一連の事象を内心苦々しく思っていた。
アクセルの誤操作による急加速を抑制
それでも、このような痛ましい事故がなくならない限りはいかなる反論も世論に圧されるだけだ。それはトヨタもよくわかっていたのだろう。2019年6月の株主総会では「暴走事故の車両にプリウスが多く登場する。運転ミスだと思うが大丈夫か?」という株主からの質問に対し、当時の吉田守孝副社長(現在は豊田中央研究所会長)は「プリウスの事故は心配をお掛けして申し訳ない」と謝ったあと、個々の事例は警察の調査に全面的に協力していること、死傷者ゼロがトヨタの目標だが道半ばなことなどを挙げて、「安全なクルマ社会のためにできることはすべてやる」と答えている。
前置きは長くなったが、それから1年余を経た2020年7月、トヨタは50系プリウスおよび「プリウスPHV」の一部改良に伴い、同車への「急アクセル時加速抑制機能」の追加を発表した。これは30km/h以下の車速域で、アクセル操作のスピードとストロークの急変動を検知した際に作動するものだ。急速に全開近く(あるいは全開)までアクセルが踏まれると、アラートを発しつつパワーユニットの出力を抑制。クルマの急加速を防ぐ。
ペダルの踏み間違えによる暴走を防ぐ装置としては、50系プリウスには以前から「インテリジェント・クリアランスソナー(ICS)」の設定があり、同様に設定のある30系「アルファード/ヴェルファイア」も含めると、この装置によってペダルの踏み違いによる誤発進が7割、誤後退が4割程度低減できているとする損保会社のデータもあがっている。
ただし、ICSは進行方向の障害物をソナーで感知できなければ、機能は働かない。障害物の有無によらず、ドライバーの誤操作による車両の暴走を防ぐためには、自車の状態とドライバーの操作だけをもとに、アクセルなどの誤操作を判定するシステムが必要だった。そしてそのためには、アクセルペダルの操作速度やストロークなどはもちろん、自車の速度やステアリングの舵角、ウインカー操作の有無、そのときの路面の傾斜など、膨大なパターンを検証して“異常な状態”をあぶりだす必要があった。
本来ならば、そのデータ収集だけでもとてつもない時間や手間を費やしそうなところを、劇的に開発時間を短縮できたのは、車載DCMを介して随時フィードバックされる匿名化された車両のプローブ情報が、ビッグデータとして蓄積されてきたからだ。約200万台相当というトヨタならではの大母数やコンピューターの処理速度向上などの複合要因によって、誤発進にまつわるロジックはほぼ確定できるようになったという。
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素早い市場投入に見るトヨタの柔軟性
この急アクセル時加速抑制機能の付加に際し、車両に特別なハードウエアの追加は必要ない。プリウスの場合はディーラーオプションで専用のキー(普通のスペアキーと同じ1万2000円程度を予定)が用意されており、希望するユーザーには、それを購入してもらう仕組みになるという。
言い換えれば、この機能はキーフォブによって付与されるわけだが、このように選択的な仕組みとなった理由は、現状では“不要作動”が発生する可能性もゼロではないからだという。一例を挙げれば、前方の赤信号に向けてコースティングで停止線までゆっくりと向かっている最中に信号が青にかわり、アクセルをドンと踏み込んで全開加速……といった運転をすると、この機能が介入することがあるそうだ。人間の運転パターンは無限大ゆえ、ビッグデータでもカバーできない状況が発生するのは致し方ない。
今までのトヨタであれば問答無用で、そういう不要作動を徹底的につぶしてからの市場展開となっただろう。が、それでは時間が掛かりすぎる。このマイナス要因を補って余りあるほどの事故予防効果が期待できるのであれば、一部の不要作動は覚悟しながらでも、世に出す意味があるのではないか。そう考えるのが現在のトヨタだ。これほどの大組織であっても、決まりごとだからと思考を硬直化させずに臨機応変に対応できる。その柔軟性には素直に感心させられる。また、このビッグデータから得られた急アクセル誤発進のアルゴリズムは、日本自動車工業会を通して会員への公開を予定しているという。安全は競争ではなく協調領域という考え方のもと、機能普及を積極的に促していく姿勢だ。
ちなみに、この機能の導入をプリウスの一部改良に間に合わせたことについて、長らくトヨタのエコカー開発に関わってきた田中義和主査いわく「相当頑張りました!」とのこと。プリウスというトヨタの精神的アイコンに着せられたぬれぎぬを、なんとしても振り払いたい。そんな思いもあったのではないかと推する。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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