第224回:2人の美形オジサンが車内でイチャイチャ?
『ヒットマン エージェント:ジュン』
2020.09.24
読んでますカー、観てますカー
事故で両親を亡くした孤児をスカウト
韓国では240万人を動員したという。『ヒットマン エージェント:ジュン』は、アクション、恋愛、コメディーの要素がミックスされた親切設計のエンターテインメント映画。しかも主人公はイケメン俳優とくれば、ヒットは約束されたようなものである。
冒頭のシーンは下手くそなアニメ。親子3人が乗っているセダンが居眠り運転でセンターラインをオーバーしてきたトラックと正面衝突しそうになった瞬間、後席にいた子供がクルマの外に飛び出してトラックを止める。全然おもしろくないので心配になるが、これは実際にその事故で両親を亡くした少年ジュンの妄想なのだった。マンガが大好きで、悲しみを癒やすために自分がヒーローになる物語を描いていたのだ。
そこに現れたのは、黒いコートに身を包んだサングラスの男。彼はマンガ家になりたいと話す少年から鉛筆を取り上げ、もっと大きな夢を持てと諭す。男はNIS(大韓民国国家情報院)で対テロ保安局のチーフを務めるドッキュだった。高い身体能力を持つ身寄りのない子供をスカウトし、最強の戦士に育て上げる使命を帯びている。少年の父親は、テコンドーの銀メダリスト。優れたDNAを受け継いでいるのは間違いない。
次のシーンでは、彼はNISのジュンというコードネームを持つ敏腕エージェントになっている。単身で犯罪現場に突入し、悪人どもを蹴散らす。彼はドッキュから特訓を受け、秘密組織“猛攻隊”のエースに成長していた。今も趣味でマンガを描いているが、国家の安全を脅かすテロ集団と戦うという重要な任務がある。ジェイソン・リーという凶悪なテロリストが国外に脱出するのを阻止せよと指令を受け、荒天の中ヘリコプターからジェイソンの乗る船に降下した。しかし、パラシュートが開かず、ジュンはそのまま海に落下してしまう……。
敏腕エージェントからマンガ家に
主人公が死んでしまったのでは、映画は10分で終わってしまう。もちろん、彼は生きていた。死を偽装して自由の身となったのだ。15年後、彼はキム・スヒョクという名前で夢だったマンガ家になっていた。時代は変わってマンガは紙の雑誌で読むものではなくなり、ウェブトゥーン(webtoon)が主流である。webとcartoon(マンガ)を組み合わせた造語で、スマホやパソコンで読む形式だ。韓国では世界で最も早くマンガのネット配信が普及したといわれる。
オンラインなので、読者の反応はリアルタイムで返ってくる。作者にとってはシビアな環境だ。スヒョクの作品は不人気で、新作がアップされるたびにSNSでは「クソつまらない」「読んで損した!」と酷評の嵐。連載していた『爆笑少林寺』は打ち切りが決定した。月収はわずか50万ウォンで、土木作業員のバイトをする日々。生活は妻の稼ぎに頼るしかなく、娘からは疎んじられている。
自暴自棄になったスヒョクはやけ酒を飲んで酔っ払い、勢いで自分の半生をネタにマンガを書き上げた。眠っている間に妻がそれを編集部に送り、公開されると大評判に。しかし、猛攻隊の存在は隠されていたのだから、国家機密が暴露されてしまったことになる。NISはジュンが生きていたことを知り、捜索を開始。テロリストのジェイソン・リーも彼の命を狙う。
あらすじを書いていて、いかにも無理筋だということがわかる。国家の秘密組織とテロリストに追われるなんて、ありえない展開だ。でも、そんなことは気にせず突っ走るのが今の韓国映画である。雑な設定や不合理な展開があっても、腕力と勢いでねじ伏せてエンターテインメントに仕立て上げるのだ。
アクションシーンはアニメと実写
ジュン=スヒョクを演じるのはクォン・サンウ。イケメン韓流スターの代表格である。44歳になった今も衰えは見せず、今年は『ラブ・アゲイン 2度目のプロポーズ』で主演し、『鬼手』では体脂肪を9%まで絞って肉体美を披露した。今回は、見た目が情けない中年男だが、鍛え上げた肉体は鈍っていないという役柄。別人格のような二つの顔を見せている。ドッキュはコメディーのイメージが強いチョン・ジュノ。美形オジサン2人のイチャイチャぶりも楽しい。
主人公がマンガ家という設定は、映画の構成にも生かされている。ジュンが猛攻隊だったころのアクションはアニメーションで描かれるのだ。いくらでも派手なシーンが描けるし、俳優の肉体的限界を気にする必要がない。本当に建物を爆破したりするより、費用は安く済むはずである。
とはいえ、実写シーンも手を抜いていない。うらやましいことに、公道でのカーチェイスシーンが用意されている。厳しい規制のある日本と違い、韓国では市街地でのロケが可能なのだ。交差点で16台のクルマを次々にぶつけた『エクストリーム・ジョブ』ほどではないが、この映画でも道幅をいっぱいに使った大がかりな撮影が行われていた。ジュンが運転する「キア・モハベ」が鉄の門を強行突破したのにほとんど無傷だったのはご愛嬌(あいきょう)だが、CGは極力使わないようにしている。
パトカーの群れとのバトルが迫力満点な上に、ほかにもクルマを使った驚くべきシーンがある。ドッキュが隠していた携帯電話で通話しているところを、隣を走るトラックからのぞかれるシークエンスはとんでもなかった。2人のイチャイチャが頂点に達したように見えるが、詳細はとてもここには記せない。カーチェイス以上に巧みな撮影だったとだけ言っておこう。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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