ホンダS660モデューロX バージョンZ(MR/6MT)
小さな貴石 2021.04.24 試乗記 個性的な軽スポーツカーとして、多くのクルマ好きに愛されてきた「ホンダS660」。そのラストを飾る特別仕立ての一台は、軽という枠を感じさせない、大人っぽい走りを味わわせてくれた。よく生まれてきてくれた
ホンダS660が2022年3月で生産を終える。おさらいすると、本田技術研究所設立50周年記念の新商品提案企画コンテストで優勝したアイデアを具体化したのがS660である。800件のなかからグランプリに輝いた21歳のモデラーがそのままLPL(ラージプロジェクトリーダー)に抜擢され、5年後の2015年4月に発売された。
以来6年、これまでに3万3000台が売れたという。「N-BOX」なら2カ月でクリアする台数だが、「ビート」も5年半の生涯で3万3686台というから、ホンダ製ミドシップ軽オープンスポーツカーのパイはこれくらいなのかもしれない。世界で年間500万台を売るメーカーがよくつくってくれたものだとあらためて拍手を送りたい。
今回の試乗車は「モデューロX バージョンZ」。「モデューロX」は、ホンダの純正アクセサリーメーカー、ホンダアクセスが開発するアフターパーツを組み込んだコンプリートモデルで、2018年5月に出た。こんどのバージョンZはMTモデルのみに設定された最後の特別仕様車である。
パワートレイン以外はすべてイジったようなモデューロXは300万円を超すが、バージョンZは315万0400円。大きな違いはブラック塗装のアルミホイールやエンブレム、ツートーンのドア内張りくらいで、その差は小さい。しかし生産終了まであと1年を告知した3月の発売後、すぐに完売したという。それどころか、バージョンZ効果(?)が他グレードにも波及して、ノーマルを含むすべてのS660に生産予定を上回る受注が舞い込み、すでにオーダーストップしている。と、ホンダのオフィシャルサイトには注意書きがある。
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小さいけれど上等
バージョンZも含めて、S660に乗るのは3年半ぶりだ。当然、モデューロXも初めてである。だから、タイトな2座キャビンに乗り込むと、目がテンになった。
シートは赤黒ツートーンのレザー張り。助手席ダッシュボード、ステアリングホイール、ドア内張りなどの配色もロッソ・エ・ネロ。「マセラティ・クワトロポルテ」みたいではないか。つくり込みも上等で、大人のS660という感じだ。10年ほど前、アストンマーティンが「トヨタiQ」をベースにつくった「シグネット」のインテリアを思い出した。
バージョンZはメーターバイザーやエアアウトレットなどにカーボン調の差しが入る。S660はトランクルームがないことでおなじみだが、エンジンルームとの隔壁に架かる革装風バッグも標準装備だ。スマホと折り畳み傘2本くらいなら入る。ストラップ付きで、外に持って出ることもできる。
エンジンを始動すると、正面の液晶メーターに「Modulo X」の文字が浮かび上がる。排気系も含めてエンジンはストックのままだから、後方から届く3気筒サウンドもフツーのS660と変わらない。「もっと音を!」と思ったら、逆台形の小さなリアウィンドウを開ける。エンジンの生音が入ってくるし、オープン時だとコックピットの空気の流れも一変する。
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ますますオン・ザ・レール
夜が明けたばかりの空いた道を走りだす。小さなアルミシフトノブの変速タッチが気持ちいい。低いアイポイントに目が覚める。起き抜けのスポーツカーはいいですね。
モデューロXには5段階調整式の専用ダンパーが備わる。その足まわりはノーマルより少し硬いように感じるが、突き上げやバタつきのようなネガはない。某所にどんなクルマでも乗り心地が悪くなる舗装路面があるのだが、そこを突破してもアゴを出すようなことはなかった。乗り心地もノーマルより少し大人な感じがした。315万円もするのだから、そう思わなきゃ損である。
コーナリングはオン・ザ・レールだ。前後異径のタイヤはS660登場時から変わらない「ヨコハマ・アドバンネオバAD08R」。830kgの車重はノーマルS660と同じだが、アフターパーツを組み込み、速度感応式のリアスポイラーを装備したモデューロXはノーマルS660より少し重い印象を受けた。大人の乗り心地もそんなところからきているのかもしれない。
ただ、コーナリングの楽しさ、というか、より低い速度でも楽しめるコーナリングという意味では、同じエンジンの「N-ONE RS」や車重720kgの「アルト ワークス」のほうがS660より上だと個人的には思う。ファン・トゥ・ドライブな軽はS660だけじゃありません。
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MTで乗りたい一台
高速道路のETCゲートから加速して本線に合流すると、追い越し車線をやってきたのが世田谷ナンバーのS660だった。まるでヤラセのような偶然だ。S660が路上でこんなふうに鉢合わせする確率というのは何%くらいだろう。向こうは斜め後ろで加速をゆるめ、しばらくランデブー走行した。
レブリミットの7900rpmまで回すと、6段MTの1速は50km/h、2速は81kmまで伸びる。CVTだと回っても6600rpmくらいまでだから、このパワートレインはMTを選ぶ意味が大きいといえる。
デビュー直後、HSR九州のサーキットで確認したところ、上は133km/hで最高速のリミッターが作動した。デジタルスピードメーターが133を示すと、5速でも6速でもスーッと失速してそれ以上加速しなくなる。あっ、これ軽だったんだ! と気づかされる。あくまで軽っぽかったビートとはそこが違う。
S660と1996年に登場したビートとは20年近いギャップがある。S660を継ぐものがこんど出てくるとしたら、フルEVだろうか。モーターだとミドシップという概念もなくなるのだろうか。
いずれにしても、軽のスポーツカーよ、永遠なれ。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=荒川正幸/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
ホンダS660モデューロX バージョンZ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64PS(47kW)/6000rpm
最大トルク:104N・m(10.6kgf・m)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:21.2km/リッター(JC08モード)
価格:315万0400円/テスト車=338万4700円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション S660専用スカイサウンドインターナビ<VXU-192SSi>(21万7800円)/ETC車載器<音声ガイドタイプ>+取り付けアタッチメント(1万6500円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1066km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:291.6km
使用燃料:19.7リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:14.8km/リッター(満タン法)/16.5km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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