ホンダS660 MUGEN RA(MR/6MT)
無限の魂が宿っている 2016.11.18 試乗記 ホンダのミドシップ・マイクロスポーツカー「S660」をベースに、無限が独自の改良を施したコンプリートカー「S660 MUGEN RA」。モータースポーツ直系のノウハウが注ぎ込まれた、660台限定のチューンドカーの走りを報告する。サーキットの香りがする
「無限」という言葉を聞いて、ホンダのワークスチューナー的存在である同名のブランドを思い出さないクルマ好きは皆無であろう。1973年の設立当時から、ホンダの二輪/四輪のチューニングパーツの開発と販売を行い、過去においてはホンダの後を受け継ぎF1エンジンの開発をも担当。2003年に現在のM-TECにリソースを移管したが、そのDNAは不変。すなわち、ホンダの二輪/四輪車両をベースにレーシングクオリティーでパフォーマンスアップを行い、運転して、そして所有して楽しめるクルマを作り上げることに無限の存在価値がある。さらに分かりやすく言えば、その存在とはトヨタのTRDや日産のNISMO、スバルのSTIと同じ。輸入ブランドで言えば、かつてのメルセデスに対するAMG(設立当時は資本関係がなかったものの現在AMGはメルセデスの100%子会社になっている)と同様の立ち位置である。
前述のとおり、かつてはF1を筆頭にさまざまなカテゴリーのレーシングエンジンの開発や、チームとしてレースに参戦していたこともあり、無限とレースのイメージは切っても切れない。よってホンダの正規ディーラーで取り扱われながらも無限ブランドのパーツは、やはりどことなくレーシー。オイルの香り漂う、ツウ好みのアイテムが多い。
そんな無限は、これまでに「シビック タイプR」をベースとした「シビックMUGEN RR」を2005年に、「CR-Z」をベースにした「CR-Z MUGEN RZ」を2012年に限定販売。合法的なチューニングモデルであるいわゆるコンプリートカーをリリースしてきた。今回試乗できたS660ベースのS660 MUGEN RAはその第3弾となるコンプリートマシンである。
間口の広さも特徴のひとつ
車名にある「RA」は、これまでにリリースされた2台と同じく無限の持つレーシングスピリットやレースのDNAを示す「R」と、アルファベットのスタートの文字である「A」を組み合わせたもの。つまり、レーシングフィールドで培ったDNAを継承しながらも、ユーザーが自由にカスタマイズを楽しめるベースモデル(=A)として存在するという意味を持っている。試乗車が装着しているスタイリングセット(フロントアンダースポイラー/サイドスポイラー/リアアンダースポイラーの3点セット、リアエアロフェンダーを加えた4点セットも選択可能)がオプション扱いなのはそのためだ。基本性能の向上はブランドとして担保するが、そこから先はユーザーの感性で自身にあったモディファイを楽しんでほしい。そんな無限の想いが込められたモデルでもある。
そのため、チューンドコンプリートカーにありがちなハードルの高さはなく、より幅広いユーザーにも無限ブランドのDNAを楽しんでもらいたいという配慮から、6段MTのほかにストックのS660同様、CVTモデルも設定している。これまでのハードなチューンドカーのように、決して運転がうまい人だけが想定ユーザーではないという点は少しユニークなアプローチとも言えそうだ。
よってストックのS660にも装着可能なスタイリングセットを装着しなければ、ぱっと見て分かるエクステリアの変更点はドライカーボンを用いたRA専用のフロントグリルとホイールのみという、分かる人にだけ分かるという玄人が喜びそうなアピアランスである。ポイントはそのフロントグリルで、こちらはパーツとしての単体販売が行われていないので、逆に言えばこの顔を見れば無限のコンプリートカー=RAだと分かる仕組みである。
走りの印象を変えるマフラーと足まわり
フロントグリルとともにストックモデルとの大きな識別点となるホイールは、BBS製だ。センターキャップに「無限」のロゴをあしらったデザインを含め、基本設計を無限が行い、それをBBSが製造。切削鍛造タイプで、S660の純正ホイールと比較して4本合計で5.8kgの軽量化を果たしているという。タイヤはS660専用開発となるOE装着の「アドバン ネオバAD08R」。フロント165/55R16、リア195/45R16とこちらのサイズはストックモデルから変更はない。
このタイヤ、ホイールとともに足元にセットされるのが、ビルシュタイン製の車高調整式サスペンションだ。車高はストックモデルから変更なしだが、単筒倒立式のダンパーはマイナス25mmの調整幅を持っている。以前から付き合いのある部品メーカーのアイテムから、世界で名だたるメーカーのものまで、さまざまな製品をさまざまなステージで試した上で、最終的にビルシュタインを選択したのは、シャープなハンドリングやミドシップマシンらしい回頭性が得られ、最も無限というブランドにふさわしいポテンシャルを持ったアイテムができたからだという。
もうひとつ、走りの印象を大きく変えるチューニングアイテムが、ステンレス製のRA専用スポーツマフラーである。エンジンはストックのままで、よってマフラーも車検対応であるから、カタログ上のスペックに変更はない。しかし、低中速域のトルクアップは顕著で、アクセルへの反応はなかなか鋭い。このレスポンスの違いは、S660 のオーナーであればおそらく走りだした瞬間に気づくはずである。よく「アクセルのツキが良い」という表現が用いられるが、RAのオーナーであれば、ストックモデルとの違いを思わずそう他人に説明したくなるだろう。
背後から聞こえてくる乾いたエキゾーストノートは、ボリュームこそ控えめながら実にスポーティー。ブローオフバルブの作動音とともに奏でられるスポーツサウンドは、最近流行の排気経路を切り替えてボリュームをアップさせるようなギミックを採用すればさらにドライバーの楽しさも倍増すると思うのだが、現状であってもドライバーをその気にさせるに十分なファクターを持ち合わせている。
もっとパワーがほしくなる
このスポーティーなエキゾーストノートとビルシュタイン製ダンパーのおかげか、ワインディングでの身のこなしは軽さが一層増した印象だ。シャシー側のバージョンアップ効果は顕著で、もしもS660にスポーツバージョンがあったなら、こんな乗り味なのかもしれないとさえ思える。少々硬めではあるが、決して不快な硬さではなく、アンジュレーションのあるコーナーでもスパッと一発で姿勢が決まる。ドライバーとエンジン、ハンドリングが一体化したような、まるでMIKIKO先生直伝のPerfumeのダンスを見ているような三位一体感、シンクロ率300%の走りが味わえる。
しかしその一方で、この足ならばもっとパワーアップしたエンジンが積まれてもいいとも感じる。そう、正直パワーは物足りない。軽自動車という枠の中で、しかもホンダディーラーで販売するという制約の限界も感じてしまうのだ。開発時にはきっとパワーアップしたエンジンも試したのだろう……と、そんな想像もついぞしてみたくなる。こうした現実にはなかなか実現できない無い物ねだりの欲望がとめどなく前に進むのも、この足まわりにして、という話である。
オープンカーだけに、インテリアでは派手な演出があえて行われている。真っ赤な専用カラーでコーディネートされた本革シートや専用配色のステアリングホイール、「無限MUGEN」のロゴが表示されるデジタル式のコンビネーションメーター、「無限」ロゴがあしらわれたプッシュ式のエンジンスイッチなど、見どころ(変更点)は数多い。カーボンデザインが施された球形の専用シフトノブ(取材車両は6段MT車で、シフトブーツも赤いステッチが入った専用アイテムであった)を駆使して走れば、小さいながらも気分は立派なスーパーカーである。ただ、下ろしたての個体であったせいか、本革シート表面の張りが強く、長時間座っていると触れている部分(背中やお尻)に違和感を覚えたのも確か。所有してこなれてくれば解決するとは思うのだが、気になったという事実だけは記しておきたい。
プラス70万円は高くない
チューンドコンプリートカーとはいえ、軽自動車という枠とディーラーで売られるクルマとしてのラインナップであることを考えれば、あまり多くを望み過ぎてもいけないのだろう。やりたいことは数多くあるが、まずは「軽自動車という制約の中でどこまでスポーティーなモデルに仕上げるか」という課題に対する無限の回答が、RAというモデルであったとそこは前向きに捉えたい。限定販売数の660台は、取材時点でほぼ完売。数台がどこかのディーラーに残っているかも、という状態であった。
「無限の造ったS660のチューンドコンプリーカーに乗ったよ」と仲間内に話すと、必ず聞かれるのが「ストックのモデルから70万円強アップした価格に見合った価値はあるのか?」という質問だ。これに対しては、「S660 MUGEN RAは単なるパーツの合計金額だけではなく、『無限』というレーシングスピリットも合わせて構築されている。DNAとフィロソフィーを70万円程度で買えると考えれば十分安い」と答えるようにしている。チューンドコンプリートカーではあるが、オーナーが手を加える伸びシロも残されているRA。そのオーナーになるということは、ポテンシャルやスタイリングとともに、無限を無限たらしめる何かを手に入れることに他ならないのだ。
(文=櫻井健一/写真=田村 弥/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
ホンダS660 MUGEN RA
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:826kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:10.6kgm(104Nm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバン ネオバAD08R)
燃費:--km/リッター
価格:289万円/テスト車=323万9920円
オプション装備:スポーツマット(1万7280円)/フロントアンダースポイラー(5万5080円)/サイドスポイラー(6万4800円)/リアアンダースポイラー(5万0760円)/リアウイング(16万2000円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:2514km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:356.3km
使用燃料:20.9リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:17.0km/リッター(満タン法)/17.3km/リッター(車載燃費計計測値)
拡大 |

櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。
-
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】 2025.12.17 「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。
-
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】 2025.12.16 これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。
-
日産ルークス ハイウェイスターGターボ プロパイロットエディション/ルークスX【試乗記】 2025.12.15 フルモデルチェンジで4代目に進化した日産の軽自動車「ルークス」に試乗。「かどまる四角」をモチーフとしたエクステリアデザインや、リビングルームのような心地よさをうたうインテリアの仕上がり、そして姉妹車「三菱デリカミニ」との違いを確かめた。
-
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.13 「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。
-
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】 2025.12.12 「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。
-
NEW
次期型はあるんですか? 「三菱デリカD:5」の未来を開発責任者に聞いた
2025.12.18デイリーコラムデビューから19年がたとうとしている「三菱デリカD:5」が、またしても一部改良。三菱のご長寿モデルは、このまま延命措置を繰り返してフェードアウトしていくのか? それともちゃんと次期型は存在するのか? 開発責任者に話を聞いた。 -
NEW
フォルクスワーゲンID. Buzzプロ ロングホイールベース(前編)
2025.12.18あの多田哲哉の自動車放談現在の自動車界では珍しい、100%電動ミニバン「フォルクスワーゲンID. Buzz」。トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんが、実車に初めて試乗した感想は? -
NEW
第941回:イタルデザインが米企業の傘下に! トリノ激動の一年を振り返る
2025.12.18マッキナ あらモーダ!デザイン開発会社のイタルデザインが、米IT企業の傘下に! 歴史ある企業やブランドの売却・買収に、フィアットによるミラフィオーリの改修開始と、2025年も大いに揺れ動いたトリノ。“自動車の街”の今と未来を、イタリア在住の大矢アキオが語る。 -
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】
2025.12.17試乗記「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。 -
人気なのになぜ? 「アルピーヌA110」が生産終了になる不思議
2025.12.17デイリーコラム現行型「アルピーヌA110」のモデルライフが間もなく終わる。(比較的)手ごろな価格やあつかいやすいサイズ&パワーなどで愛され、このカテゴリーとして人気の部類に入るはずだが、生産が終わってしまうのはなぜだろうか。 -
第96回:レクサスとセンチュリー(後編) ―レクサスよどこへ行く!? 6輪ミニバンと走る通天閣が示した未来―
2025.12.17カーデザイン曼荼羅業界をあっと言わせた、トヨタの新たな5ブランド戦略。しかし、センチュリーがブランドに“格上げ”されたとなると、気になるのが既存のプレミアムブランドであるレクサスの今後だ。新時代のレクサスに課せられた使命を、カーデザインの識者と考えた。


















































