ホンダS660 α(MR/6MT)
癒やしのスーパーカー 2015.06.01 試乗記 ちまたで話題の「ホンダS660」を、フェラーリマニアとして知られるモータージャーナリスト 清水草一は「これまでなかったスーパーカー」と評価する。その理由は……?「頑張らない」のが新しい
S660については、『webCG』ですでに何度も取り上げられているので、今回はS660を注文して納車待ちの筆者が、一足早く納車気分を味わったエッセイのような試乗記を書かせていただきます。
今回試乗したのは「α」の6MT、センターディスプレイなしのシティーブレーキ付き。偶然私が注文したのとまったく同じ仕様だった。これまでS660には、ミニサーキットと高知県の一般道で試乗しているが、自宅に乗って帰ったのは初めてで、まさしく一足早い納車気分を味わうことができた。
朝、自家用車感満点で箱根へ向かう。東名を走りながらまず感じたのは、なんともいえない癒やし感だった。
私はS660を、これまで存在しなかった新しいスーパーカーの形だと考えている。加速は軽だけどカッコやメカの作り込みやコーナリング速度はスーパーカー。そこには奇跡的な斬新さがある。
本来、スーパーカーに乗っている時は癒やしなど感じないし、感じてはいけない。それはパーフェクトな非日常であり、死と隣り合わせの快楽に震えるべき瞬間だ。しかしS660から漂うこの猛烈な癒やし感! それは「このままでいいんだよ」という、最近流行のアレだった。
あ~、もう頑張らなくていーんだ、もう「もっと速いクルマを!」とか考えなくていいし、「追い金いくらかかるかな……」と悩まなくてもいい。今乗っている「458イタリア」から「488GTB」に乗り換えるには、たぶん1200万円くらい必要だが、そういうことは忘れていいんだね! 人間、上を見ることも重要ですが、頑張らないことも大事です。『どうせ死ぬなら「がん」がいい』という本にそう書いてありました。
パワーはなくともヤル気にさせる
東名を巡航するS660は、まったくもって快適だ。まず乗り心地が望外にイイ。シャシー剛性の高さが生きている。しかしダイレクト感も満点。これまたシャシー剛性の高さが生きている。理想的な足まわりじゃないか!
パワーも十分だし騒音や振動もちょうどいい。軽での高速巡航はツライという先入観もまだ若干あるかと思いますが、S660は全車ターボエンジン搭載で、空気抵抗も小さい。日本の制限速度を考えると、パワー的にはまったく余裕ブチかましである。600psとかあるとあまりにも使いきれずに悲しくなったりしますが、64psなのでそれもありません。燃費計は20km/リッター前後を指し、シフトフィールは史上最高レベル、ギアチェンジは至福の瞬間だ。あ~、このまま死んでしまいたいくらい癒やされる~。
といっても、癒やされすぎて脱力してしまうことはない。この低い着座位置、スーパーカー感満点のドアミラー形状。視界に入る風景がスーパーカーそのものなので、癒やされながらもアドレナリンは出ている。それは『サーキットの狼』の風吹裕矢なアドレナリンだ。パワーはないけどコーナリングで勝負だ! という。敵機が現れたら即座にスクランブル発進する心の準備はできている。癒やしのセロトニンと興奮のアドレナリンが同時に噴出しています。
その時、前方に「ポルシェ911 GT3」と「トヨタ86」のいじくりもんが出現。彼らの姿を見ただけで激しい闘争心が湧き上がり、アクセル全開で勝負を挑んだ。
「うおおおお、コーナリング速度が違うぜ! ブッチギリだ!」
実際には敵機は応戦してくれず進路を譲られただけでしたが、それでも脳内には勝利の撃墜マークが輝いた。なんせこっちは軽だし、開発陣によればスピードリミッターはデジタルメーターの135km/hで利く。ハンディが大きいので抜いただけで勝利なのである。まさに脳内公道グランプリ。こんな娯楽があったなんて!
特筆すべきはコーナリング
以前のミニサーキットでの試乗で、S660のコーナリング速度は現代のスーパーカーとほぼ同じという感触を得ていた。ディスプレイに表示された最大横Gが1.0くらいだったので、間違いないだろう。
東名を降り箱根のワインディングに入ると、まずもってステアリング径の小ささにあらためて感動する。350mmはホンダ車最小、完全にスーパーカーサイズだ。スーパーカーのステアリング径は小さいほどイイ! 少し切っただけでガバッと曲がってくれるのが現代のスーパーカー! 458イタリアや「ウラカン」はロック・トゥ・ロック2回転+小径ステアリング+Eデフなど電子制御曲がりまくり装置満載で、ヘタクソが乗ると曲がりすぎて逆に崖から落ちそうになるが、S660にもそのフィールが少しある。ロック・トゥ・ロックは2.8回転でさすがにややスローだが、フェラーリでいうと458までは行かなくても「F430」くらいはシャープなのである。
長尾峠でのS660には、感動のあまり涙が出た。そして笑った。このコーナリングはすごすぎる! この横G感は完全に現代のスーパーカー! コーナリング速度は458よりほんの少し下で「チャレンジストラダーレ」より少し上か? 比較対象がすべてフェラーリで申し訳ありませんが、フェラーリのことしかわからないので許してください。
そして、コーナリング時の不安感がまったくナイ! ひたすら速い! ターンインでそれほどフロント荷重をかけなくてもスッとノーズが入ってアンダーが出にくいのは、ミドシップマシンとして異例の前後重量配分45:55が効いているのだろう。
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“通”にこそ乗ってほしい
458イタリアは、「全自動洗濯機」といわれるほど自動的に曲がりまくることで有名だが、それでもさすがミドシップ、フロント荷重を意識せずにアホのようにステアリングを切り込むと、割合簡単にアンダーが出、即座にそれがオーバーステアに移行してタコ踊りになる。しかしS660にはその心配がナイ! 458に比べると電子制御ははるかにシンプルだが、車重の圧倒的な軽さやそれに対するタイヤグリップの強力さなど、電子制御抜きのベースの操縦性からしてタコ踊りなどさせようと思ってもできず、よりイージーかつ安全なのだ。
スーパーカーなのでイージーとか安全とかは必ずしも善ではないですが、「コーナーでは誰にも負けないぜ!」という絶対的な自信を持つことは実にイージーである。
ただ、エンジンフィールにはまったく魅力がない。演出されたブローオフバルブ作動音は「ないよりはマシ」程度だし、高い回転ではわざわざトルクとパワーを落としているので、回すだけソンという感じ。レブリミットは7700rpmからだが、感覚的には6000rpmでシフトアップがベストか? しかしその分3000rpmも回していれば十分なトルクがある。長尾峠もすべて3速で事足りるほどだった。癒やされる……。
私は、S660を軽自動車枠に収めたことは大成功だと思っている。うわさされている1000ccエンジンなんて欲しくない。軽という枠からはみ出したらもう、際限ないパワー競争に巻き込まれ、最後は488GTBを買うしかなくなる。なので、エンジンに魅力がないこともS660の魅力のひとつだ。これをどうやって料理するかは乗り手次第じゃないでしょうか。それでいいんだよ!
S660は、癒やしと興奮が同時に味わえる稀有(けう)なスーパーカーだ。癒やしがあるのでGT的にどこまでも走って行きたくなるし、興奮を得るために無性に勝負したくなる。S660は、いろいろなクルマを乗り継いだ末にたどり着くべき青い鳥なのだ。
荷物を積むところはまったくないが、「どうやって積もうか」と考えるのもひとつの楽しみになるだろう。私の選択は300%正しかったように思います。
(文=清水草一/写真=峰 昌宏)
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テスト車のデータ
ホンダS660 α
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:10.6kgm(104Nm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:21.2km/リッター(JC08モード)
価格:218万円/テスト車=218万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1381km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:446.3km
使用燃料:31.8リッター
参考燃費:14.0km/リッター(満タン法)/15.3km/リッター(車載燃費計計測値)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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