ロールス・ロイス・ブラックバッジ・ゴースト(4WD/8AT)
暗黒面の誘惑 2023.03.25 試乗記 ダークな装いと、ロールス・ロイス独創のスポーティネスを備えた「ブラックバッジ・ゴースト」。ピュアなラグジュアリネスを追求したベースモデルとは一線を画す“もう一台のゴースト”は、究極のテクノロジーが実現する、あらがいがたい魅力を秘めたモデルとなっていた。融合する2つの価値観
2016年にビスポークとして導入されたブラックバッジは、いわく「服従を嫌い、わが道を行く人々のためにある」という。単なるラグジュアリーでは満足できず、自分のなかにあるダークサイドを引き出したいという欲求に応えるもので、ある種、破壊的な表現がなされている。極めて個性的で従来とは違ったユーザーに向けたものであり、当初はさほど多くの層がいるとは思えなかったが、いまではブラックバッジが用意された車種の販売台数に占める割合はグローバルで27%、日本ではなんと52%にものぼるという。
2020年に登場した2代目ゴーストは、「ポスト・オピュレンス」(脱・ぜいたく)がテーマで、リダクション(削減・縮小)とサブスタンス(本質)が特徴。これ見よがしなぜいたくではなく、削(そ)ぎ落とすことで本質を追究するミニマリズムな考え方といえるだろう。このたび登場したブラックバッジ・ゴーストは、そのミニマリズムを強調したり、あるいは覆い隠したりしてダークに表現したという。
ロールス・ロイスの象徴である「スピリット・オブ・エクスタシー」や「パンテオングリル」、バッジ、エアインテーク、トランクフィニッシャーなどは、クロームメッキのプロセスに特殊なクローム電解質を導入して仕上げをダークにしている。専用の21インチホイールは強度を高めるためバレル部はカーボンファイバーを用いた複雑な構造となっているが、それが機能美としても表れている。スタンダードは19インチなので、ホイールだけでもかなり印象は変わる。
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端々にまで手が入れられた独創のインテリア
インテリアも光沢を抑えたダークな仕上げ。カーボンファイバーと金属コーティングがなされた素材を組み合わせてダイヤモンドパターンとしたパネルとブラックレザーが織りなす落ち着いた雰囲気に、LEDによって850個以上の星が輝くイルミネーテッド・フェイシアのきらびやかさというコントラストがなんともぜいたくな雰囲気を醸し出す。
フェイシアやサイドシルなどに見られる「レムニスケート」(無限大のマーク)はブラックバッジのモチーフで、飽くなきパワーの追求を反映して採用したのだという。ルーフを見上げれば、満天の星空のようなスターライト・ヘッドライニングもある。数百もの光ファイバーを職人が手作業でルーフライナーに埋め込み、長い時間をかけて幻想的な空間づくりをしているのだ。
もちろん、ブラックバッジはドライバーズカーとしての性能も強調されており、6.75リッターV型12気筒ツインターボエンジンは、最高出力を標準モデルより29PS増の600PS、最大トルクを50N・m増しの900N・mとしている。シャシーもエアサスペンションのチャンバーを大容量化し、4WDや4輪操舵システムを専用チューニングするなど強化されている。
ブラックバッジ・ゴーストのすごみのある雰囲気に飲み込まれそうになりながら、慎重に走りだしたが、交通の流れに乗って普通に移動しているだけならば、まったくもって穏やかなフィーリングだ。エンジンが存在をほとんど主張しないのは高級車によく見られることだが、ZF製の8段ATも同様なのが他にはない特徴といえる。シフトがウルトラスムーズなのでいつギアが変わったのかわからない。1ギアで静かだがトルクが太くて頼もしく走る様はまるでBEV(電気自動車)。「マジックカーペットライド」と言われる浮遊感のある乗り味とともに、不思議な感覚がある。
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ハイテクが実現する異次元の走り
ところが、ステアリングコラムのシフトセレクターにある「LOW」と描かれたスイッチを押すと、エキゾーストノートが高まるとともに、アクセル操作に対するエンジンの反応が鋭くなる。タコメーターがないのでエンジン回転数はわからないものの、高回転まで引っ張るようになり、ギアチェンジも明確に。LOWモードでアクセルペダルを90%以上踏み込めば、シフトスピードは50%短縮されるという。内燃機関+有段ギアの生き生きとした加速が味わえるのがBEVとは違うところだ。
タコメーターの代わりとなる「パワーリザーブメーター」は停止時に100%を指し、走りだすと90%、80%と、徐々に減っていく。パワーにあとどれぐらい余裕があるかということを示しているのだ。限りなく0%に近いところまでアクセルを踏み込むと、リアを沈めて豪快にダッシュ。2.6tの車両重量をまるで感じさせないほどに速いが、かといって迫力を強調するわけでもなく、あくまで上品だ。4WDシステムがタイヤのグリップを効果的に引き出すだけではなく、アクセル操作に対して4輪操舵システムも制御しているそうで、それゆえフル加速時でもブレがなくスムーズさを失わないのだろう。
この4輪操舵システムを含め、さまざまな情報から状況に合わせて走りを統合的に制御するのが「プラナー・サスペンション・システム」だ。カメラで路面状態を判断してサスペンションをあらかじめ調整する「フラッグペアラー・システム」と、フロントサスペンション上部のアッパーウイッシュボーンダンパー(マスダンパー)が連動して、フラットライドと快適な乗り心地を両立。突き上げなどを抑えるだけではなく、微振動などもシャットアウトする。そのほか、トランスミッションもくだんの4輪操舵システムやGPSの情報にそってカーブ等に合わせたギア選択をするなど、ソフトウエアによって常に最適な走りを実現するというハイテクぶりだ。
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この圧倒的な全能感にあらがえるか?
ブラックバッジ・ゴーストはタイヤが大径化されているので、路面によってはほんのわずかにコツコツ感が伝わってくることもあるが、マジックカーペットライドは健在。路面が不均等に荒れていても、4輪がそれぞれ適切にストロークしている実感がある。重量級ボディーでこれだけのフラットライドを保つには、普通ならばサスペンションは硬く、スタビライザーもビシッと張っておく必要がある。路面の状況に合わせて瞬時に、あるいは先読みして、1輪だけソフトにするという芸当も可能な、このクルマだからなせる業だろう。
ワインディングロードでは、当然のことスタンダードなゴーストよりもスポーティーだ。パワフルになったことに合わせて、ブレーキフィーリングも異なる。少ないストロークのなか、微細な踏力でコントロールができるようにされているようで、ハードブレーキングがやりやすい。足まわりの仕立ても印象的で、ロールは減っているがいやな硬さはまったくなく、むしろしなやかさでタイヤを路面に効果的に押しつけていく雰囲気だ。ハイスピードコーナリングの最中に大きめのギャップに遭遇しても、見事な足さばきで、何事もなかったように落ち着いてクリアしていく。どの速度域でも、どんな路面状況でも、快適性を失わずにフラットライドを保つとんでもないシャシーテクノロジーだ。
ショーファーカーのイメージも強いロールス・ロイスのなかにあって、ブラックバッジ・ゴーストは紛れもなくドライバーズカー。究極のテクノロジーが生み出す次元の違う走りに魅了されすぎて、本当のダークサイドに落ちないように気をつけねばならないほどだ。
(文=石井昌道/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ロールス・ロイス・ブラックバッジ・ゴースト
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5545×2148×1571mm
ホイールベース:3295mm
車重:2490kg
駆動方式:4WD
エンジン:6.75リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:600PS(441kW)/5250-5750rpm
最大トルク:900N・m(91.8kgf・m)/1700-4000rpm
タイヤ:(前)255/40R21 102Y XL/(後)285/35R21 105Y XL(ピレリPゼロPZ4)
燃費:15.8リッター/100km(約6.3km/リッター、WLTPモード)
価格:4349万円/テスト車=5466万5050円
オプション装備:--
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:6880km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:244.9km
使用燃料:42.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.7km/リッター(満タン法)/6.2km/リッター(車載燃費計計測値)
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石井 昌道
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