クルマのアタリ・ハズレって実際にありますか?
2023.12.05 あの多田哲哉のクルマQ&Aむかしは、量産車の生産クオリティーについて、このクルマはアタリだのハズレだのといった会話をしたものでした。いまや工業製品の質に個体差もないのではないかと思いますが、実際のところ、どうなのでしょうか? あるとすれば、どれくらいの“差”なのでしょうか。教えてください。
現実に、普通の人が普通にクルマに乗って「アタリ」「ハズレ」を実感することは、今はもうないですね。でも機械の話ですから、厳密に言うなら「差異など全くない」ということはありません。
では、どの程度“ある”のか? マシンの仕様を統一して争われるワンメイクレースは「このクルマはアタリだ」などという言葉が聞かれそうな場ですが、例えば「トヨタ86」のワンメイクレースにおいて、資金の豊かな有力チームが市販のエンジンを10基購入し、それぞれのパーツを素材にベストな精度を実現した1基を組み上げたとしましょう。それで、レース=極限の競争の世界において若干のアドバンテージが得られる……ことが期待できる、くらいの差だと思いますね。
もちろんメーカーは、開発において公差(加工において生じる、許容範囲内の誤差)を設けています。この公差を極限まで減らせば製品単価も高くなるので“落としどころ”を見つけるわけですが、現代の落としどころというのは、もはや差を実感できるレベルにないのです。
これは、サプライヤーも含め、メーカーが長年にわたって品質の向上・管理に努めてきた結果であり、特にCAD(キャド:computer aided design)による設計が行われ、図面上だけでなく工場の製造工程まで高度に機械化されるようになってからは、劇的に改善されました。
時期でいうなら、だいたい四半世紀前、西暦2000年の手前くらいでしょうか。そのころには、前述のエンジンに限らず、実感できるようなアタリ・ハズレはなくなったといえます。どうぞ安心してください。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。