なぜ伝統の名を使うのか? フェラーリの新たな「テスタロッサ」に思うこと
2025.09.29 デイリーコラム商業的には“いい船出”
早くも新型「テスタロッサ」が日本上陸を果たした。本国デビューが2025年9月9日(現地時間)で、1カ月未満での“来日”は異例の速さである。それだけ日本市場を重視していることの現れだ。そして日本での価格(クーペで6465万円)も発表されたわけだが、印象的には“フェラーリ・ジャパン、頑張ったね”だろう。
先代にあたる「SF90ストラダーレ」(クーペ)からおよそ1000万円近い価格上昇で、絶対値的には大幅値上げかもしれない。けれどもSF90のデリバリーが日本で始まったのはもう5年も前の話で、しかもそのころの為替といえば1ユーロ=125円くらいだった。1ユーロが170円という今、現地価格(46万ユーロ)を単純に円換算すると8000万円近くになってしまう。物価上昇や為替、さらにパフォーマンスの向上を考えれば決して高くない、となる。もっともSF90の価格設定がそもそも高かったという可能性もあるのだが、それはさておき。
テスタロッサという名前が復活したことで、日本の、いや、世界のクルマ好きが大いに反応した。賛否両論というのは毎度のハナシ、この際、これだけ話題になったのだからまずはマラネッロのネーミングは商売的に“正しかった”といっていい。
批判的な意見の多くはデザインと名前に集中する。デザインに関していえば、マラネッロの常で、ヘリテージに敬意を払いつつも常に前向きだ。だから批判も承知。比較的、過去を重んじるデザインは「イコナ」シリーズに任せているので、通常ラインナップとしての新型モデルは(先代テスタロッサに似せるのではなく)同じジェネレーションの「F80」や「12チリンドリ」を意識したスタイルになって当然であった。それこそテスタロッサの時代の「348」や「モンディアル」のように。
70年続くネーミング
テスタロッサだというのにテスタロッサとちっとも似ていないじゃないか、という意見も散見される。そのとおりではあるけれど、それはちょっと近視眼的な意見というものだろう。多くの人たちにとってテスタロッサとは1984年のテスタロッサで、ピニンファリーナの傑作のひとつである。巨大なサイドフィンがユニークだった。リアアクスル上に積まれたエンジンは180度のV12ボクサー(水平対向)。そう、中身そのものは「512BB」の進化版だったのだ。新型894テスタロッサがSF90ストラダーレとまったく異なるスタイル(ただしキャビンまわりは同じ)ながら、メカニズム構成はほぼ同じというコンセプトと、そこは変わらない。
今でもテスタロッサファンは多く、名車ぞろいのフェラーリのなかでも、イチ車名がブランド名と並び立つほどの強さを持つという名前はテスタロッサと「F40」くらいである。実は私も1980年代のテスタロッサが大好きだ。それゆえ“違いすぎる”というネガティブな反応も多かった。
けれどもマラネッロ史におけるテスタロッサのはじまりはそこじゃない。1950年代半ばごろにスクーデリアフェラーリのメカニックが特に高性能なエンジンのヘッドカバーを赤く塗って区別したことから始まったとされる“テスタ・ロッサ”=赤いアタマという呼び名は、1956年の「500TR」で初めて車名として用いられ、1957年には名車「250テスタロッサ」を産んだ。マラネッロ史上、私的神5モデルの一角である(残りは「250GTO」「カリフォルニア スパイダー」「330P4」、そしてF40)。250テスタロッサはまだしもV12エンジンをフロントミドに積んでいたが、500TRに至っては2リッター直4エンジンだった。
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成功への意欲の表れ
何を言いたいのか。テスタロッサとはマラネッロにとって、最も重要な心臓部=エンジンのコンセプトを表現する単語のひとつであり、ブロックから全刷新されたF154FC型V8エンジンが、場合によっては至宝の自然吸気型V12エンジンよりも、現時点ではパイロットカー(=真剣ドライバー向きスポーツモデル)に最適なユニットであるという彼らの主張にすぎない、ということである。
必ずしも12気筒を継承するものではない。849=8気筒+1気筒あたり499ccという“いつもの三桁数字”を名前の先頭に置くことで、そんな意志を宣言した。いつもの、とは言ったけれど、根拠(気筒数や排気量、馬力など)の組み合わせに法則性はない、というあたりもイタリアンらしい。
マラネッロもまた電動化を積極的に推し進めている。今や5つのラインナップモデルのうち、特にスポーツ系の2モデル、「296」と849、はプラグインハイブリッドだ。10月にはいよいよエレットリカ=フル電動モデルの全貌(ぜんぼう)が明らかになるだろう。マラネッロとしてはプラグイン時代の最強パワートレインを積むモデルを、節目の意味も込めてテスタロッサと名づけたに違いない。
1955年の500TRから約30年後の1984年にテスタロッサはデビューし、同時にそれは世界一の自動車ブランドとなる足がかりとなった。それから約40年後、849テスタロッサが登場し、マラネッロは電動時代においてもアタマ(先頭)を取ると高らかに宣言したのだ。
自動車界のアタマは常に赤いというわけである。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ、webCG/編集=関 顕也)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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