武骨だなんて誰が決めた? 乗用車ベースのオシャレな商用車の世界
2024.07.17 デイリーコラム「平日はビジネスに、休日はレジャーに」の時代
唐突だが、筆者が日本車で最も美しいと思うセダンは1966年に登場した初代「マツダ・ルーチェ」である。スタイリングを手がけたのは、カロッツェリア・ベルトーネ時代のジウジアーロ。当時の国産1.5リッター級としては異例にワイド&ローなプロポーション(なんと6人乗りだった!)、スマートなマスク、そしてイタリア語で「光、輝き」を意味する車名のとおり、細いピラーで構成された大きなグラスエリアなどなど、すべてが優美だった。
その初代ルーチェのバリエーションとして、4ナンバーの商用バンが存在した。当時はセダンをベースに、ボディーを共用する4ナンバーのバンと5ナンバーのワゴンの双方がシリーズにラインナップされることが多かったのだが、ルーチェはバンだけだった。しかし、これがまたセダンと同じかそれ以上に美しかった。
ワゴン/バンボディーでは、テールゲートが前傾していると軽快感、スポーティーさが増す。商用車としての積載能力を考えた場合はマイナスなのだが、「ルーチェ バン」はその点でも文句なし。セダン同様に広いグラスエリアを持つその姿はとても登録上の「貨物自動車」とは思えず、ワゴンあるいはイタリア流にファミリアーレと呼びたい雰囲気だった。もっともマツダの販売政策上、国内ではバンのみだったものの海外ではワゴンとして売っていたのだが、結果として私が思うに世界一美しい貨物自動車となったのである。
現在では絶滅してしまったが、21世紀になる直前までの日本には、このルーチェ バンのような乗用車ベースのライトバンが存在していた。貨客兼用ながら税金や保険などの維持費が乗用車より割安な貨物自動車であるライトバンは、乗用車がまだぜいたく品だった時代、とりわけ中小の商店や工場主といった初期のモータリゼーションを支えたユーザーにとっては頼もしい存在だった。いっぽう自動車メーカーとしても、開発や生産コストを償却するためには乗用車のみならず、そこから派生した商用車のラインナップは欠かせなかったのだ。
1960年代のライトバンのカタログには、決まって「平日はビジネスに、休日はレジャーに」のようなコピーが躍り、キビキビと働くシーンと余暇を楽しむシーンの双方が描かれていた。ということで、そうしたライトバンをはじめとする乗用車ベースの商用車のなかから、筆者が特にカッコイイとかシャレていたと思うモデルを紹介していこう。
「クラウン」にピックアップがあった
日本を代表する高級車である「トヨタ・クラウン」。そのクラウンにも初代から8代目、年代でいうと1999年まで商用バンが存在した。これについてはご存じの読者も多いと思う。では初代から3代目まではバンに加えてシングルキャブとダブルキャブのピックアップがラインナップされていたことについてはいかがだろうか?
ちなみに初代と2代目のクラウンベースの商用車は、クラウンではなく「マスターライン」と名乗っていた。初代クラウンの兄弟車だったタクシーキャブ専用モデル「マスター」から派生した商用車マスターラインの後継モデルとしてその名を引き継いだからだが、中身はまごうことなくクラウンだった。1967年に登場した3代目では晴れてクラウンの名を冠したが、そうした事情はともかく、初期のクラウンベースの商用車は後世の人間にはとてもシャレて見える。とりわけピックアップは希少性も加わって格別な存在に映るのだ。
トヨタでは2代目、3代目「コロナ」と初代「コロナ マークII」にも2種類のピックアップを用意していた。かつて筆者は、そのうちの1台である「コロナ マークIIシングルピック」を愛用していた生花店のオーナーにこんな話を聞いたことがある。いわく「ハイラックス」や「トヨエース」のような“純”トラックと違い、乗用車ベースのために足まわりが柔らかいので振動で生花が傷むことがなく、かつルーフのあるバンより積みやすくて重宝していたとのこと。絶対的な需要は多くはなかったのだろうが、選ばれるだけの理由があったのである。
そのほかトヨタの乗用車ベースの商用車では2代目および3代目の「コロナ マークIIバン」、俗称“クジラ”こと4代目クラウンのバンあたりがスタイリッシュだったと思う。マークIIやクラウンのバンは5ナンバーのワゴンとボディーを共用していたが、ワゴンの設定がないバン専用モデルでも初代「カローラ バン」はなかなかカッコよかった。テールゲートが前傾したスタイルに加え、カタログの表紙にはルーフキャリアにサーフボードを積んだ姿があしらわれるなど、“仕事より遊び”を優先して描かれていたのが記憶に残っている。
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新鮮なスタイリングだった“ケンメリ”のバン
クラウンの対抗馬として1957年に誕生した初代「プリンス・スカイライン」。それをベースに2年後に誕生した商用車が「プリンス・スカイウェイ」。くしくもライバルのクラウンの商用車版がマスターラインを名乗ったのと同様、乗用車のスカイラインとは異なる車名を名乗っていたのだ。
スカイウェイのバリエーションは、2ドア+テールゲートのバンとダブルピックアップ。これまたマスターラインにも用意されていたのだが、当時は4ナンバーフルサイズの2ドアバンが存在したのだ。初代スカイウェイは数度のマイナーチェンジや4ドアバンの追加などを経て1964年まで販売され、ダウンサイズされた2代目「スカイライン1500」をベースにした新型に交代する。2代目は4ドアバンのみだったが、モデルサイクルの途中でプリンスが日産に吸収合併された後のマイナーチェンジの際に「スカイライン バン」に改名した。
歴代スカイライン バンのなかでも、クオーターウィンドウがなく代わりに広いクオーターパネルとした通称“ケンメリ”こと4代目のデザインは新鮮だった。それを含めて2代目から5代目までのスカイライン バンは5ナンバーのワゴンとボディーを共用していたが、6代目の通称“ニューマン スカイライン”では独自のボディーとなった。
この世代には、ワゴンの代わりに歴代スカイラインで唯一となる5ドアハッチバック(後の「クロスオーバー」は除く)が用意されたからである。バンではなく「エステート」と名乗った6代目のバンは、クオーターウィンドウがルーフまで回り込んだデザインが特徴。バンのみという設定がもったいないほどスタイリッシュだった。
日産初のFF車だった初代「チェリー」は、スカイラインと同じく旧プリンス系のスタッフにより開発されたモデルだった。「チェリー バン」もセダンと同じく当時流行していたリアサイドウィンドウが後方に向かって切れ上がるデザインを採用しており、後に登場するケンメリのバンと同様に幅広いクオーターパネルを持っていた。その結果スポーツワゴン風のスタイリングになった、と言ったら褒め過ぎだろうか? ボディーカラーに商用車とは思えない薄いパープルが用意されていた点なども、初代チェリーのキャッチフレーズだった「超えてるクルマ」にふさわしかった。
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バンなのに車名は「ワゴン」
「オースチンA50」のライセンス生産から学んだノウハウを生かし、1960年に誕生した日産オリジナルの5ナンバーフルサイズの乗用車が「セドリック」。翌1961年には「セドリック バン」が登場した。遅れて追加される5ナンバーの「エステートワゴン」と共用することになるボディーは、商用バンながらツートンカラーが標準。アメリカンなスタイルによく似合った。
1965年にフルモデルチェンジされた2代目セドリックは、初代とは一変してピニンファリーナによるイタリアンデザインをまとっており、ワゴン/バンは必然的にフィアットのファミリアーレ(ワゴン)あたりをほうふつさせる姿となった。やがて1968年のマイナーチェンジで大がかりな整形手術を受け、アメリカン風の顔つきになってしまうのだが。
スカイラインから派生した高級車として1959年に誕生した「プリンス・グロリア」。1963年、スカイラインから独立した2代目に4ナンバーのバンが追加されるが、その名称が「グロリア6ワゴン」。ややこしいことにボディーを共有する5ナンバーのワゴンも存在し、そちらは「グロリア6エステート」と名乗った。
バンなのにワゴンと称するグロリア6ワゴンは、いうなれば最高級コマーシャルカーだった。当時は乗用車であってもリアサスペンションは半楕円(だえん)リーフの固定軸が多かったが、グロリア6ワゴンはセダンと同じドディオンアクスルを採用。エンジンもセダンの上級グレードと同じ国産初となる2リッター直6 SOHCだった。市場のリーダーだったクラウンがセダンでも直4エンジンしかなかった時代に、グロリアのバンは直6のみという高級なスペックを誇ったのである。
日産とプリンスが合併後の1967年、グロリアは昭和天皇の御料車として納入された「日産プリンス ロイヤル」のイメージを受け継いだ縦4灯ヘッドライトが特徴的な2代目に進化した。この3代目には5ナンバーのワゴンは設定されず、4ナンバーのバンも常識的に「グロリア バン」を名乗ったが、2代目と同様に上品で高級感のあるスタイリングをまとっていた。
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エステートバンにエキスプレス
商用バンのことを「エステートバン」と呼び始めたのは三菱で、1968年に登場した「コルト1200/1500エステートバン」がその第1号。後継モデルの初代「コルト ギャラン」では「エステートV」を名乗ったこともあったが、長らくエステートバンの名称を用いていた。三菱は1980年代半ばまで5ナンバーの乗用ワゴンを持たなかったが、それだけにエステートバンの上級グレードにはワゴン風のムードを盛り込んでいた。
それがピークに達したのが、1977年に登場した「ギャランΣエステートバン」および双子車の「エテルナΣエステートバン」。トップグレードの「2000スーパーエステート」はファブリック張りのシートに荷室はカーペット敷き、運転席にはオーバーヘッドコンソールやタコメーターまで備わっていた。エクステリアには当時の流行だったウッディーワゴン調の木目シートもオプションで用意されており、これらを備えた姿はワゴン顔負けだった。
1985年、三菱としては初の乗用ワゴンとなる「ランサー ワゴン」とその双子車の「ミラージュ ワゴン」がデビューする。同時にそれとボディーを共用する「ランサー バン」と「ミラージュ バン」も登場するのだが、これがカッコよかった。1980年代の三菱車はそろってリアフェンダーがタイヤにカブったフランス車風のデザインをまとっていたのだが、なかでもこのワゴン/バンが最もスタイリッシュだったと思う。特に装飾が少ないバンは、本来のプレーンな姿を見せていた。
商用バンに「エキスプレス」という独自の名称を用いていたのがいすゞ。とりわけルックスが特徴的だったのは「ベレル エキスプレス」だ。そもそもベレルは1960年前後のピニンファリーナ風デザインのボディーを持つ5ナンバーフルサイズサルーンだったのだが、エキスプレスはフロントだけでなくリアドアもサルーンのものをそのまま流用していた。おそらく生産台数があまり見込めなかったからではないかと思うが、ワゴンに時折見られるこの手法によって、ベレル エキスプレスのサイドビューは妙に日本車離れした印象だったのだ。
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今にまで続くスバルのワゴンのルーツ
軽乗用車のリーディングブランドだった「スバル360」をベースに1963年に登場した商用バンが「スバル360カスタム」。同じくリアエンジンのワゴンである「フィアット500ジャルディニエラ」や「フォルクスワーゲン1500ヴァリアント」あたりを参考にしたのだろう。構造上荷室は狭いものの、「スバルクッション」といわれた4輪独立懸架によるセダン譲りの絶妙な乗り心地やどことなくシャレた雰囲気は、バンというより小さいながらワゴンのそれだった。
初の小型乗用車である「スバル1000」をベースにした「スバル1000バン」は、いわば今日の「レヴォーグ」へと続くスバルのワゴンのルーツ。フラット4による前輪駆動と4輪独立懸架といったレイアウトを生かした低床設計が自慢で、積載時の車体の姿勢変化に対応するべく手動式のヘッドライトレベライザーまで備えていた。
スバルのラインナップに「ツーリングワゴン」の名で5ナンバーの乗用ワゴンが加わったのは、2代目「レオーネ」のモデルサイクル半ばの1981年のこと。初代と2代目レオーネの途中までは、三菱と同様に「エステートバン」と名乗る4ナンバーのバンのみだったのだ。とはいうものの、近代オンロード4WDやクロスオーバーSUVの先駆的存在の「エステートバン4WD」はなかなかシャレていた。特に2代目の上級グレードになると荷室はフルトリム、フルカーペット張りで、シート地はタータンチェック柄のファブリック。カタログでは「むしろワゴンと呼びたい」とうたっていたが、その言葉に疑問はなかった。
最後に紹介するのは、最初に4ナンバーのライトバンが登場、次にそれを5ナンバー化したワゴンが、その後にセダンが加わるという、通常とは逆のパターンをたどった、1963年デビューの「ダイハツ・コンパーノ バン」。しかもオリジナルであるバン/ワゴンをデザインしたのは、フェラーリやマセラティなども手がけたカロッツェリア・ヴィニャーレ。日本初となる純イタリアンデザインの商用車だった。
というわけで、思いつくままにカッコイイ、あるいはシャレた乗用車ベースの商用車を紹介してきた。お付き合いくださったみなさん、どうもありがとうございました。
(文=沼田 亨/写真=マツダ、トヨタ自動車、日産自動車、三菱自動車、いすゞ自動車、スバル、ダイハツ工業、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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