第949回:「戦場のスパゲッティ」は実在するのか? イタリア陸軍ショップで聞いた
2026.02.19 マッキナ あらモーダ!しゃれた軍用車
今回はクルマの話を振り出しに、ちょっと外れて“ミリメシ”のお話におつきあいいただきたい。
1980年代に初めてフランスのパリを訪れたとき、自動小銃というものを初めて見た。空港や街を警備する兵士が携行していたからである。銃火器については、映画『セーラー服と機関銃』の薬師丸ひろ子程度の知識しかなかった筆者としては、なんとも物々しく感じた。ところがイタリアに住んで、大都市や空港で自動小銃を提げて警備にあたる兵士を頻繁に目撃するようになると、さして違和感を覚えなくなってしまった。
そのイタリア陸軍は、複数の企業から車両を調達している。最も有名なのは重商用車メーカーのイヴェコだ。といっても、イヴェコ・グループは、2025年7月に軍事部門のイヴェコ・ディフェンス・ヴィークルズ(略称IDV)を防衛大手のレオナルドに売却。今後は「陸軍御用達のイヴェコ」というと、皆さんご存じのイヴェコではなく、IDVを指すこととなりそうだ。
それはさておき、イタリア国内では2008年に陸軍も治安維持に積極的に従事する法令が施行された。以来、それまでのように大都市だけでなく、筆者が住むような地方都市でも、陸軍兵士がパトロールするようになった。そうした任務用の車両として近年頻繁に見かけるものといえば、「ジープ・レネゲード」である。ただし、こちらは迷彩色ではなく標準塗色で、前ドアにイタリアの国章である星と、陸軍を示す「ESERCITO(エゼルチト)」の文字などが記されているだけだ。個人的には、威圧感が抑制されたかなりスタイリッシュな軍用車であると感じている。
ミリタリースペックのチョコレート
スタイリッシュといえば、イタリア防衛省は傘下の商標管理会社を通じて、民間の服飾産業にブランドを供与している。2004年から空軍を示す「アエロナウティカ」、2006年から海軍を意味する「マリーナミリターレ」の名称をアパレルブランドに与えている。当然、前述のエゼルチトもあって、2019年からベルガモのファッション関連企業が展開している。契約は入札方式だ。防衛省にとしてはライセンス収入が確保できるとともに、商品を通じて活動に親しみをもってもらえると、一石二鳥なのである。
同様のライセンス供与は、実はフードビジネスでも行われている。「エゼルチト1659」の名で展開しているのは、ファッブリケ・トスカーネというトスカーナ州の食品グループである。彼らが手がけているのは、可能なかぎりミリタリー仕様に近いプロダクトだ。キャッチは「戦場から食卓へ」である。
主力商品はチョコレートだ。メーカーによると旧イタリア王国陸軍とチョコのつながりは、保存性・携行性があり、かつ高栄養価の食料として採用された1937年にさかのぼるという。
実は筆者は、物珍しさからそのチョコレートバーを街なかのバールで見つけて食べたことがある。筆者のそしゃく力が弱いのかもしれないが、厚みが2cmもあってかなり固かった。さらにカカオの含有量が一般のチョコよりも高いので、味はダークに近かった。それらに輪をかけて驚いたのは、30℃を優に超える夏、車内に放置していておいてもやすやすと溶けなかったことである。実際に、前述した軍隊用の開発時には、過酷な温度変化にも耐えられるスペックを目指したという。筆者などは、年々風味の低下と価格上昇が激しいイタリアのサービスエリアの食堂で食べるくらいなら、この“ミリチョコ”のほうがいいと思った。
そのエゼルチト・チョコレートに再会したのは、2026年2月7日から9日までフィレンツェで開催された高級食品見本市「テイスト」でのことである。筆者が知らないバリエーションまで展示されていて、スタンドにはスタッフだけでなく、イタリア陸軍の広報担当者も詰めていた。
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都市伝説だった
そこで筆者が思い出したのは「イタリア陸軍兵士は前線でもスパゲッティを食べる」という逸話の真偽である。さっそく広報担当者に尋ねると「少なくとも今日では、これが一般的です」と言って、分厚い百科事典のような大きさのパックを見せてくれた。前述の企業の商品ではないが、ミリタリー感を盛り上げるためにディスプレイされていたものだった。
「『Kレーション』といわれるものです」。軍事マニアの読者にとっては釈迦(しゃか)に説法であろうが、彼の説明をもとに記すと、第2次世界大戦中にアメリカ軍が考案した戦闘糧食で、一日に必要な3食が同梱(どうこん)されている。ほかにも、保存性を犠牲にするかわりに新鮮な「Aレーション」など、数種がある。「必要なタンパク質とビタミンもしっかり摂取できます」と担当者。さらに防衛省発行の『戦闘糧食』と題された技術資料を後日確認したところ、KレーションのなかにもイタリアではAからGまで7つのモジュールがあって、会場に展示されていたのはGであった。残念ながら開封はしてもらえなかったが、内容は以下のとおりである。
朝:甘口ビスケット、ジャム、ダークチョコレート、水消毒キット
昼:ミートソース味トルテッリーニ、ソーセージ、クラッカー、フルーツポンチ、マルチビタミン剤、小麦ブラン
夜:米のサラダ、七面鳥、クラッカー、エナジーバー
いずれの食事にもドライコーヒーと砂糖が付く。「プラスチック食器、缶詰を加熱するための固形燃料と組み立て式台、つまようじ、ナプキン、歯ブラシ各3本も入っています」という。「さらに現在では、イスラム教食、ユダヤ教食といった仕様も用意されています」。それ以上に驚くのは、昼・夕食ではたとえ缶詰とはいえ、イタリア式伝統メニューの“第1の皿(パスタなど)”と“第2の皿(肉、魚など)”が反映されていることだ。
パスタは昼のトルテッリーニしかない。念のため防衛省資料でほかのモジュールも確認してみたが、ラヴィオリなどの詰め物パスタはあるものの、スパゲッティはない。イギリスのスーパーに行くと缶詰スパゲッティが販売されていて筆者も食したことがあるが、舌が肥えたイタリア人兵士にそんな恐ろしい代物を与えて士気が衰えるのを避けたのだろう。よって少なくとも今日、戦場のスパゲッティはイタリア人に対するステレオタイプによって生まれた都市伝説にすぎないことがわかった。
いずれにせよ、レーションひと袋の重量は400g前後。4日の行軍なら1.6kgを携行することになる。当然、それ以外の装備も携行するわけで、軟弱な筆者では到底もつまい。
別れ際に、担当者から「日本では(陸上自衛隊員が)なにを食べているのか?」と聞かれたので、よこすか海軍カレーを思い出した筆者は「カレーのようであります!」と即答してその場をしのいだ。だが帰宅して調べてみると、戦闘糧食にはカレー以外にも中華丼、やきとり、ハンバーグ、そしてポテトツナサラダまであった。一民間人である筆者としては、伊日の“ミリメシ”を交互に食べたいのが心情なのだが、読者諸氏はいかがだろうか。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=イヴェコ・ディフェンス・ヴィークル、大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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