安いのは分かってる 軽スーパーハイトBEV「BYDラッコ」のお買い得度を検証する
2026.10.01 デイリーコラム国産車の最激戦区へのチャレンジ
2026年7月に、中国メーカーのBYDが、軽自動車のBEV(エンジンを搭載しない電気自動車)の「ラッコ」を日本国内で発売した。全高が1800mmのボディーにスライドドアを装着しており、「ホンダN-BOX」「スズキ・スペーシア」「ダイハツ・タント」などのスーパーハイトワゴンに属する。
ちなみに2026年1~8月に国内で新車として販売された4輪車のうち、軽自動車が35%を占めた。そして軽乗用車に限ると、過半数がN-BOXなどのスーパーハイトワゴンになる。つまりBYDは、国内で最も販売台数の多いカテゴリーにラッコを投入した。
しかも国内市場の場合、BEVと最も親和性の高いカテゴリーは軽自動車だ。BEVは1回の充電で走れる距離が短いと指摘されるが、軽自動車はセカンドカーとして買い物などに使われることが多い。複数のクルマを所有する世帯なら、長距離移動には小型/普通車のファーストカーを使うため、BEVの走れる距離が短くても欠点になりにくい。
また複数の車両を所有する世帯には、一戸建てが多く、自宅に充電設備を設置しやすい。BYDはこのような日本におけるBEVの使用環境と、軽自動車の販売状況も踏まえたうえで、ラッコを軽自動車のスーパーハイトワゴンとして開発した。
日本メーカーも軽乗用車のBEVを販売しているが、「日産サクラ」「三菱eKクロスEV」「ホンダN-ONE e:」は、いずれも全高が1700mmを下回り、スライドドアも装着していない。カテゴリーとしてはラッコに比べて不利になる。
なぜ日本メーカーの軽BEVは、人気の高いスーパーハイトワゴンではないのか。サクラの開発者は「スーパーハイトワゴンになると、床下に駆動用リチウムイオン電池を搭載して、さらにスライドドアのレールなども装着する。プラットフォームのつくりが大きく変わるために困難が伴う」と説明した。
N-ONE e:の開発者は「『N-VAN e:』があるから、N-BOXベースのBEVも技術的には開発できる。しかしBEVには立体駐車場を使えるN-ONEがふさわしいと判断した。N-BOXのようなスーパーハイトワゴンは、長距離移動の頻度も高く、BEVには向かない」と述べた。
以上のような理由で日本の軽BEVはスーパーハイトワゴンに踏み込まなかったが、BYDはラッコで商品化した。そこでラッコと、スーパーハイトワゴンの代表とされる国内販売1位のN-BOXを比べる。
性能の近いグレード同士を比較する
ラッコの開発がN-BOXを見ながら行われたのは明らかで、ラッコの全高はN-BOXと比べて10mmしか違わない。ホイールベース(前輪と後輪の間隔)は2520mmで等しい。そうなれば車内の広さも同等だ。身長170cmの大人4人が乗車した時、後席に座る乗員の膝先空間は、両車とも握りコブシ4つ分になる。
シートアレンジも同様だ。N-BOXは初代モデルから燃料タンクを前席の下に搭載するため、後席の座面を持ち上げて、大きな荷物をスライドドアから車内の中央に積み込める。ラッコも同じ機能を採用した。
両車を乗り比べると、内装の質、シートの座り心地、乗り心地はN-BOXが優れている。逆にラッコはモーター駆動だから、アクセル操作に対する反応がN-BOXのターボよりも機敏で動力性能も上回る。重い駆動用リチウムイオン電池を床下に搭載するから、重心が下がって走行安定性もN-BOXより優れている。
このように、主に走行性能ではラッコが、内装や乗り心地の上質感ではN-BOXが上回る。それなら機能や装備と価格のバランスはどうか。
ラッコは3種類のグレードを用意して、上級グレードほど割安になる。そこでラッコは最上級の「300プレミアム」を選ぶ。価格は249万7000円で、国が交付する補助金額の15万円を引いた実質価格は234万7000円だ。ラッコ300プレミアムのリチウムイオン電池容量は35.84kWhで、1回の充電で320kmを走行できる(WLTCモード)。
ライバル車のN-BOXで、ラッコと動力性能が近いグレードは「カスタム ターボ」だ。価格は243万6500円になる。WLTCモード燃費は20.0km/リッターで、燃料タンク容量は27リッターだから、満タンで540kmを走行できる。
セカンドカーとして使うなら、ラッコプレミアムの320kmでも十分だが、航続可能距離を競えばN-BOXカスタムターボが220km上回る。
1kmあたりの走行コストを比べる
それなら走行コストはどうか。ラッコ300プレミアムの総電力量は35.8kWhだから、東京電力/従量電灯Bによる1kWhあたり29.8円で計算した場合、満充電にすると約1067円だ。ラッコ300プレミアムは、満充電で前述の通り320kmを走れるため、1kmあたりの走行コストは3.3円。1年間に1万kmを走れば3万3000円になる。
一方、N-BOXのWLTCモード燃費は20km/リッターで、2026年9月中旬時点のレギュラーガソリン価格は全国平均で約170円だから、1kmあたりの走行コストは8.5円だ。1年間に1万kmを走れば8万5000円になる。
このようにラッコの走行コストはN-BOXの39%で、N-BOXの走行コストはラッコの2.6倍に相当する。BEVで軽自動車のラッコは、走行コストを安く抑えられる。
装備と価格を比べたらどうか。ラッコ300プレミアムの価格は、国が交付する補助金額を差し引いた実質価格が234万7000円だ。N-BOXカスタム ターボは243万6500円になる。
N-BOXカスタムターボは、エアロパーツや9インチホンダコネクトナビ+ETC2.0車載器などを標準装着しており、ラッコ300プレミアムは幼児置き去り検知機能、空気圧モニタリングシステム、運転席の電動調節機能、カップホルダーの保温機能などを標準装着する。
そのうえでラッコ300プレミアムの実質価格がN-BOXカスタム ターボより約9万円安いなら、1回の充電で320kmを走れるBEVのラッコ300プレミアムが買い得だ。
損得勘定で不明なのは、数年間にわたって使った後の売却額だ。ラッコの残価設定ローンの残価率(新車価格に占める残存価値の割合)は、5年後で50%としているが、日本車の残価設定ローンと違って残価を保証していない。5年後に車両を返却する場合、規定どおりの使い方をしていても、その時点でラッコの中古車市場における流通価値が低ければ精算が生じる可能性がある。
N-BOXの残価率は、3年後で55%、5年後は42%ながら残価を保証している。数年後の売却額、つまり資産価値は、今までの実績のあるN-BOXのほうが信頼できる。
BEVは新しいカテゴリーで、ガソリンエンジン車とは異なる新しい魅力があり、特にラッコは価格も割安だ。その代わりにN-BOXと比較して不利な面もあり、互いに一長一短だ。
(文=渡辺陽一郎/写真=BYDオートジャパン、本田技研工業/編集=藤沢 勝)

渡辺 陽一郎
1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。 1985年に出版社に入社して、担当した雑誌が自動車の購入ガイド誌であった。そのために、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、車買取、カーリースなどの取材・編集経験は、約40年間に及ぶ。また編集長を約10年間務めた自動車雑誌も、購入ガイド誌であった。その過程では新車販売店、中古車販売店などの取材も行っており、新車、中古車を問わず、自動車販売に関する沿革も把握している。 クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。
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