第139回:寝ても、起きても「スマート! スマート!」――ファン合宿に乱入
2010.04.24 マッキナ あらモーダ!第139回:寝ても、起きても「スマート! スマート!」大矢アキオがファン合宿に乱入
今年で5回目の「スマート・デイ」
「なにィ〜、スマートで来なかったって? 帰れ! 帰れ!」
突然周囲から「帰れコール」が巻き起こった。
ここはイタリア・リヴィエラ海沿いの町フィナーレリグレ。スマート愛好会のウェブサイト「smart-forum.it」のミーティング「スマート・デイ」が、2010年4月17〜18日の2日間にわたって行われると聞きつけてやって来たのだ。
森進一の「冬のリヴィエラ」を歌いながら400km近く運転してきたボクに、いきなりそれはないでしょうが……。
で、その緊迫状態は、一瞬にして解けた。彼ら得意の「なんちゃって冗談」だったのである。
その証拠に、唯一のガイジンだということもあってか、イベントのスタートである初日の夜のピッツェリアで「アイコ――ボクの名前はアキオだというのに、みんな聞いちゃいない――こっちのテーブルに来いッ!」とボクは取り合いになった。ありがたいことである。
彼らについて、ざっと説明しておこう。「smart-forum.it」は、イタリア人によるスマートの一大ファンサイトである。日頃はミラノの貿易会社で働くサヴェリオ・マルチャーノ会長(41歳)によれば、サイト上の登録者数は9000人を突破している。
参考までに、イタリアの自動車市場で「スマート・フォーツー」は月に約3000台ペースで登録されていて、シティカークラスでは「フィアット・パンダ」、同「500」などと並んでトップ3の常連である。そうしたこともあって、イタリアは本国ドイツとともに世界屈指のスマート販売国でもある。
彼らのつながりはウェブ上にとどまらない。イタリア各地において、いわゆるオフ会を頻繁に催していて、主催者によれば月に1回はどこかで何かしらのイベントを行っているという。フィナーレリグレ大会はフォーラムを代表する看板大会で、今年で5回目を迎える。
聖トリディオン
「スマートの世界ミーティングで、いちばんうるさい奴らがいたら、オレたちだと思ってくれていい」
というだけあって、最初から歌がでたりして盛り上がる、盛り上がる。事実、ピッツェリアの他の客は、目を丸くしていた。
ピザを待っている間にも、彼らのスマートに対する熱い思いがひしひしと伝わる話が連発していた。
「ちょっとしたスペースがあれば止められる。燃費、税金、保険すべてが安い。スクーターよりも安全」
ひとりの若者がそう言うので、ボクは「それなら、最近イタリアで人気のアジア製シティカーでもいいじゃないか?」と意地悪な突っ込みを入れてみた。
すると彼は「たしかにイタリア人の中にも、スマートは割高という人がいる。でもスマートは、ハイテクノロジーの塊。さらにその品質の高さも知ると、多くの人はスマートに対する見かたを十中八九あらためるね」と胸を張った。それはスマートの特色のひとつであるシーケンシャルシフトも同じだという。
「マニュアルシフト好きのイタリア人だけど、いちどスマートのシフトに慣れると、その簡単さと楽しさにやみつきになる」
そんな話をしていると、彼らのひとりがフォーラムの名刺を渡してくれた。そこには、「San tridion」と記されていて、聖人のような絵が描かれていた。「(スマートのボディシェルである)トリディオン構造は、いざというときボクたちを救ってくれる。守護聖人なんだよ」なるほど。
ピザ職人の熱烈仕込みのためかどうかは知らぬが、夜8時に注文したピザが出てきたのは2時間後の10時過ぎだった。にもかかわらず、誰も文句を言う者はいなかった。スマート談義がそれだけ盛り上がっていた証拠である。
外に出て、さきほどの「なんちゃって帰れコール」を扇動したおじさんのクルマを見ると、リアバンパーの下にテニスボールがぶら下がっている。何かと質問したら、彼いわく
「駐車中これが揺れているときは、中で彼女とイチャイチャしているというサイン。車内をのぞいちゃダメだぞ」
……。
こういう突飛なコメントに即座に反応できないボクは、やはり東京人である。そのあとは地元ディスコに移動、ということで、“スマート合宿”の夜は更けていった。
「ベスパ」&「500」以来のキモチ
2日目の朝、宿泊していたホテルの外では、早くからスマートの「シャラララ」というエンジン音が響いている。窓を開けると、リヴィエラの春らしい、夏を先取りしたような快晴に恵まれていた。
時計を見れば朝7時。「戦前車のコンクール・デレガンスじゃないんだから、ちゃんとエンジンかかるだろうが」と突っ込みを入れたいくらいの盛り上がりようである。当日行われた「F1中国GP」など、彼らには関係ない。
朝食を済ませて集合場所のビーチサイドに行くと、すでにあふれんばかりのスマートが集結していた。受付のスタッフに聞けば、日帰り参加も含めスマートは約60台、参加者は約120人に達していた。隣町までビーチサイドの道をドライブしたあと、昼は砂浜でバーベキューだ。
ちなみにボクのクルマには特等席が与えられたのだが、それは「ぬか喜び」だった。ちょうど煙のくる方角だったため、肉&ソーセージを焼く油の無数の粒子で、ギトギトスーパーメタリック塗装になってしまった。
串焼きを食べていると、例の「帰れコール」&「テニスボール」おじさんが近づいてきた。
「よう、楽しんでるか」
おじさんの名前はジャンピエロ。50歳になる彼は、若いメンバーが多いフォーラムの中で、そのまんま「zio=おじさん」と呼ばれて慕われている。職業はブレシアをベースとする長距離トラックドライバーだという。
「スマートの楽しさは?」とボクが聞くと、ジャンピエロおじさんは、
「朝、止まっているのを見かけると、ボンジョルノ(おはよう)、寝る前にはボナノッテ(おやすみ)と思わず声をかけたくなっちゃう。それがスマートさ」と答えた。
寝てもスマート、覚めてもスマートなのである。
そしてうれしそうに、こう付け加えた。
「子供の頃のおもちゃのような感じ。こんな気持ちになるの『ベスパ』や元祖『フィアット500』以来だよ」
オフの日の彼はスマートに乗り、こうして仲間たちと集うのを楽しみにしている。そう、彼の言葉にはスマートがイタリア人をトリコにする理由が見事に集約されていた。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
【関連記事】
写真で見る、「スマート・デイ」はこちら。

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。