
2014年4月のある日、銀座4丁目付近にて。手前は偶然止まっていた2代目「日産プレジデント」。
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2014年4月のある日、銀座4丁目付近にて。手前は偶然止まっていた2代目「日産プレジデント」。
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地下鉄銀座線を降りてみると、銀座4丁目にあるライオン銀座ビル直結の入り口のシャッターが閉まっていた。
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銀座4丁目のライオン銀座ビルは、立て替え工事のため2014年3月31日をもって閉鎖されていた。
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1階の日産ギャラリーもすでに休業。バッジや社名が取り外された跡が残る。
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日産銀座ギャラリー休業を示す説明。解体・新築工事が難しそうな超繁華街で、あと2年ちょっとで新ビル完成とは。イタリアでは考えられない早業である。
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銀座4丁目にある三愛ドリームセンター。かつて見たことがある日産自動車の歴史資料によると、サッポロ銀座ビルに移る前夜、日産ギャラリーは向かいの銀座三愛ビル1階にあった。
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銀座ソニービル。
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かつてトヨタのショールームがあった2階を、外堀通り側から臨む。
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銀座の旧日産本社ビル。この1階にもギャラリーがあった。
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2010年7月で閉店した「ヤナセ銀座スクエア」の跡は、アシックスの店になっている。
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ショールームつながりで、もうひとつ。六本木ヒルズノースタワーの正面エントランス。ここはかつて東京日産のビル(東日ビル)で、1階には広いショールームがあった。ただし、展示されているのは東京日産系扱い車のみだった。
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銀座三越の2階、銀座テレサがあった場所を臨む。
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日本テレビ麹町分室となっている旧日本テレビ本社ビル。「ズームイン!! 朝!」のマイスタジオは、診療所に変わっていた。
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小中高そして大学の同級生&後輩4人と四半世紀ぶりに銀座三越で電撃再会。銀座の自動車&家電ショールーム史について、うんちくを垂れたかったが、すてきな奥さまになっている彼女たちにドン引かれそうなのでグッとこらえた。
『第344回:日産ギャラリーに通い詰めた、あの頃 ー 大矢アキオの銀座放浪記』の記事ページへ戻る