第25章:「アバルト再生の日近し---『ストップ、宝の持ち腐れ!』」
2007.03.03 FIAT復活物語第25章:「アバルト再生の日近し---『ストップ、宝の持ち腐れ!』」
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遺産と一緒に住んでると
イタリアで生活していてわかるのは、この国には「宝の持ち腐れ」が多いことである。
その最たる例が遺跡と、そこから発掘される様々な出土品だ。有名なポンペイ遺跡の一部から、近郊のちょっとしたローマ円形劇場まで、結構修復されずに放置されている。
背景には、その数が世界屈指であることと、慢性的な修復予算不足という実情もある。
それにしても、「もっと劣化が進まないようにしておけばいいのに」と心配してしまうような歴史遺産がたくさんある。
出土品もしかり。たとえば、我が家から70km離れた町のお宝は、紀元前のエトルリア時代に造られたブロンズ製人体像である。ところが、百数十年前に見つけた地元の人は、それを暖炉の火を掻く棒として長年使っていたという。
イタリアでは20世紀初頭まで、民間レベルでは考古学にあまり関心が持たれなかったためである。
歴史的遺産と毎日一緒に住んでいる人々ならではである。
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サソリにクモの巣
この国では、クルマの世界でも、「宝の持ち腐れ」が発生する。
その代表的な例がアバルトだ。
まずは歴史を振り返ってみよう。創始者カルロ・アバルトは1908年ウィーン生まれだが、1945年にイタリア国籍を取得。チシタリアでの短い職歴のあと、1949年に自らのワークショップを立ち上げる。そしてフィアット用をはじめとする様々な改造キットを造り始める。
やがて彼の手がけたスペシャルがレースやモータースポーツで目覚しい戦績を残したのは、イタリア車ファンならご存知のとおりである。
有名なサソリのマークは、もともとはカルロの誕生日の星座にちなんだものだ。ちなみに、ランボルギーニの牡牛も創始者フェルッチョの星座であることは奇遇である。
1971年になるとフィアットの傘下に入って、同社のレース部門を担当するようになる。同時にリトモや131といったフィアットやアウトビアンキの市販車にも、アバルトの名を冠すようになった。
たとえばアウトビアンキA112アバルトは、カルロが生前に自ら手がけた最後のアバルトである。
ただし90年代に入ると、「アバルト」のポジションはもはやハイチューニングというよりも、ちょっとしたスポーツアクセサリー装着車という意味合いが強くなっていった。
そして、アバルトの名を冠したレースは残ったものの、先代プントやセグメントCのスティーロの前期モデルにアバルト仕様が一時存在したのを最後に、市販車のアバルト仕様はカタログから消えてしまった。
メルセデスのAMG、BMWミニのクーパーと比肩するくらい、価値のあるスポーティなブランドであるのに、実にもったいないことをしていたわけだ。サソリにクモの巣が張ってしまったのである。
AMG並みの扱いまで昇格するかも
そのサソリがようやく、クモの巣を払ってもらえることになった。8日から一般公開される第77回ジュネーブショーで、フィアットはアバルトの本格的再生を高らかに宣言するのだ。
車両はいずれもグランデプントをベースにしたものである。1台は2000cc 270馬力四輪駆動の「グランデプント・アバルトS2000」で、今期のイタリア・ラリー選手権参戦用マシーンである。
もう1台は、「グランデプント・アバルト・プレビュー」で、こちらは近日市販予定モデルの参考出品車だ。
エンジンは1.4リッターターボで150馬力、高オクタンガソリン使用で155馬力というのがスペックである。さらに専用キットでチューニングすれば、180馬力までの向上が可能という。
同時に、さまざまな市販キットもジュネーブで公開される。
なお、今回のアバルト再生にあたっては新生「アバルト&C」が設立され、スタッフ113人のうち、26人がエンジニアリング担当、43人が製造、9人がレース担当にあたる。また、場所も伝説のトリノの本拠地「オフィチーネ・アバルト」の旧所在地に近い場所を選ぶ、という気合の入れようである。
フィアット・グループは、アバルトをフィアットの“おまけ”ではなく、フィアット、ランチア、アルファ・ロメオ、商用車と並ぶ、独立したブランドとして扱う構えだ。もしかしたら将来は、AMG並みの扱いまで昇格するかもしれない。
若い頃アバルトに憧れながらも、今やアウディやBMWに行ってしまった年代が、新生アバルトで再び熱いオヤジレーサーに変貌すれば痛快なのだが。
(文=大矢アキオ-Akio Lorenzo OYA/写真=Fiat Group Automobiles)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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