第81回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳(その3:トイレの裏に、モレーン)(矢貫隆)
2006.07.21 クルマで登山第81回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳その3:トイレの裏に、モレーン(矢貫隆)
■氷河によって運ばれてきた岩や土
木曽駒ヶ岳の森には熊がいっぱいいるらしい。何年か前、山仕事をしている地元の人が言っていた。
「木を切ってたら上から熊が落ちてきた」
たくさんの熊たちが幸せに暮らしている。
そこにまるで疑問をはさむ余地などないほど、しらび平までバスで30分の道のりには豊かな自然が残っていた。バスの行く手にサルたちの姿が見えた。
ロープウェイの乗り場、しらび平は標高1662メートルの位置にある。標高差950メートル(標高差日本一)を8分で結ぶこのロープウェイを利用すればスニーカー履きの観光客でさえ標高2612メートルの高地にいともたやすく立つことができるのである。
実際、ロープウェイの終点、千畳敷駅のすぐ前にはちょっとした遊歩道が整備されていて、大勢の観光客が高山ハイキングの気分を味わっていた。ただし、山の天気は劇的に変わってしまうので、ハイキング気分でも雨具だけは必携だ。
話をロープウェイの乗り場に戻そう。
バスの乗降場の端にトイレがあるのだけれど、そのすぐ裏に、少しばかり土が盛り上がった場所がある。登山者や観光客たちは誰も気にもとめないけれど、実は、この土が盛り上がった場所こそがモレーンのひとつだった。
氷河期が終わり気候が温暖化してくると山岳氷河が消えていく。その過程で山頂付近にできるのがカールである。氷河がじわじわと山頂付近を削り、おわん型の地形を造るのである。
氷河は解けて小さくなりながら、そして、山の表面を削りながら下に降りていく。すると、氷河が完全に消え失せた地点には、氷河によって押し運ばれてきた岩や土が土手のような形で残る。それがモレーンだ。
「しらび平のトイレの裏にあるのが『モレーンのひとつ』ということは、他の場所にもモレーンがあるということですよね?」
論理的な質問だな、A君。きみの言うとおり、気をつけて歩いてみると他の場所でもモレーンを見つけることはできる。
「モレーンがいくつもできる理由は!?」
氷河ができたのは1度だけではなかったからだよ。
(つづく)
(文=矢貫隆/2006年7月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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