第55回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その4)(矢貫隆)
2004.11.27 クルマで登山第55回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その4)(矢貫隆)
■貴重で珍しい丹沢のブナ
「ゴーラ沢」で空模様をうかがったのち、いよいよ檜洞丸の急登を歩きだしたのだが、いきなり急登が待ち構えていた。
と言ってもアルプスあたりの急登に較べれば何てことはないのだけれど、それでも登り勾配がきついのに変わりはない。
僕はこの夏に何度も山に登っているし自転車で鍛えてもいる。だからへっちゃらだったけれど、ヘナチョコA君には少々きつい坂だったようだ。
僕はさっさと登り、振り向くとA君は遅れ気味。しかたなく足を止めて彼を待つと、そんな僕の姿を見たA君も立ち止まり、ちっとも僕と彼との距離が詰まらない。
運動不足じゃないの?
「そのとおり!」
自慢にならない答えを堂々と答えるA君。
「仕事が忙しくって、運動する暇も彼女をつくる暇もないんですよ……」
そうか……。と、いちおうは相槌を打ったけれど、彼女ができないのは仕事のせいではないと僕は思っている。
ゴーラ沢から頂上までのコースタイムは2時間。昼食の休憩を入れても午後1時過ぎには頂上に着くことができるだろう。
歩きだして1時間ほど経った頃、登山道横に、それはそれは立派なブナの大木が姿をあらわした。200年生くらいだろうか。
追いついてきたA君が歓声を上げた。
「きれいなブナですねぇ。この山には、こんな立派なブナが群生しているんですね」
そもそもブナという木の本拠地は日本海側の多雪山地だから、雪があって湿潤な気候を好む。にもかかわらず乾燥した太平洋側に位置する檜洞丸には、それこそ全山を覆うばかりにブナが群生している。
そのこと自体が非常に珍しいということに加え、以前「クルマで登山パート1」(以下参照)でも書いたことだけれど、戦後の拡大造林政策で日本中のブナというブナは「ブナ退治」と言われるほどの勢いでことごとく伐採され、その姿を消していった。
だからこそ美しいブナの森は貴重であり、檜洞丸のブナの森は位置的にも珍しい存在と言えるのである。(つづく)
(文=矢貫隆/2004年11月)
【過去の記事は「webCG Archive」で】
「クルマで登山」(パート1)の記事は、「webCGメンバーズ」(http://www.webcg.net/WEBCG/members_top/)の「webCGアーカイブ」に収録されています(要ユーザーID&パスワード、登録無料!)。

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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