BMW 640iグランクーペ(FR/8AT)【試乗記】
ドアが増えてもカッコが命 2012.07.25 試乗記 BMW 640iグランクーペ(FR/8AT)……1108万2000円
「6シリーズ」に新しくラインナップされた「グランクーペ」。2ドアクーペがベースとなるBMWのラグジュアリー4ドアクーペは巨匠 徳大寺有恒にどう映ったのか。
「6シリーズ」といえば
松本英雄(以下「松」):今日の試乗車は、「BMW 6シリーズ」に新たに加わった「640iグランクーペ」です。
徳大寺有恒(以下「徳」):メルセデスの初代「CLS」に始まる背の低い「4ドアクーペ」が、BMWにもようやく登場したというわけだな。
松:ええ。現行6シリーズは2ドアクーペより先にカブリオレが登場しましたが、そもそも6シリーズといえば2ドアクーペが基本ですよね。
徳:うん。
松:同じ背の低い4ドアクーペでも、「メルセデス・ベンツCLS」や「フォルクスワーゲンCC」のようなセダンベースではなく、グランクーペは2ドアクーペからの派生というところが、スポーティーなBMWらしいじゃないですか。
徳:そうだな。アストン・マーティンが「DB9」をベースに「ラピード」を作ったようなものか。もっとも、6シリーズはあそこまで高級ではないが。
松:ところで、6シリーズといえば、かつて巨匠は「世界一美しいクーペ」と呼ばれていた初代に乗ってたんでしょう?
徳:ああ、2台乗ったよ。最初のは「633CSi」で、中身はノーマルなんだけど、ボディーにはアルピナストライプが入っていた。
松:一時期よく見かけた「なんちゃってアルピナ仕様」ですね(笑)。どうでした?
徳:これが遅くてさ。BMWの直6だからエンジンはとてもスムーズなんだけど、ちょっと飛ばそうとすると、車重に対してパワーが足りなかったんだな。癪(しゃく)だからチューンしようかと考えていたところ、遅くてもいいから欲しいという友人が現れたんで譲ったんだ。
松:もう1台は?
徳:「635CSi」。知り合いが乗ってたクルマで、内外装がきれいだったから調子いいだろうと思って譲り受けてみたら、パワートレインが相当くたびれてた。だから、これもあんまり乗らなかったな。
松:つまり2台ともハズレだったってことですか?
徳:そういうことになるな。でも、俺の見る目がなかったんだから、しょうがない。
松:自己責任ってわけですね。さて、グランクーペに話を戻すと、この種の4ドアクーペのルーツというと、どのあたりになるんでしょうね? 日本の「トヨタ・カリーナED」という説もあるようですが。
徳:そうだなあ、古くは1960年代の「ローバーP5」に4ドアサルーンのルーフを低めた、その名も「クーペ」があったな。あとはアストンの「ラゴンダ」とか、アメリカで50年代から登場した4ドアハードトップの背の低いヤツとか。
松:なるほど。
徳:でもまあ、背の低い4ドアが大流行したのは80年代後半から90年代にかけての日本だけだよ。それは間違いない。(笑)
松:というところで、クルマを見に行きましょうか。
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見事なプロポーション
徳:こりゃずいぶん大きなクルマだなあ。
松:ホイールベースは2ドアクーペ/カブリオレより10cm以上延びて3m近く、全長は5m以上ありますから。
徳:そんなにあるのか。もはや「7シリーズ」に迫るサイズなんじゃないか?
松:そうですね。全長は7シリーズのショートホイールベース版より6cmほど短いだけですから。
徳:これだけのサイズが許されれば、そりゃ伸びやかなプロポーションにもなるってもんだ。
松:またBMWは見せ方がうまいですからね。絶対的なサイズはもちろん大きいんですが、デザインによってさらに長く、低く、幅広く見せてます。とくに長さを強調したノーズなんか、見事なもんですよ。
徳:たしかにカッコイイ。この手のクルマはなによりもまず見た目が命だから、その意味ではいい仕事をしてるな。それはともかく、この内装はすごいな。まるでショーカーじゃないか。
松:これは「BMW Individual」というセミオーダー仕様なんですが、シート表皮に加えてウッドパネルまで白という配色にはシビレますね。
徳:中東の石油成金が好みそうな、われわれにとってはまったく現実的ではないインテリアだな。
松:巨匠、ちょっと後席に座ってみてくださいよ。
徳:よしきた。しかし、これは気をつけないと乗り込む際に頭をぶつけるな。
松:ルーフの傾斜がかなり急ですからね。
徳:でも、これで文句を言っちゃいけない。それがイヤなら普通のセダン、BMWなら「5シリーズ」を選べばいいんだから。
松:そうですね。このクルマの後席は、人を乗せなくてもいいわけですから。
徳:いや、まったく。2ドアクーペに乗り込む際に、上着とかカバンを後席に置いたりするよな。あるいはペットを乗せたりすることもあるだろう。このクルマのリアドアは、そういうときに便利、というくらいの存在理由でもいいと思うんだ。もし俺がこのクルマを手に入れたら、そういう使い方をするよ。
松:あくまでパーソナルカーとして使うんだけど、2ドアクーペよりも4ドアクーペのプロポーションが好きだから、という選択もあるわけですからね。
徳:そういうこと。ただしBMWの名誉のために言っておくが、いったん乗り込んでしまえば、後席の居住性にまったく不満はないよ。立派なフル4シーターだ。
松:乗車定員は5人なんですが、後席3人掛けはちょっと厳しいですからね。じゃあ、そろそろ走らせてみましょうか。
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ラグジュアリークーペにとって大事なこと
松:(運転席に座って)こりゃ前がほとんど見えませんね。
徳:鼻先がどこまであるのか、見当がつかないな。
松:室内から見るとAピラーもけっこう太いし、視界は良好とは言えません。
徳:カッコ命だから、仕方ないな。
松:しかし、いったん走りだしてしまえば、不思議とボディーの大きさを感じさせないですね。細い路地とかに行けば違うでしょうが、こうして一般道を走っている限りでは、全長5m超、全幅1.9m近いというのに、「3シリーズ」あたりと感覚的にはあまり変わりません。
徳:これ、エンジンは?
松:3リッター直6の直噴ターボです。パワーは320ps、トルクも45kgm以上ありますよ。
徳:やっぱり直6か。静かな中にも、アクセルを踏み込むと聞こえてくる音が、それっぽいと思っていたんだ。
松:直6は音がいいですよね。
徳:トランスミッションは相変わらずトルコン式ATかい?
松:そうです。ZFの8段。ブレーキングしたときのシフトダウンとか、制御が細かくスムーズで、とてもいいですよ。おそらく燃費向上にも貢献しているでしょう。
徳:燃費向上といえば、それを狙ってパワステも電動なんだろ?
松:はい。電動なんですが、油圧のようなしっとりしたフィールをうまく出してますね。まあ、それが可能になったから採用したんでしょうけれど。
徳:こうしたスポーティーかつ高級なモデルにとって、ステアリングフィールはとても大事だからな。
松:ステアリングと同様にフィールが大切なのがブレーキですが、これもすばらしいですよ。まずペダルの位置、角度が適切で、しっかり踏める。そしてタッチといい、ストロークといい、まるでノンサーボのようにリニアな効き具合といい、文句なしです。
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徳:そうした走りに関わる部分について、BMWはホントにわかってるメーカーだよな。上っ面ではなく、“スポーティー”ということの本質を知っている。だからクルマ好きは、やられちゃうんだよ。
松:さっきも言ったけど、走りだすとボディーの大きさを感じさせないハンドリングも、いかにもBMWらしいですね。
徳:それでいて、こうした荒れた路面(試乗路は箱根のターンパイク)での乗り心地もいいもんな。
松:ええ。忘れないよう言っておきますが、エンジンもすばらしい出来ですよ。パワー、レスポンス、マナー、いずれも不満はありません。秋には4.4リッターV8ターボを積んだ「650i」も導入されるそうですが、これ以上のパワーユニットが必要なのか疑問に思うほどです。
徳:少なくとも俺ならV8はいらないな。ちなみに値段はどうなんだい?
松:直6の「640i」が986万円、V8の「650i」は1257万円です。
徳:300万円近く違うのか。ますます直6でいいな。
松:もっとも直6でも、かなりハードルが高いですけどね。(笑)
(語り=徳大寺有恒&松本英雄/まとめ=沼田亨/写真=峰昌宏)

徳大寺 有恒

松本 英雄
自動車テクノロジーライター。1992年~97年に当時のチームいすゞ(いすゞ自動車のワークスラリーチーム)テクニカル部門のアドバイザーとして、パリ・ダカール参加用車両の開発、製作にたずさわる。著書に『カー機能障害は治る』『通のツール箱』『クルマが長持ちする7つの習慣』(二玄社)がある。

沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。