第361回:ジェラテリア屋台の主人は「特命銀行員」だった!
2014.08.22 マッキナ あらモーダ!行列のできるジェラート屋台
「夏はジェラートの季節」などという人がいる。だがイタリアでは、年間を通じてジェラテリア(ジェラート店)に人が絶えることはない。
スーツを着たおじいさんも散歩のついでに同じ年代の仲間とジェラートを食べている。そうした光景を目撃するたび、「ああいう老人に私もなりたい」とボクは思う。
この夏訪れたイタリア中部スタッジャ・セネーゼの「インターナショナル・フォルクスワーゲン・ミーティング2014」でのことだ。行列ができている一角があった。よく見ると、フォルクスワーゲン(VW)の初代「タイプ2 トランスポーター」を使ったジェラテリアだった。まさにイベントにぴったりの屋台である。中をのぞくと、おじさんと若者の計2名が忙しく働いている。
「おじさん、これ何年型ですか?」
お客が一瞬途絶えたのを見計らって、ボクは声をかけてみた。
すると、千歳飴(ちとせあめ)の袋に描かれている老人のような、そのおじさんから「これは遠く1967年に、ベルギーで登録されたものですよ」と答えが返ってきた。これは、ただアイキャッチのためにタイプ2を買ったのではない、とみた。
クルマ祭りから披露宴まで
おじさんの名前は、ロベルト・ロージさん。1959年生まれの今年55歳だ。イタリアで、このあたりの年代にはクルマに熱い人が多い。経済成長を背景にアウトストラーダが続々と延伸し、クルマが最も生き生きと走っていた時代に、少年期を過ごしているからだ。
出身地はピサ県のポンテデラ。ベスパの製造元ピアッジョ社の本拠地である。それゆえ「古い乗り物趣味の手始めはベスパでした」とロベルトさんは振り返る。
ベスパに続くかたちで、古いVWに目覚めた。彼のVWトランスポーターは、ベルギーにおける新車時代からこの特装ボディーで、今と同様ジェラテリア屋台として使用されていた。初代オーナーが命名したニックネームは「ロジャー」だったらしい。
2005年、ロベルトさんはイタリアに輸入された41年もののロジャーを購入。満身創痍(そうい)の状態に15カ月にわたる丹念なレストアを施して、再びジェラテリア屋台としてよみがえらせた。
依頼があると赴くケータリング式で、相棒は今年28歳のおいっ子ジャンルーカ君だ。
「自動車イベントだけじゃありませんよ」とロベルトさんが言うので聞けば、各種パーティーなどにもお呼びがかかるという。
「特にウケるのは結婚披露宴です」
ホテルなどでフルコースの食事をふるまわれたゲストたちが「それではちょっと場を変えますか」と新郎新婦家族に導かれるまま庭に移動すると、プールサイドにロベルト&ジャンルーカのVWジェラテリアが待っている、といった演出に使われるらしい。
ロベルトさんの「正体」
「で、明日はどんな会場でお仕事ですか?」ボクがそう尋ねると、ロベルトさんの口からは、意外な答えが返ってきた。
「明日は、普段の仕事に戻ります」
キャンディーズの「普通の女の子に戻りたい」ではあるまいし。ボクがあっけにとられていると、ロベルトさんは「私は月曜から金曜までは銀行員です。ジェラート屋台は週末だけ」と、にこやかに教えてくれた。ふたつの顔をもつおじさんだったのだ。VWトランスポーター好きとして、究極のライフスタイルではないか。
それで思い出したのは、TVドラマの「特命係長・只野仁」だ。普段は大手広告代理店のさえない総務係長でありながら、いざ会長の特命を受けると、鍛えあげた体でヤクザなど悪者を退治する。その変身ぶりが見どころだ。
ロベルトさん、明日からは、どういう姿で仕事をしているのか?
個人的には、VWトランスポーターを生き生きと語るジェラテリア店主のときとは裏腹に、只野係長のごとく限りなく目立たないサラリーマンであると楽しいのだが。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。