第84回:ポルシェから乗り換えたクルマが成功を導く
『ミリオンダラーアーム』
2014.10.03
読んでますカー、観てますカー
『きっと、うまくいく』から続く快進撃
インドの快進撃は、まだ続いている。2013年の『きっと、うまくいく』はインド映画の新時代を感じさせる傑作だった。『ムトゥ 踊るマハラジャ』のようなダンスと音楽まみれの徹底したエンターテインメントムービーもいいのだけれど、そうではないタイプの作品もあることが知られるようになった。
2014年の夏に公開された『マダム・イン・ニューヨーク』も、新感覚のインド映画だった。ほとんどのシーンがニューヨークで撮影され、アメリカ人やフランス人、イラン人などが出演する。インドの平凡な主婦が言葉の通じないアメリカで英語学校に通ううちに自分の姿を見つめなおしていくというストーリーで、当然会話も英語である。ぱっと見ではインド映画には見えない作りだが、ヒロインを演じるシュリデヴィ(超美人!)はいつもきれいなサリーを着ているし、お約束のダンスも取り入れている。アイデンティティーを保ちつつも世界の市場に開かれた作りの作品だった。
『ミリオンダラーアーム』は、ディズニー提供のアメリカ映画で、『スラムドッグ$ミリオネア』や『ライフ・オブ・パイ』のようにインド人とインド文化を素材にした作品である。両作品の出演者が、この作品にも出ている。『スラムドッグ$ミリオネア』で弟にひどいことをしたマドゥル・ミッタルと、『ライフ・オブ・パイ』でトラと戦ったスラージ・シャルマだ。ふたりは、インドからアメリカに渡ってメジャーリーガーになる夢をかなえた青年を演じる。実話を元にした物語である。
13億人から野球選手を発掘
JB・バーンスタイン(ジョン・ハム)は、やり手のスポーツエージェントだ。日本の野球選手がメジャーに挑戦するとき、代理人として話題になるあの職業だ。スーパースターを担当すれば、彼らの億単位の年俸の数パーセントを受け取ることができる。JBの豪邸には、毎夜スタイルのいいモデル風の美女が訪れる。ブルーの「ポルシェ911カブリオレ」を乗り回し、リッチな独身生活を楽しんでいた。
しかし、大手エージェントに有力なクライアントを奪われ、事務所の経営は危機に陥る。めぼしい選手はすでに囲い込まれていて、代わりを見つけるのは不可能だ。リッチそうに見えたがよく見るとポルシェは旧型だし、本当に金回りがいいわけではなさそうだ。一発逆転を狙い、彼が考えたのはインドから選手を発掘することだった。アメリカの4倍近い13億人がひしめく大国には、素晴らしい能力を持つスポーツ選手が潜んでいるに違いない。
優勝賞金10万ドルをかけ、インドで「ミリオンダラーアーム」大会が催される。まさに“100万ドルの腕”を持つ若者を発掘するための作戦である。インドでは野球の原型と言われるクリケットが盛んで、剛速球を投げる素質を持つ選手が見つかるはずだ。とは言っても、ほとんどのインド人は野球なんて見たこともない。ピッチングさせてみても、フォームは定まらないしストライクは入らない。球速も期待はずれだ。インドの混沌(こんとん)の中で、アメリカの流儀は通用しない。
ムンバイの決勝大会までなんとかこぎつけ、2人の若者が選ばれた。一本足投法のリンク・シン(シャルマ)と、速球派のディネシュ・パテル(ミッタル)である。彼らは賞金を得るとともに、アメリカに渡ってメジャーに挑戦する権利も獲得した。ただ、テストまでの時間はわずか半年しかない。
インド人によるアメリカン・ドリーム
リンクとディネシュにとっては、アメリカのすべてが見たことのないものだ。宿として与えられたホテルではトラブルを起こし、JBの家で生活することになる。洗練された孤高の独身生活は台なしだ。彼らはリビングにヒンドゥーの神様を祭る祭壇を作って礼拝まで始める。
練習場となる大学の球場へは、JBが送っていくしかない。アシスタントのアミト(ピトバッシュ)も含め、3人を乗せるのはもちろんポルシェだ。ガタイのいいアスリートを狭い後席に座らせるのは虐待に近い。コーチに彼らを引き渡すと、間髪を入れずJBはポルシェで去っていく。クライアントとの交渉に忙しいのだ。
ピッチャーの練習はなかなかはかどらず、リンクとディネシュは自信を失っていく。JBは契約に失敗し、彼らが成功しなければ事務所は立ち行かない。ぎりぎりの状況が迫る中、さらなる悲劇が襲う。パーティーからポルシェで帰る途中、車内で一番やってはいけない行為をしてしまうのだ。酔っ払った末のことだが、アレをやられると取り返しがつかない。
JBはポルシェに乗って自動車ディーラーに出掛けた。今の生活に似合うクルマは、ポルシェではないことに気づいたのだ。彼が手に入れた新しいクルマが、彼らの運命を変えることになる。実用性に配慮しただけではない。クルマの選択は決意の表明でもある。
インド人が主人公ではあるが、これはかつてアメリカン・ドリームとして描かれた物語だ。話型は同じでも、インドを視野に入れることでリアリティーが増す。この作品では大きな役割を持つ中国人も登場していて、今やこの両大国を無視しては物語が成り立たないのかもしれない。
最後にもう一つインドがらみの映画を。11月公開の『マダム・マロリーと魔法のスパイス』は、フランスの小さな町で向かい合って営業する高級フレンチレストランとインド料理店の巻き起こす騒動を描いたコメディーだ。すてきなクルマも登場するし、こちらの作品もオススメです。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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