第10回:八王子城跡と城山トレッキング(その1)
御主殿の滝をたずねる
2014.11.12
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
初めての八王子城山
圏央道を書いているうちに、無性に「御主殿の滝」を見たくなった。
高尾山には数えきれないくらい登ったけれど、裏高尾町を挟んだすぐ隣の八王子城山には、どうしてか、ただのいちどとして足を向けたことがない私なのである。ならば、この機会に、水量が減ってしまったといわれている御主殿の滝を見ておきたい、と思ったわけなのだ。そして、真夏のうだるような暑さが完全に影をひそめた9月のある日、私は、JR高尾駅からバスに乗り国史跡・八王子城跡を目指したのだった。
戦国時代の末期、豊臣秀吉による関東制圧は、城主、北条氏照の八王子城にもおよび、1590年(天正18年)、前田利家、上杉景勝の軍勢に攻められて落城する。北条の本拠、小田原城が開城、北条が滅亡したのはこの出来事が決め手だったと何かの資料で読んだ記憶がある(落城したとき、氏照は小田原で籠城中だった)。
八王子市教育委員会が作成した八王子城跡を案内するパンフレットが、御主殿の滝について次のように書いていた。
「落城時に御主殿(注:氏照の居館)にいた北条方の武将や婦女子らが、滝の上流で自刃して次々に身を投じ、その血で城山川の水は三日三晩、赤く染まったと伝えられます」
うそかまことか、八王子城跡は心霊スポットとして有名らしいけれど、それって、このあたりからでた話なのではあるまいか。
JR高尾駅の北口から西東京バスに乗り、10分とかからずに「霊園前」の停留所に到着。ここから1kmほど歩けば八王子城跡(八王子城跡行きのバスもある)だが、途中、ちょっとだけ脇道に入り北条氏照と彼の家臣の墓にお参りである。氏照の墓には、ペットボトルのお茶と、ワンカップの酒が供えられていた。
八王子城跡の入り口に管理棟があって、そこで道は二手に分かれている。左に進めば御主殿跡と御主殿の滝、右に進めば、標高451mの本丸跡へと続く山道である。
御主殿の滝を目指し左に進むと――この山を源としているだけに水が見事なまでにきれいなのは言うまでもないけれど――道路右側を城山川が流れていた。10分も歩かないうちに、目当ての御主殿の滝が見えてきた。
皮肉な偶然?
ここまで歩いてくるうちに、「ずっと昔から御主殿の滝を見続けてきた」と言う近所の住人に話を聞くことができた。
「以前は、それこそ『ザーザー』と滝の水が流れ落ちたものだけれど、近ごろは水量が減ったし、雨が降らない時期は、ちょろちょろっとしか流れなくなった」
圏央道の「八王子城跡トンネル」のせいですか?
「いや、それが原因かどうかはわからない。でも、水量が減ったのはトンネル工事が始まってしばらくしてからだった」
余談だが、八王子城跡トンネル計画については、いくつもの市民団体などが反対を表明し活動をしたけれど、結果としては、1999年に工事は着手され、8年後に完成している。さて、問題は、その開通式が実施された日、なのである。2007年6月23日だった。それがどうしたというと、実は、前田、上杉軍の前に八王子城が落城したのは、その417年前の、同じ6月23日だったのだ。
これって、故意?
いや、皮肉な偶然なのだろうと思う。
話を戻そう。
御主殿の滝、である。
滝それ自体のスケールは小さいけれど、源流の水が流れ落ちる様と、それを囲む森の風景を見ていると、ここが東京だということを忘れてしまいそうになる。この雰囲気に包まれるためだけに御主殿の滝を訪れる価値はあると思った。
そして、御主殿跡、である。
虎口、つまり曲輪(くるわ=塀と土塁で囲った平地:注)の出入り口の石垣や石畳のある風景を見ていると、なるほど八王子城跡が「日本百名城」のひとつに選定(2006年)されただけのことはあると実感できる。
御主殿跡の開けた場所にテーブルとベンチが設けられていて、そこで、幼児を連れた若いお父さんが弁当を広げていた。国史跡・八王子城跡、よし、次は俺も弁当持参だ、と決めた私なのだった。
(つづく)
(文=矢貫 隆)
(注)曲輪(くるわ)=城主の居館があった主殿とか、敵の攻撃を防ぐ要害とか、つまり、城を構成する建物のために山に造成された平地のこと。八王子城の場合、御主殿のあった曲輪は広いけれど、そこ以外は、表札で案内がでていなければ登山道の途中にある、ちょっと広くなっていて休憩にもってこいの場所、くらいにしか思えない程度の広さでしかない。「廓」とも書く。

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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