第16回:自転車――改正道交法が語る“意味”(その5)
大人げなかった話(後編)
2015.07.28
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
総合的な対策があってこそ
結果は最初からわかっていた。
もっともらしい計算式を使ってシートベルト着用の効果を説き、前席乗車中の死者数の推移を示してみせていた。けれど、あの論理の決定的なごまかしは、前席乗車中の事故死者数の増減を、シートベルト着用の有無だけで語ったことだった。
要は、シートベルトだけで事故死者数の増減を判断することなんてできないのに、それを承知で、それでもシートベルト着用の効果を言いたかった(=「着用義務化もやむなし」との世論づくりのため)のだろうと思う。
シートベルトを着用していたって、衝突してクルマがつぶれてしまえば乗員は圧死してしまうし、救出したとしても、搬送先の医療機関がまともな救急医療を行えなければ、やはり命は救われない。
総合的な安全対策があって、そのうちのひとつの対策がシートベルト着用ならば効果は絶大だ。ところが、自動車の衝突安全性はまるでなってなくて、救急医療体制も不備。あれやこれやがない状態で、シートベルトだけ義務化したって効果は期待できないに決まってる。それが答えだった。
私が大人げなかったのは、まさに、ここ、である。
全面対決の姿勢で記事を書いたわけだけれど、そういう手法じゃなくて、あのときは、「第2次交通戦争を乗り切るための総合的な安全対策」の必要性を説くという方法もあった。シートベルトを着用するというのは、つまり、総合的な交通安全対策を構成する、ひとつの重要な要素ではあるけれど、それだけでは絶対にだめなんだ、と。
蛇足ながらつけ加えると、自動車の衝突安全性や救急医療体制は、第2次交通戦争と呼ばれた時代からこっち、それはもう、びっくり仰天の劇的な進歩を遂げたのは知ってのとおり。交通安全施設の高度化や充実やらも進み、書きだしたらキリがないけれど、とにかく、総合的な交通安全対策はきわめて高いレベルで進んだ。
その結果、シートベルト着用の効果が表れて自動車乗車中の死者数が激減したのはもちろん、交通事故死者の総数は、今や4113人(2014年)にまで減っている。この数字、92年(=第2次交通戦争の時代の、事故死者数が最も多かった年の1万1451人。第1次交通戦争の時代のピークは70年の1万6756人)の約3分の1である。
と、はるか昔のシートベルト問題を振り返り、同時に“改正道交法が語る意味”に思いを巡らすと、ああ、俺もずいぶん大人になったものだなァ、と実感してしまう私なのである。
そう遠くない将来の予測
自転車対策としての改正道交法が6月1日に施行され、その日、東京都内だけでも97カ所で自転車に対する指導・取り締まりが実施された。それを報じたメディアは「取り締まりだけでなく、自転車道の整備が必要」と注文をつけ、自転車乗りのなかには「取り締まりが不公平」だとか「一時的な取り締まり、一部地域だけの取り締まりなんて実施しても意味がない」だとか「容赦がなさすぎる」だのと批判する人たちも多くいたようだった。
自転車ナビライン(第14回参照)にしても同様の批判を耳にしたことがある。「上馬の交差点の周辺だけにナビラインを設置しても効果はない」とか「何の意味がある」とか「ナビラインを設置しても路上駐車の問題を解決しなければだめ」とかいった批判である。
どれもこれも、確かにおっしゃるとおり、だと私も思う。
けれど、近ごろの私はすっかり大人だから、シートベルト問題のときのごとく、「〇×△ではダメだ」とか「△□●すべきだ」とかは言わない。
思えば、第2次交通戦争の時代、意図した結果か偶然かは別にして、動きだした総合的な安全対策。その最初(最初じゃないかもしれないが)の一手がシートベルトだった。自転車をめぐる今の状況が、あの頃とだぶる、のである。
さて、改正道交法が語る“意味”である。
自転車ブームと、それに伴う無法・無謀自転車の激増、そして事故。有効な対策が見つからない状況下で登場した改正道交法や自転車ナビラインだった。それが、たとえ“思いつき”の、あるいは“その場しのぎ”の対策であったとしても、5年後とか10年後とか、とにかく、そう遠くない将来、総合的な自転車対策が具体的な形として姿を現したとき、それを構成する重要なピースになる日が絶対にくる。シートベルトがそうであったように、だ。
総合的な対策が功を奏し、自転車問題が解決したり、解決しないまでも解決に向かったりする日がくると仮定して、そのときに過去を振り返り、「あれがエポックメイキングだったよね」と誰もが頭に浮かべる出来事があるとすれば、それはたぶん、自転車ナビラインや6月1日施行の改正道交法だ。
シートベルトの顛末(てんまつ)を当てたように、この予測も当たる、と今から言っておく。
(つづく)
(文=矢貫 隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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