第10戦ハンガリーGP「彼にささぐ勝利」【F1 2015 続報】
2015.07.27 自動車ニュース ![]() |
【F1 2015 続報】第10戦ハンガリーGP「彼にささぐ勝利」
2015年7月26日にハンガロリンク・サーキットで行われたF1世界選手権第10戦ハンガリーGP。夏休み前の最後の一戦で、王者メルセデスに奇襲をしかけたのはフェラーリだった。今季2度目の表彰台の頂点にのぼったセバスチャン・ベッテルは、天国の「彼」に勝利をささげた。
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■「17」よ、永遠に
1989年8月3日、フランス・ニース生まれ。祖父はGTカテゴリーで3度世界制覇を成し遂げ、また伯祖父は1960年代にF1に出場するなどモータースポーツ家系に生を享(う)けた彼にとって、レースの道に進むことは自然なことだったのかもしれない。
幼少期からカートで腕を磨き、2007年にいよいよ本格的なレースの世界へ。早くもこの年の仏フォーミュラ・ルノー2.0シリーズのタイトルを獲得し才能の片りんをうかがわせた。
その後F3ユーロ、GP2、フォーミュラ・ルノー3.5と各カテゴリーで奮戦。勝利を重ねる中で、2009年末、F1最古参チームのフェラーリが若手育成プログラム「フェラーリ・ドライバー・アカデミー 」の一員に彼を抜てきしたことにより、最高峰シリーズへの狭き門が少しずつ開きはじめた。
レーシングドライバーなら誰もが夢見るであろうフェラーリを駆りF1テストに参加。そして2012年にはF1中堅チーム、フォースインディアのリザーブドライバーとしてステアリングを握る機会を与えられ、地道にチームへの貢献とアピールを続けてきた。彼の名は、翌年のフォースインディアの正ドライバー候補として挙がっていたが、チームは当時23歳の新人ではなく、実績のあるエイドリアン・スーティルを選び、結局彼は新興マルシャから2013年にGPデビューすることとなった。
低予算の弱小チーム、非力なマシン、そして不十分な準備期間ながら初戦で15位完走。2戦目のマレーシアではチームにとってこの年の最高位となる13位でゴールし、マルシャはコンストラクターズランキング10位の座を手に入れることができた。同じくGPデビューを果たしたチームメイト、マックス・チルトンとの勝敗成績は、予選で17勝、決勝14勝と彼が勝ち越した。
F1キャリア2年目の2014年もマルシャに所属した彼は、またしても自身とチームに大きな結果をもたらす。5月の第6戦モナコGP、難攻モンテカルロ市街地で後方スタートから9位でゴールし初入賞、マルシャに初得点を献上し、台所事情の厳しいチームに戦うスピリットを吹き込んだ。
10月の日本GP、しの突く雨の鈴鹿サーキットで悲劇は起きてしまった。天候悪化によりコースアウトしたザウバーの1台を撤去中、彼のドライブするマルシャもコントロールを失い、運悪く撤去車に追突、頭に深刻なけがを負ってしまった。意識不明の彼は三重県内の病院で緊急手術を受け一命をとりとめたものの、容体はとても楽観できるものではなかった。
およそ1カ月後に故郷ニースに転院、家族とともに闘いを続けてきたが、事故から9カ月たった今年7月17日、意識が戻らぬまま帰らぬひととなってしまった。
ジュール・ビアンキ。享年25歳。才能ある若きドライバーの早すぎる死に、GP関係者のみならず世界中の多くの人々がショックを受け悲しみに打ち沈んだ。
F1ではマシンにこそ恵まれなかったが、テールエンドでひたむきに走る彼の姿はチーム首脳の目にとまっていた。昨年フェラーリ会長を辞したルカ・ディ・モンテゼーモロは、スクーデリアの現ドライバー、キミ・ライコネンの後釜にビアンキを考えていたと、ビアンキの死後イタリアのメディアに語った。
GP期間中に起きた事故での死者は、1994年5月のアイルトン・セナ、ローランド・ラッツェンバーガー以来のこと。鈴鹿でのビアンキの事故を受け、セーフティーカーが入らなくても各車に減速を義務付ける「バーチャル・セーフティーカー」制度が導入された。また外にむき出しとなるドライバーを守るための「クローズド・コックピット」についても議論が継続している。モータースポーツに絶対の安全はない。しかしだからこそ、不幸な事故をしっかりと検証し、絶えず最優先で安全性を向上させなければならない。
FIA(国際自動車連盟)は、ビアンキのカーナンバー「17」を永久欠番とすることを決めた。ハンガリーGPに集まったドライバーはヘルメットやマシンにビアンキの名を記した。レース前、ビアンキの家族とドライバーはグリッド上で円陣を組み、いまは亡き良き息子・兄弟、そして良き同志へ黙とうをささげた。
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■ハミルトン、圧巻のポールポジション
シーズン開幕後にドイツGPがキャンセルされたことで、前戦イギリスGPから3週間ものインターバルを挟み迎えた30周年の第10戦ハンガリーGP。予選では、過去ハンガリーで4勝しているメルセデスのルイス・ハミルトンの強さが際立っていた。
トップ10グリッドを決める予選Q3、最初のアタックでハミルトンがチームメイトのニコ・ロズベルグに0.3秒差をつけると、最後のフライングラップではそのギャップを0.5秒にまで広げ圧巻のP1。これでチャンピオンは今年10戦して9回目のポールポジションを獲得したことになる。一方のロズベルグは、セッション中にハンドリングの問題を訴え、“定位置”の2番グリッドからスタートすることになった。
フェラーリのセバスチャン・ベッテルが“いつもの”3番グリッド。その背後には、苦戦が続くレッドブルのダニエル・リカルドが4番グリッドに収まった。コーナーの多い低速ハンガロリンクで、前年のウィナーが奮起した格好だ。
フェラーリのライコネンが5位、ウィリアムズのバルテリ・ボッタス6位、レッドブルのダニール・クビアト7位、ウィリアムズのフェリッペ・マッサ8位と各陣営が互い違いにグリッドに並び、5列目の9位にはトロロッソのルーキー、マックス・フェルスタッペン、10位にはロータスのロメ・グロジャンが入った。
パワーユニットの性能差が出にくいハンガロリンクに期待をかけたマクラーレン勢。しかし予選ではその期待は外れ、ジェンソン・バトンはQ1セッション中に電気ブースト「ERS」がうまく機能せず16位、Q2に進んだフェルナンド・アロンソもアタック中に部品が緩んだことでマシンがコース上に止まり赤旗中断、結果15番グリッドだった。
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■スタートで“まさかの”フェラーリ1-2
前戦イギリスGPでは、スタートでメルセデスの2台を抜いたウィリアムズが1-2でレースをけん引し予想外のはじまりとなったが、ハンガリーでの番狂わせはフェラーリによってもたらされた。
出だしが鈍かったハミルトンに、3番グリッドのベッテルがアウトから、2番グリッドのロズベルグはインから並びかける。ターン1でトップを奪ったのはベッテル、続くターン2でロズベルグから2位の座を奪ったのは、なんと予選5位のライコネン。これで跳ね馬は早々に1-2フォーメーションを築いてしまった。
ロズベルグは3位、ハミルトンに至っては4位まで落ちたばかりか、さらにロズベルグを抜こうとしてコースを外れてしてしまい、一気に10位までダウンした。
オープニングラップを終えてのトップ10は、1位ベッテル、2位ライコネン、3位ロズベルグ、4位ボッタス、5位クビアト、6位ニコ・ヒュルケンベルグ、7位リカルド、8位セルジオ・ペレス、9位マッサ、10位ハミルトン。抜きにくいハンガロリンクで、ハミルトンはマッサをオーバーテイクし9位に上がるのに10周を要し、トップのベッテルは既に30秒近く逃げていた。
69周レースの10周を過ぎ、ベッテルは2位ライコネンを2秒以上突き放し首位快走。3位ロズベルグは4秒、5秒と赤いマシンから徐々に遠ざかっていった。
20周目からはトップランナーが続々とタイヤを交換。ニュータイヤに履き替えての順位は、1位ベッテル、2位ライコネン、3位ロズベルグ、4位リカルド、そして5位まで挽回していたハミルトン。ハミルトンがリカルドを抜いたのは29周目で、これでようやくスタート直後のフェラーリ、メルセデスの先頭集団に戻った。
しかしこの時点でベッテルは3位ロズベルグに20秒近く、4位ハミルトンには33秒ものギャップを築いており、フェラーリが盤石のレース運びで勝利にまい進していたかに見えた。
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■セーフティーカーが入り、レースは第2幕へ
膠着(こうちゃく)したレース展開に変化が訪れたのは43周目。ヒュルケンベルグのフォースインディアがメインストレート走行中にフロントウイングを脱落させ、ターン1のウォールに突っ込んだ。これでバーチャル・セーフティーカーが出たのだが、思いのほかパーツがコース上に散乱していたため、数周して本物のセーフティーカーが出動することになった。
これを機に各車ピットになだれ込み、フレッシュなタイヤでレース第2幕に備えた。
1位ベッテル、2位ライコネン、3位ロズベルグ、4位ハミルトンまで硬めのミディアムタイヤを装着し、49周目に再スタート。ベッテルがトップを守る一方、数周前から運動エネルギー回生システム「MGU-K」にトラブルを抱えていたライコネンはロズベルグに襲われメルセデスが2位に。ハミルトンはといえば、背後からソフトタイヤを履くリカルドの奇襲に遭い両車接触、メルセデスはフロントウイングを破損し6位に落ちた。
ハミルトンは再度ピットに入り速いソフトタイヤに替えて心機一転上位を目指したが、先のリカルドとの接触によりドライブスルーペナルティーを受け、結果6位でレースを終えることになった。
ライコネンのフェラーリはスピードが伸びず、勢いづくリカルドに3位の座も奪われ、ピットに入り再起動をかけてコースに戻ったものの程なくしてリタイアとなった。
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■“Forza Ferrari et merci, Jules.”
レースは終盤にかけて優勝争いが白熱した。1位ベッテル、2位ロズベルグの差は1秒台、これに3位リカルドも1秒後方から追い上げてきた。64周目、リカルドがロズベルグに、昨年のレースをほうふつとさせる大胆なオーバーテイクを仕掛けるが両車は接触。レッドブルはフロントウイングを壊し、メルセデスはタイヤをパンクさせ、それぞれピットインを余儀なくされた。
これでベッテルは余裕をもって走り切ることができ、第2戦マレーシアGPに次ぐ今季2勝目、通算ではアイルトン・セナに並ぶ歴代3位タイの41勝目を飾った。フェラーリは今年の公約だった2勝をシーズン前半で達成することができた。
リカルドの後退で2位には僚友クビアトが入り、自身初表彰台を獲得。そのリカルドは3位でレースを終え、レッドブルは今年初めてのポディウムに2人そろってのぼることができた。
ベッテルはチェッカードフラッグ後の無線で「Forza Ferrari et merci, Jules.(がんばれフェラーリ、ありがとうジュール)」と、チームとビアンキへの気持ちを表した。
フェラーリの一員だったビアンキにささげられた勝利だった。
次の第11戦ベルギーGP決勝は、長い夏休みが明けた8月23日に行われる。
(文=bg)