第124回:邪悪な神(父)から逃れた少女が世界を救う!
『神様メール』
2016.05.26
読んでますカー、観てますカー
ベルギーに住む神の娘が主人公
ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の作品は、この連載の第2回で『ミスター・ノーバディ』を取り上げた。2011年4月の日本公開だったから、5年ぶりの新作ということになる。何しろ寡作な人で、1991年の『トト・ザ・ヒーロー』、1996年の『八日目』、そして今回の『神様メール』とわずか4本しか映画を撮っていない。数は少ないが、どの作品も最上級の傑作だ。
いつもとっぴな舞台を用意するドルマル監督だが、今回の設定は輪をかけて奇想天外。主人公は10歳の少女エア(ピリ・グロワーヌ)。ただの女の子ではない。彼女の父親は神様なのだ。比喩的な意味ではなく、本物の神。聖書に出てくるGodである。エアは父(神)、母親(女神)と3人暮らし。兄もいるのだが、かなり前に家出してしまった。名前はJC。エアにとっては2000年ほど年上の兄ということになる。
神一家が暮らしているのはベルギーのブリュッセルにあるアパート。神は天地創造の際に、まずブリュッセルを作ったらしい。最初はキリンやニワトリ、ダチョウなどを街に住まわせたが、どうもしっくりこないということで自分に似せた生き物を作った。人間である。彼らはどんどん増殖したので、神は自分の名を掲げて戦うように仕向けた。戦争を作ったのは、神だったのだ。
スマホ片手のドライバーが事故死
残念なことに、神はすこぶる性格が悪い。暇にまかせて人間界にさまざまな災厄をもたらす。「普遍的な不快の法則」を2000以上もこしらえて、人間が嫌な気持ちになるのを見て喜んでいる。「バスタブに身を浸した直後に電話が鳴る」「ジャム付きパンを落とすと必ずジャムの側が下になる」「隣の列のほうが速く進む」といった現象は、すべて神の御業だった。
神は家庭内でも暴君である。妻には怒鳴り散らすし、娘が反抗するとベルトでむち打ってお仕置きをする。DV夫で暴力父という最低最悪の男だ。エアはもうガマンできなくなった。父親が人間から神としての信頼を失うような策を考える。父しか入れない書斎に侵入すると、旧式のパソコンがある。地震や台風などの災害や交通事故などは、このパソコンを使って引き起こしていたのだ。
画面には「余命」というフォルダーがあり、中には全人類の死亡時刻が書かれていた。このファイルには送信機能がついていて、エアがリターンキーを押すと各人のメールアドレスに余命情報が送られる。下界では人間たちのスマホから一斉に着信音が鳴り、メールを開くと死亡日時が示されてカウントダウンが始まった。
iPhone片手に「ルノー・コレオス」を運転していた男が画面を見ると、カウントダウンの数字は1秒だ。ゼロになった瞬間、横から大型トラックが走ってきて、クルマはふっ飛ばされる。スマホを見ながら運転していたのだから自業自得のようだが、前を見ていても事故は避けられなかった。神が決めたことだからである。この不幸な運転手を演じているのは、ドルマル監督だ。
洗濯機で下界にGO!!
死亡時刻が迫っている者はパニックになる。なんとか危険を逃れようとするが、無駄な抵抗だ。『ファイナル・デスティネーション』シリーズで死を避けようとした誰もが最後には命を落としたように、運命には逆らえない。
死期が近いとわかれば、人間は生きる目標がなくなる。1959年の映画『渚にて』では、第3次世界大戦で放射能汚染が広がった世界で、希望を失った人々が絶望のあまり自暴自棄になっていた。自動車レースで無謀な走りをして「ジャガーDタイプ」や「メルセデス・ベンツ300SL」が次々にクラッシュするシーンが描かれていた。全員が自分の余命を知った社会では、健全なモラルは失われてしまうだろう。
余命が62年だと知ったお調子者のケヴィンはやりたい放題だ。試しに窓から飛び降りてみると、ちょうど下に人が通りかかって下敷きになる。橋の上から道路にダイブしても、砂を積んだトラックがやってきて九死に一生を得る。すべてが決められているのなら、人間の意思や行動に意味はない。
エアは下界に降りて世界を作りなおそうとする。しかし、神一家の住むアパートには出入り口がない。脱出方法を教えてくれたのはJCである。磔(はりつけ)になってからは家の置物になっていた彼だが、エアとは話ができるのだ。洗濯機が秘密の抜け道になっていて、「化繊洗い40度、脱水速度1200」に設定すると通り抜けられるようになるのだ。洗濯機でタイムトラベルができた『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』と同じような仕組みである。
使徒を6人見つけて新しい福音書を作る
エアが下界に降りたのは、JCに言われて使徒探しをするためだ。JCには12人の使徒がいたが、その人数ではパワーが足りなかったらしい。あと6人使徒がいれば、世界は変わるのだという。父(神)の書斎から勝手に持ちだしたファイルから新たなる使徒を選び出し、直接会いに行って話を聞く。お供はホームレスのヴィクトール。彼が新しい福音書を書くのだ。
この映画の原題は『Le tout nouveau testament』。「新・新約聖書」という意味である。JCの弟子たちが書き記した福音書を更新し、新たな聖典となる文書だ。JCの生涯と言行を記録した旧福音書と違い、新しい福音書は使徒それぞれの言葉がつづられる。夫から邪険にされる老妻、セックス中毒の中年男、女の子になりたい少年、片腕をなくした孤独な美女、殺し屋に転向した保険屋、冒険家になりたかった会社員。老若男女6人の人生から、人類を希望に満ちた未来へと導く指針が明らかになっていく。
夢幻的な映像が美しいのはもちろんのこと、「30人の男がくるみを割るような声」「画びょうが入った箱を見つめるような目」といった詩的な表現が全編に流れている。ろくでもない神が作った世界だが、いたるところに美は存在しているのだ。「JCが隣人を自分のように愛せと言ったのは間違いで、俺なら隣人を自分のように憎めと言う!」などと悪態をついている神は、下界に降りてもひどい目にあう。神を超える存在がいて、すべてをコントロールしているらしい。
ドルマル監督のメッセージは、いつもどおりだ。世界には無数の可能性があり、現実はそのひとつにすぎない。コレオスのドライバーは、スマホを気にせずしっかり前を見ていたら死なずにすんだのだ。現実を作り変えるのは人間の想像力であり、そのことを鮮やかに示すのが映画の役割である。
『八日目』を観た人に、うれしいお知らせがある。あのジョルジュがこの映画にも登場する。ちょっと年をとったけれど、彼は元気だった。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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