第471回:大矢アキオのパリモーターショー2016(後編)
いとしのフランス車よ、さらば! そして幻の飛行機工場街
2016.10.14
マッキナ あらモーダ!
パリからレトロなクルマが消える!?
前回はパリモーターショー2016の会場内の様子についてリポートしたので、今回は、その開催場所であるパリの街について記そう。
パリでは2016年7月1日から、大気汚染対策のため、“古い自動車”の運転が制限されるようになった。
古い自動車の対象は、1996年12月31日以前に製造された、欧州排ガス基準「ユーロ1」に該当する車両だ。参考までにいうと、今日ヨーロッパで販売されている新車は「ユーロ6」適合車である。
もう少し詳しく状況を知りたかった筆者は、本エッセイ第128回の動画編「トラクシォン・アヴァン11CV」の運転教えます! に登場したコレクター、ディディエ・ジョアン氏に話を聞いてみることにした。
ディディエ氏は、「月曜から金曜の朝8時から夜8時までが、古い車両の運行禁止タイムだ」と、教えてくれた。反則金は2016年内は35ユーロだが、2017年元日からは68ユーロに跳ね上がる。
「一方で、フランス古典車連盟(FFVE)の尽力により、コレクション車両用車検証(CGC:Carte Grise de collection)を保持している車両は、いかなる時間でも運転できるんだ」とディディエ氏は語る。
CGCは30年以上前に登録された車両に適用される。かつてナチス・ドイツによるパリ占領時代、多くの車検証が消失してしまった。それによって廃棄されるヒストリックカーが多いことを憂いたフランス古典車連盟が政府に働きかけ、1966年に実現した制度だ。
実際パリの街では、CGCを保持していると思われるオーナーたちの「プジョー404」や初代「フォード・マスタング」といったクルマたちが、曜日を問わず元気に走りまわっているのを目撃する。
一方、「シトロエンBX」や「プジョー205」など、ボク個人としては前述のクルマたち以上に親しみを感じるヤングタイマーは、ほとんど姿を消してしまった。多くが運行禁止対象車でありながらCGC対象でもなく、かつコレクターズアイテムとしての認知度が浅いことが、その理由だろう。
地方都市で巡り会える機会を、楽しみにすることにしよう。
“フランスの吉祥寺”に宿をとる
パリモーターショーはこれまで、プレスデーも含め、周囲のホテルの料金にあまり影響を与えないショーだった。パリの膨大な客室数は、関係者を収容するのに十分だったのだろう。
しかし今年は違ったようだ。周辺ホテルは数カ月も前から予約がかなり難しかった。話題の民泊仲介サイト『Airbnb』でさえ、強気の値段を設定している。
前回記したように出展者数は減っているのに、なぜ? 思うに、かつてボクが泊まれないような高級ホテルに泊まっていた関係者やプレスがホテルをグレードダウンして、ボクの定宿である安ホテルになだれ込んでいるのだ。
そんなボクが考えた末にたどりついた解決策は「都落ち作戦」であった。パリのペリフェリーク(環状道路)の外で宿を探すことにしたのである。
するとあったあった、イッシーという街区だ。東京でいえば、23区におさまっている杉並区西荻窪がパリモーターショー会場、武蔵野市吉祥寺がイッシーといった位置関係である。JRは23区の内外で料金に線引きがあるのに対して、うれしいことに、イッシーまでの地下鉄料金はパリ公共交通の基本ゾーンである「1-2」の範囲内だ。
ショー前日、予約したホテルに到着してロビーを見回すと、複葉機の写真が掲げられている。ロビーの片隅には第2次大戦前のフランス製高級車を扱った豪華本が置かれている。航空機産業を発端とするフランス製超高級車「ヴォワザン」のものだ。部屋にも航空機の写真が掛かっている。思えば、そのホテルの名はヴォワザンの創業者ヴォワザン兄弟のひとり「ガブリエル」と同じである。向かいに見えるタバコ店も「L' AVIATION(航空)」だ。
フロントに戻って「なぜ?」と聞くと、その晩のホテルマンは「わかりません」と答えた。唯一解明の鍵になりそうなのは、通り名が「ヴォワザン兄弟通り」だったことだ。
そこは航空機ゆかりの地
翌朝、より経験が豊かそうなホテルマンがいたので、再び聞いてみる。
すると彼は、「この一帯には、戦前にヴォワザン航空機の工場があったんです」と、即座に教えてくれた。
さらに詳しく知るべく、ショー取材終了後、ルノーの本拠地でもある隣町ブーローニュ・ビヤンクールにある「1930年代美術館」に赴いた。
展示物やミュージアムショップの本で判明したのは、「一帯は第1次世界大戦直後までフランス航空機産業の中心地だった」ということだ。別の航空機会社サルムソンも、この近くが創業の地だった。
往年の写真を見ると、今日閑静な住宅地になっている一帯は平野で、当時、なんと飛行試験まで行われていた。考えてみれば、シトロエンの創業者アンドレ・シトロエンが、もっとパリに近い15区のジャヴェル河岸に第1次大戦特需で砲弾工場を設立する前、そこは一面のキャベツ畑だった。したがってイッシーやブーローニュ・ビヤンクールが飛行機を飛ばせるくらいの田舎であったことも、容易に想像できる。
写真の中には、なんと例のヴォワザン兄弟通りで複葉機がタキシング(地上移動)しているものもある。解説には「霧で視界不良の日は、地上を移動したこともあった」とある。真偽はともかく、自動車が少なかった時代、次の行程への移動に一般道路を拝借したのだろう。
再び東京を例にとると、武蔵野市の隣・三鷹市に旧中島飛行機の研究所(現・富士重工業の東京事業所)があったような状況で、面白い。
ちなみに、西の東京都立川市で1930年に作られた「立川小唄」には、当時日本屈指の空の街だったことから、「夜間飛行のありゃサルムソン 空の都よ立川よ」という歌詞が盛り込まれている。86年前の東京のローカルな歌と、パリの郊外がつながっている。なんとも不思議な感覚に包まれた。
偶然、店じまいに立ち会う
パリ滞在最終日、オペラ座かいわいの日本食堂街で担々麺を食べたあと、サントノレ通りを散策していると、一軒の筆記具店を見つけた。
ウィンドウ内の商品はまばらなうえ、格安の値札が貼られている。その店「スティロノレ」の店内は、すでに品薄だった。「閉店セールですか?」と店主と思われる人に聞くと、彼はうなずいた。
彼はほかのお客がたくさんいるにもかかわらず、ボクが関心を示したボールペンを使いながら、試し書きの方法から、ブランド同士の意外なカートリッジの互換性までていねいに伝授してくれた。
閉店はなんと「明日」という。たしかに、行政の書式にしたがった閉店セールを示す貼り紙にも明日の日付が記されている。
店主のパトリックさんは1983年、現在の場所からほど近い場所に筆記具店を開店した。以来33年、カトリーヌ・ドヌーヴやトム・ハンクスといった著名人も顧客だったという。「ハンクスさんは、世界的スター俳優とは思えないほどフレンドリーな人でした」と夫人は振り返る。
1983年といえば、パリには誕生したてのシトロエンBXやプジョー205がさっそうと走っていた頃だ。当時との違いは? 「人々がプレタポルテに走るようになってしまいました」とパトリックさんは寂しそうに呟(つぶや)く。たしかに、万年筆を丹念に選び、ペン先を微妙に調整してもらったり分解修理してもらう、といった習慣は過去のものとなってしまった。
パトリックさんは65歳。閉店を機にリタイア生活に入る。「これから何を?」と聞くと、「旅を楽しみますよ」と答えた。来年、桜の咲く頃に日本を訪れることを楽しみにしている。
変わらないもの、変わりゆくもの。パリは、いつもトピックにあふれている。
ハンクス様、もしもこのエッセイをお読みでしたら、お気に入りの店が閉じたことをお知らせしておきます。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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