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初代“ワンテン”の(元)オーナーが語る
「アルピーヌA110」の奥深き世界

2018.06.27 デイリーコラム 青木 禎之

FRPが可能にした生産拠点のマルチ化

20代の後半から四半世紀ほど、メキシコ製の「アルピーヌA110」と生活を共にした。「メキシコ製?」と、不審に思われる方がいるかもしれない。新生アルピーヌを、あくまで“フレンチ”スポーツとして推したいルノーにとってあまり触れられたくない話題かもしれないが、かつてのアルピーヌは、ブラジル、スペイン、メキシコ、そしてブルガリアでも作られていた。生産拠点を広げられた理由のひとつに、FRPボディーが挙げられる。

十字に織られた繊維を幾重にも重ねてプラスチックに浸したこの素材は、A110が登場した1960年代には先進テクノロジーで、自らラリーに興じたこともあるアルピーヌの創設者、ジャン・レデレにとって、軽く、強靱(きょうじん)なFRPボディーは、大いに魅力的だった。

もうひとつ。乱暴な言い方をすると、小型のレジャーボートを作る簡単な設備があればボディーを生産できる。その点も、実業家としてのレデレの琴線に触れたに違いない。場合によっては、フランスからエンジンやトランスミッションを載せたプラットフォームを送ってやれば、現地でボディーをかぶせるだけで、アルピーヌ車ができあがる。少量生産スポーツカーにとって、理想的な工程だ。

筆者が20代後半から四半世紀ほど所有していた「アルピーヌA110」。フランス・ディエップではなく、メキシコの生産拠点でつくられた個体だった。
筆者が20代後半から四半世紀ほど所有していた「アルピーヌA110」。フランス・ディエップではなく、メキシコの生産拠点でつくられた個体だった。拡大
アルピーヌ A110 の中古車

レースカーとスポーツカーが混然としていた時代

アルピーヌA110(いまや「オリジナルA110」と呼んだ方がいいかもしれない)をドライブして印象的なのは、そのボディー剛性の高さである。正確には、車台の頑丈さ。同年代のモノコックボディーを採る乗用車とは比較にならないしっかりした運転感覚で、21世紀の基準からしても、剛性に不足はない。

その秘密は、バックボーンフレーム構造にある。車体下部をブッ太い鋼管が縦断する、当時のフォーミュラカーが採用していた手法で、路面からの入力は背骨が受け止め、FRP製ボディーは応力を担当しない。だからA110を運転していると、ダッシュボードの奥からギシギシと音が聞こえたり、窓がカタカタ鳴ったりはするけれど(メキシコ製の個体です)、地面からの突き上げはフロア下で頑固にはね返し、フロアがよれたり、足元がフラつくことはない。

ドライビングポジションも、フォーミュラカーのそれ。ペダル類とお尻の間に高低差はなく、両足は下にではなく前方に放り出す。左ハンドルゆえ右足はそのままスロットルペダルに伸ばせばいいが、左足は膝を曲げて手前に迫るホイールハウスを踏みつけるか、クラッチペダル横の狭い隙間に収めるしかない。

A110は、「ホンダS660」より短いホイールベースに、さらに細いボディーを載せたクルマである。サーキットを走るレースカーと公道を行くスポーツカーとの境がまだまだ曖昧だった時代に生まれ、公然と、クルマの都合に人が合わせるよう要求する。

新型「アルピーヌA110」は、日本にはまず「プルミエールエディション」が50台限定で導入される。(写真=webCG)
新型「アルピーヌA110」は、日本にはまず「プルミエールエディション」が50台限定で導入される。(写真=webCG)拡大

独特の生産方式が後々のオーナーを苦しめる

アルピーヌA110のデビューは1963年。世界ラリー選手権(WRC)の初代チャンピオンカーに輝くのが73年。その4年後に生産を終える。エンジンは、1リッターに満たない排気量から、競技車両の1.8リッターまで、多岐にわたる。そのうえ現地生産のルノーパーツを多用・流用したため、各部のバリエーションが即興的に多い。少量生産メーカーゆえのフレキシビリティーに富む生産方式が、後々のオーナーを苦しめることになる。

僕のクルマの場合、メキシコのオーナーが1.1リッターのエンジンを換装して、1.6リッターに拡大していた。しかも、「ルノー16」のブロックを使うところ、かの地では販売されていなかったため、「ルノー12」のそれを流用して、さらにヘミヘッド&ハイカムを与えていた。むちゃな組み合わせですね。ギアは当初4段だったがあまりにローギアードだったため、日本のオーナーが(←僕のことです)フランスから5スピードを取り寄せて載せ替えた。

リアに積まれたOHVユニットは、実際には100馬力も出ていなかったと思うが、車重が700kgほどしかなかったので、メキシコ製ワンテンは、現代の交通の中でも、スポーツカーの名に恥じない速さを持っていた。

軽量コンパクトなスポーツカーというと、ちょっと前までのFFフレンチハッチの走りを想像するかもしれない。違います。車重は軽いけれど、オシリにドッシリ重いプッシュロッドユニットを積んでいるので、ナチュラルで軽いステアリングとは裏腹に、思いのほか重厚で蛮カラなハンドリング。

カーブではじっくりフロントに荷重を移して、ちょっぴり我慢。出口でバン! とトルクを掛けて駆け出して行く。足まわりがキマっていれば、慎重にリアをスライドさせて出口に向かった姿勢を作ってドン! と押し出す。そんな感じ。妙な例えだが、スロットルを開ける直前に、いつも歌舞伎役者が見得(みえ)を切るシーンがひらめいて、ひとりおかしく思っていた。

なんで手放してしまったのだろう? 

新たに登場した21世紀のアルピーヌA110に関して、もちろん言いたいことは多々あるけれど、まずは古豪の復活を祝したい。

(文と写真=青木禎之/編集=藤沢 勝)

筆者の「A110」はメキシコのオーナーによって排気量が1.1リッターから1.6リッターに拡大されていた。その後、筆者が4段MTを5段MTへと載せ替えた。
筆者の「A110」はメキシコのオーナーによって排気量が1.1リッターから1.6リッターに拡大されていた。その後、筆者が4段MTを5段MTへと載せ替えた。拡大
青木 禎之

青木 禎之

15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。

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