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10代目「トヨタ・カムリ」発売からはや1年
“セダンの復権”はどこまで進んだのか?

2018.08.08 デイリーコラム 渡辺 陽一郎
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結論から言ってしまうと……

2018年8月1日、トヨタが「カムリ」に一部改良を行って新しいグレードの「WS」を追加した。カムリは北米に重点を置いて開発されたLサイズセダンで、現行型はTNGAの考え方に基づく新しいプラットフォームを採用。日本では直列4気筒2.5リッターのハイブリッドのみというラインナップで、2017年7月に発売された。開発者は現行型の発売時に「このクルマをきっかけに、日本でセダンを復権させたい!」と力強く語っている。

新たに追加されたWSは、フロントマスクなどの外観がスポーツ仕様に変更され、足まわりも走りを重視した仕様に改められている。“セダンの復権”を狙うカムリの象徴ともいえるだろう。

しかし、実は“セダンの復権”というのは実現不可能なテーマだ。理由は“ミニバンが復権した”ことにある。

1930年頃までの乗用車のボディー形状は、独立したトランクスペースを備えない、今のミニバンに近いものだった。

手荷物は車内に持ち込んだが、それでは不便だから、居住空間の後部に荷台を取り付けたり荷物室を加えたりするようになった。これが「流線形」のデザイントレンドに沿ってボディーの一部に取り込まれ、「セダン」のボディースタイルが確立された。

ただし、クルマを合理的な移動手段と考えて空間効率を追求すると、ミニバンスタイルが勝る。セダンの形状は、ボディーの後部でわざわざ背を低くして、独立したトランクスペースを設けているからだ。

セダンのボディー形状の根拠は、流線形から発展した外観の美しさにある。表現を変えればクルマが実用品ではなく、憧れだった時代の象徴だ。時系列でたどると、クルマは空間効率に優れたミニバンスタイルで誕生したが、普及段階では憧れの美しいセダンボディーを身につけ、それが再び実用性が重視されるようになったため、ミニバンスタイルへ戻った。回帰したのだから、もはや(当面は)セダンの時代はやって来ない。

以前、20代の人から質問を受けたことがある。「なぜタクシー(セダンのこと)は、お尻を突き出したような妙な格好をしているのか」。先に述べた変遷を説明すると理解してもらえたが、生まれた時から自宅に独立したトランクスペースのないミニバンや5ドアハッチバックがあったら、セダンの外観は不可解に思えるだろう。

ちなみにかつての「クライスラーPTクルーザー」は、昔のクルマがミニバンスタイルだったことを雄弁に物語っている。PTクルーザーは2000年に日本でも発売され、当時はちょうどミニバンが急速に普及する時代だった。昔のクルマはミニバンで、それが復権したことを象徴する高尚なデザインであった。

2018年8月1日に発売された「トヨタ・カムリ」の新グレード「WS」。デザインだけでなく、足まわりも標準車よりもスポーティーな仕様とされている。
2018年8月1日に発売された「トヨタ・カムリ」の新グレード「WS」。デザインだけでなく、足まわりも標準車よりもスポーティーな仕様とされている。拡大

頼みの綱は「トヨタ・クラウン」

以上のようにミニバンが復権した今、もはやセダンの復権はあり得ないが、そもそも復権とは何だろう。売れ行きを伸ばしてセダンのシェアを拡大することだろうか。

だとすればカムリでは無理だろう。カムリは北米向けに開発され、大柄なボディーを含めて、デザインや機能が日本のユーザーを相手にしていない。北米のために作ったクルマで日本のセダンを復権させようなど、勘違いも甚だしい。

“セダンの復権”は無理でも、相応に売れ行きを伸ばして存在感をアピールできそうなセダンは、今では「トヨタ・クラウン」だけになってしまった。同じトヨタの「プレミオ/アリオン」は発売から11年が経過して古さが目立つ。「トヨタ・カローラ アクシオ」は6年だが、次期型は「カローラ スポーツ」と同じく3ナンバー車になってしまう。実質的に海外向けのカローラだから、現行型までのカローラ アクシオと違って日本のユーザーはほとんど相手にしない。

ほかのメーカーはさらにセダンに消極的で、ほとんど期待できない。「ホンダ・グレイス」は後席の広い5ナンバーセダンだから、もう少し日本のユーザーが抱く高級感や質感に配慮するといいが、販売面を含めて力が入らない。結局、日本のユーザーの味方になってくれるセダンはクラウンだけだ。

今後セダンを開発する上で大切なことは、「セダンの価値」と「日本車の価値」を両立させることだ。

セダンはミニバンやSUVに比べると背が低く、後席とトランクスペースの間には隔壁が設けられている。つまり低重心と高剛性がセダンボディーの特徴で、後席や荷室が狭くなる代わりに、走行安定性と乗り心地を向上させやすい。「安全と快適」がセダンの価値だ。

日本車の価値は、ユーザーによって受け取り方が異なるが、むやみにボディーを拡大せず、適度にシンプルかつ上質に仕上げることだろう。背伸びをせず、なおかつ密度の高いクルマ造りだ。あくまでもイメージだが、「トヨタ・アルテッツァ」(発売は1998年)、初代「日産プリメーラ」(1990年)、3代目「スバル・レガシィB4」(1998年)などが、日本車の価値を備えたセダンの代表といえるだろう。

この3車種はすべて1990年代に発売された。当時は車両開発が今ほど海外偏重・国内軽視になっていなかった。アルテッツァが発売された1998年、トヨタの世界販売台数に占める国内比率は37%であった。

ところが2018年1~6月は約18%だ。ダイハツを除いたほかのメーカーも、世界生産台数の80%以上を海外で売るから、日本は20%を下回るオマケの市場になっている。

2018年6月26日にデビューした15代目「トヨタ・クラウン」。発売から1カ月の時点で月販目標(4500台)の7倍にあたる約3万台の注文を集める人気ぶりだ。
2018年6月26日にデビューした15代目「トヨタ・クラウン」。発売から1カ月の時点で月販目標(4500台)の7倍にあたる約3万台の注文を集める人気ぶりだ。拡大

このままでは復権どころか……

今になって思い返すと、1990年代の日本車には、セダンを含めて優れた商品が多かった。海外のニーズに応えるために走行安定性と乗り心地を向上させつつ、日本のユーザーも大切に考えていたからだ。海外比率が40%前後、国内比率が60%前後というのが、商品開発にはちょうどいいバランスなのだろう。海外比率が60%を超えると、メーカーの商品開発も海外向けになってしまう。

話をカムリに戻すと、現行型は発売時点で腰が引けていた。“セダンの復権”と言いながら、北米仕様の「SE」や「XSE」に相当するスポーティーなグレードがなかったからだ。それが今回、WSとして加えられた。

遅きに失した印象はあるが、上級セダンが欲しいユーザーからは相応に注目されるだろう。「トヨタ・マークX」や日産の「フーガ」「スカイライン」は設計が古く、マツダは「アテンザ」に規模の大きな改良を施したが、現行型は発売から5年半が経過している。「日産ティアナ」は平凡で、トヨタ・クラウンと「ホンダ・アコード」は価格が高い。

それでも上級セダンを好むユーザーは、少々価格の高いクラウン以外、日本車であることを条件にした消極的な選択をせざるを得ない。

その結果、「メルセデス・ベンツC/Eクラス」「BMW 3シリーズ」などがシェアを拡大する隙を与えている。海外向けに開発された国産セダンより、もともと海外市場で販売されてきたメルセデス・ベンツやBMWが魅力的なのは当たり前だ。

したがって日本のユーザーが国産セダンを積極的に選べるようにするには、日本を大切にした開発が求められる。「このクルマをきっかけに、日本でセダンを復権させたい!」と国内市場に本気で取り組んだセダンを増やさないと、セダンの復権どころか、セダンは絶滅してしまう。

(文=渡辺陽一郎/写真=トヨタ自動車、日産自動車/編集=藤沢 勝)

現行型「トヨタ・マークX」は2009年10月にデビュー。細かな改良を受けているが、モデルライフはすでに9年目に突入している。
現行型「トヨタ・マークX」は2009年10月にデビュー。細かな改良を受けているが、モデルライフはすでに9年目に突入している。拡大
通算で13代目となる現行型「日産スカイライン」が発売されたのは、2013年11月のこと。海外仕様と同じインフィニティのエンブレムが装着されている。
通算で13代目となる現行型「日産スカイライン」が発売されたのは、2013年11月のこと。海外仕様と同じインフィニティのエンブレムが装着されている。拡大
渡辺 陽一郎

渡辺 陽一郎

1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。

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