マクラーレン600LTスパイダー(MR/7AT)
完璧主義の権化 2019.08.08 試乗記 全方位的な改良によって走りを追求したマクラーレンの高性能モデル「600LT」に、電動ハードトップを持つ「スパイダー」が登場。“硬”と“軟”、2つのキャラクターを併せ持つ最新モデルに試乗し、完璧を求めるマクラーレンの哲学に触れた。製品に魅力があればこその急成長
マクラーレンの市販車開発・販売部門であるマクラーレン・オートモーティブが発足してから、今年で10年の節目を迎える。2011年には「F1」以来となるストリートモデル「MP4-12C」を発表。その時点から「アルティメット」「スーパー」「スポーツ」と、いわば松・竹・梅的な3ステップのモデルラインナップ展開を予告し、2015年には年間4000台の販売を目指すとした。
圧倒的な存在をもってパラゴン(Paragon:模範)と呼ばれているのだろう、総本山のマクラーレン・テクノロジーセンターにおいて、サーの称号を持つロン・デニスが広げた大風呂敷。彼の難解な英語を通して、いかにも壮大なこの事業ポートフォリオを聞きながら、僕はそれをちょっといぶかしく思っていた。いかにF1が劇的なプロダクトだったとしても、レーシングコンストラクターとしての超絶なキャリアがあったとしても、そして氏があぜんとするほどの完璧主義者だったとしても、だ。わずか数年でランボルギーニにも迫る販売台数をマークするとはにわかには信じられなかった。
そしてフタを開けてみれば2015年の販売台数は約1700台。中核たるスーパーシリーズはMP4-12Cから「675LT」に進化。アルティメットシリーズは「P1」、そしてスポーツシリーズは「540C」と「570S」をリリースし、一応のラインナップ完成をみてはいたが、量産体制構築の遅れもあってか、その数は当初予定の半分以下だった。それでもフェラーリやランボルギーニ、あるいはアストンマーティンといった歴史を積み重ねてきたブランドたちを向こうに回してのその数字には、大きな意味がある。実質ゼロスタートからわずか4年でそこまでのプロダクションメーカーに成長するとは、個人的には想像もできなかった。
が、それから3年後の2018年。すなわち昨年のマクラーレンの販売台数は4800台余と、アストンマーティンやランボルギーニの背後に迫りつつある。ざっくり2.5倍以上のとんでもない伸長ぶりを言葉にすれば「ブレイクうんぬん」となるのだろうが、ハイエンドスポーツカーの世界で単なるはやり廃りがここまで数字に影響を与えるとも考えにくい。ブランド価値にとって大事な物語性という点においてもご存じの通り、この期間のレースでの戦績にみるところはない。強いて挙げられるポジティブな要素は、マクラーレンF1の取引価格高騰くらいなものだろう。ともあれ、ブツの魅力や実力が伴ってなければこうはならないはずだ。
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全方位的な改良で動力性能を磨き上げる
マクラーレンのプロダクションモデルとしては最も新しい600LTシリーズは、同社のスポーツラインに属する「570S」をベースに、スポーツ性能を高めるさまざまな施しがなされている。
ひとつは材料置換や快適装備の簡略化による軽量化。試乗車の600LTスパイダーでは「570Sスパイダー」に対して最大100kgの減量を達成している。ちなみに、限定販売期間の1年を待たずに予定台数が完売した600LT(クーペ)に対して、車重は50kg増となる。
次いでエアロダイナミクスの強化。グラウンドエフェクトを高めるべくエキゾーストシステムを上方に移設し、リアディフューザーに至るまでの床面の理想形状化を実現している。排気口の直後に据えられることになる固定式ウイングは耐熱素材で作られており、テールエンドも専用形状となることで、リア周りは570Sに対して47mm延伸。LTの由来となる1997年のルマン出場車「マクラーレンF1 GTRロングテール」とイメージを重ねている。
さらにエンジンには専用キャリブレーションを加え、パワーは570S比で+30psの600psを、トルクは+20Nmの620Nmを発生。これらを踏まえてコイル&ダンパーやスタビライザーのレートは大幅に締め上げられている。そしてタイヤは専用チューニングの「ピレリPゼロ トロフェオR」。カーボンセラミックブレーキシステムを標準装備する。
ホンダの“タイプR”銘柄やポルシェの“GT2~4”銘柄のような、いってみればクラブスポーツ的な存在をして、スパイダーの設定が許されるのはマーケティング的な理由以上に、プロダクトの中核を成す「モノセル2」、つまりカーボンモノコックが形成するシャシー剛性が天頂部の構造によらないことが理由だろう。600LTスパイダーも普通に乗る限り、天切りによるデメリットは感じられない。もちろんサーキット走行では重量面も含めてクーペとまるで同じとはいかないだろうが、コンマ1秒を削り落とすことに血眼にならなければ、わずか15秒で屋根が開くというメリットの方が大きいだろう。
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隙のないエンジニアリングの産物
驚かされたのは570Sより締め上げられたサスペンションでありながら、平時の乗り心地にさほどの変化がないということだ。昨今は「シビック タイプR」であれ「911 GT3」であれ、日常域ではそれなりの快適性が確保されているが、600LTスパイダーは微小入力域からきっちり減衰感が立ち上がるしなやかな動きを実現している。
初出のMP4-12Cをして、マクラーレンはともあれシャシー自慢のキャラクターを確立していた。ロールをかたくなに否定することなく、むしろダイアゴナルロールの姿勢の作り方や脚の着け方などが絶妙で、ドライバーは飛ばしていながらでさえ安心感や快適さを感受できる。それはライバルとは完全に一線を画するテイストで、さながらシトロエンが作ったスーパーカーのようでもあった。
これがひとえに4本のダンパーを相互接続し油圧を制御するプロアクティブシャシーコントロールのたまものかといえば、さにあらず。600LTスパイダーのようなスポーツ系が採用するコンベンショナルなサスシステムでも同然とはいわずとも、相当それに近いフィーリングがもたらされている。クルマを曲げることの楽しさ、気持ちよさを全身をもって伝えてくれる、こういうクルマはカテゴリーを問わず、ほいほい転がっているものではない。これほど限界域が高いクルマでありながら常速域から冗舌という両極両立な例はほとんどないだろう。
気持ちよさという点でいえば、600LTスパイダーはエンジンのフィーリングも一段と洗練されている。吹け上がりのシャープネスとトップエンドに至るまでのパワーの伸びだけでなく、長年の懸案だったエキゾーストの音色さえ官能的なものになった。反面、上方排気によりマスダンパー効果に変化が現れたのか、1500rpm以下の領域ではリアの“臓物”からの振動が強く室内に伝わるようになったが、変速マネジメントがスポーツの側であれば、めったにそのエリアまでエンジンを使うことはない。そしてシートのホールド感、ステアリング断面形状やパドルの操作性、A・Bペダルのタッチなど、走るためのインターフェイス類の設(しつら)えは相変わらず絶品である。
個性的で威勢のいいアピアランスに目を奪われるものの、マクラーレンのプロダクションモデルのエンジニアリングは、とにかく冷静で理詰めで隙なしであることを強く志向している。そういう意味でいえば、彼らのライバルはフェラーリやランボルギーニというよりはポルシェということになるだろう。ロン・デニスが今もガーデニング休暇を満喫しているか否かはわからないが、氏の貫いてきたパーフェクションは、この600LTスパイダーの中にもしっかり息づいている。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
マクラーレン600LTスパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4604×2095(ドアミラー含む)×1196mm
ホイールベース:2670mm
車重:1297kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:600ps(441kW)/7500rpm
最大トルク:620Nm(63.2kgm)/5500-6500rpm
タイヤ:(前)225/35ZR19 88Y/(後)285/35ZR20 104Y(ピレリPゼロ トロフェオR)
燃費:23.2mpg(約8.2km/リッター)(WLTPモード)
価格:3226万8000円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1525km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:193.6km
使用燃料:32.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.0km/リッター(満タン法)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。