フェラーリとマクラーレンも出すしかない!? 盛り上がる“高級SUV市場”はこの先どうなる?
2019.11.29 デイリーコラムすっかり熟したマーケット
アストンマーティンから待望のハイエンドSUV「DBX」が発表された。随分前から出ることがわかっていながらも、実際にいかにもアストンマーティンらしい超絶スタイルで登場してみれば、ちまたのラグジュアリーカー購入層が狂喜乱舞、早くも大ヒット間違いナシの様相とあいなった。
振り返ってみれば、スポーツカーブランドによる最初のSUVのリリースは約20年前の「ポルシェ・カイエン」で、その大成功を見たほかの高級ブランドも「ポルシェのビジネスモデルを追え」とばかりに、競ってSUVを開発してきた。最近では、高級ブランドのロールス・ロイス、ベントレー、ジャガーと、スーパーカー&スポーツカーブランドのランボルギーニやマセラティなどから矢継ぎ早にSUVが登場している。そこに、“元祖ポルシェ”はもちろんのこと、SUVの注目度を「MLクラス」で引き上げたメルセデス・ベンツや、SUVの走行性能を「X5」で高めたBMW、そしてクワトロ=4WDの老舗アウディというジャーマンプレミアム3に、大御所ランドローバー&レンジローバーも加わって、大中小、多種多様なSUVをリリースするに至り、高級SUVマーケットは今、百花繚乱(りょうらん)となっている。
背景にあるのはまず、SUVがもはやブームでも何でもなくフツウの選択肢となって久しいという、誠にシンプルな事実だ。高級で、高性能で、変わったカタチというものは、その商品カテゴリーの裾野が広がって初めて成立する。例えば今、クーペがまるで売れないのはセダンがさほど売れていないからであって、人は基準なくして“何か違うもの”を選ぶことなどできないわけだ。ちなみに、「マークII」3兄弟と「クラウン」が爆発的に売れていたハイソカー時代に、「ソアラ」や「プレリュード」も大ヒットした。台数はセダンのほぼ1割だったが。
その後、SUVそのものがスペシャルティークーペのオルタナティブとして機能した時代もしばらくあったが、時代は進んでSUVはいま、昔のセダンや一部のミニバンに代わる存在になっている。それゆえ、SUVというフツウのカテゴリーのなかにあって、高級であったり、高性能であったり、クーペデザインであったりという、人とは違うSUVが欲しいという客層が生まれ、スペシャルティー化が一気に進んだというわけだ。
もうかるからやめられない
そして、SUVはもうかるのだ。特にスポーツカーを専門で扱ってきたポルシェのようなブランドにとって、それは“打ち出の小づち”でもあった。なぜか? SUVはその物理的な性質上、スポーツカーの完全な代替品とはなりづらい。カイエンはデビューするなりたちまち人気を博したけれども、「911」や「ボクスター」に取って代わる存在とはならなかった。むしろ、カイエンの人気がスポーツモデルへの新たな注目を誘い、その利益がさらなる開発費となって、スポーツタイプの進化を促した。スポーツカーブランドとしての知名度が911によってますます上がれば、SUVのカイエンがさらに売れ、小型の「マカン」を出せば爆発的なヒットとなるという好循環だ。要するにSUVによって増えた台数は丸ごと利益につながったのだった。
ランボルギーニやアストンマーティンのSUV戦略もそれに近い。「ウルス」が、そして新型車のDBXが売れた分、販売台数は増える。SUVが出たからといって、「ウラカン」や「DB11」がまるで売れなくなることなどない。
その点、ロールス・ロイスやベントレー、ジャガーといった、セダンが主役のブランドでは少々事情が違っている。SUVが「ゴースト」や「フライングスパー」、「XF」の代わりに選ばれている場合も多い。同じマルチドアモデルゆえ、“カニバる”可能性も高い。ジャガー、マセラティ、アルファ・ロメオもどちらかというと現代ではセダンが主役だから、こちらの部類に入る。セダンとSUVの使い方がよく似ているかぎり、これは仕方がない。似ているからこそ、SUVはセダンに代わって時代の主役になったのだから。
それでもグループ内における車台設計の共通化などによって利益を増やすことは可能だ。しかも人気。だからSUVはやめられない。今後はどうなっていくのだろうか? この理屈でいけば、スポーツカーしかラインナップしていない2大スーパーカーブランドのフェラーリとマクラーレンはSUVを出すことで大いに会社が潤うはず、である。
どんなにハイエンドなブランドを持つ企業であっても、成長(=売り上げと利益をあげていくこと)を止めるわけにはいかない。しかし、やみくもに生産台数を増やしてエクスクルーシブさを失うことはハイエンドブランドにとって最も避けたい事態だ。それゆえフェラーリやマクラーレンといったスーパーカーブランドは苦心する。例えばワンオフモデルでスペシャルモデルに対する世の中の注目を集め、フューオフ(数台限定)やその他の限定車を企画してニーズを喚起し、オプションを豊富にすることで一般のカスタマーにもスペシャルなモデルを提供できるとアピールして、1台あたりの利益を増やそうとしている。
背の低いクルマには戻れない
けれども、それにはおのずと限界がある。そのうえミドシップ系のスーパーカーは特に汎用(はんよう)性がなく、開発にも生産にもコストがかかる。そこでもうかるSUVの登場だ。前述したようにSUVはミドシップのスーパーカーやスポーツカーの代替品には決してならない。つまり、逆に言うとブランドのエクスクルーシブさにそれほど大きな影響を与えない。ランボルギーニのブランドイメージを支えているのはあくまでも「アヴェンタドール」であって、ウルスではない。だから年間生産台数を一気に2倍にできた。
どうやらフェラーリは小さなミドシップスポーツの「ディーノ」をひとまず延期し、ユーティリティー性に優れたスーパーモデルを近い将来、先に発表するらしい。次世代FR&4WDプラットフォームを使ったモデルで、SUVというかどうかはともかく、まずは「GTC4ルッソ」よりも実用性(居住性や積載性)にたけたプラグインハイブリッドモデルをデビューさせるのだろう。それは「2019年から2022年にかけての4年間で15モデル発表する」というフェラーリの挑戦的な新戦略において重要な位置づけとなる。成長戦略の要になると言っていい。
果たしてマクラーレンはそんな戦略を選ぶのだろうか。今やミドシップ専門メーカーという世界でもまれなスーパーカーブランドだ。そこにこだわっていてほしいと思う反面、投資家やカスタマーの立場を考えた場合、フェラーリにできるならマクラーレンもできるはずとなって、結局、やらざるをえなくなるだろうというのが筆者の見立てである。マクラーレンだけじゃない。アルピーヌも出すだろうし、いにしえのスポーツブランドが今後復活しても必ずSUVをメインに据えてくるはずだ。ブガッティだって時速400km超をうたうハイパーSUVを出すに違いない(期待!)。
こうしてすべてのブランドがSUVをラインナップすることになる。世の中、背の高いモデルばかりが街中を走りだして、もはや背が高いことの優位性は相対的に薄まる(今の日本はもうほとんどそうなっているけれど)。そうなるとスペシャルティー化がまたさらに進む。オープントップモデルだって今度こそは注目されるはずだ。積載性を重視したり、走破性をアピールしたり、先祖帰りしたり、ありとあらゆる方向に細分化する。しばらくは歴史を繰り返すのだ。
その先はいったいどうなるだろう? 背の低いモデルへの回帰が起きるのだろうか? それは当分無理だろう。人は一度手に入れた“快適性”をそうたやすく手放すことなどできない。たとえ“CASE”がいっそう進んだとしても、セダンよりSUVが快適であることは変わらないだろう。そしてそのうち、大きなクルマに乗っていること自体が許されない時代のほうが、先にやってくるはずだ。クルマの小型化は避けられないと思うが、それは自動車が今とは違ったモビリティーへと進化したときに起きるのではないだろうか。
(文=西川 淳/写真=ポルシェ、ベントレー、マクラーレン、フェラーリ、ランボルギーニ、webCG/編集=関 顕也)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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