2019年のF1総括「3強かく戦えり」 メルセデス6連覇の陰で聞こえてくる“新たな機運の胎動”
2019.12.06 デイリーコラム「最速」から「最強」への進化──メルセデス
【2019年ランキング】
- メルセデス:コンストラクターズランキング1位(739点)
- ルイス・ハミルトン:ドライバーズランキング1位(413点)
- バルテリ・ボッタス:ドライバーズランキング2位(326点)
2014年にターボハイブリッド時代が幕を開けてからというもの、タイトルというタイトルを総なめにしてきたシルバーアローが、2019年シーズンも年間王者の地位を独占。ドライバーとコンストラクター、F1に用意される2つの世界タイトルを、6年も連続で取り続けたチームは、長い歴史の中でもメルセデスしかない。
この6年間に行われた121戦で89勝を記録、勝率は実に7割を超えるという銀色の常勝軍団。毎年のように続く「メルセデス・イヤー」に少々食傷気味のファンも多いかもしれないが、そんな中にも、新たな機運の胎動を感じるようなシーンが多々見られた。
メルセデスの黄金時代は、2016年までの「圧勝期」と、その後の「混戦期」の2つに分けられるだろう。ターボハイブリッドの最初の3年は、ルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグのコンビで勝ちまくり、59戦51勝、勝率8割以上をキープするというまさに一強独占の時期だった。
それが2017年を境に様相が変わってくる。この年はライバルのフェラーリ&セバスチャン・ベッテルが5勝、レッドブルはマックス・フェルスタッペンとダニエル・リカルドにより合計3勝をマークし、メルセデスは4連覇を達成するも勝ち星を前年の19から12にまで落とした。
2018年には、フェラーリがさらにスピードと力をつけ6勝。だがミスによる取りこぼしも頻発したことで、メルセデスが11勝しV5達成。そして迎えた2019年シーズン、メルセデスは開幕からの8連勝を含む21戦15勝、フェラーリとレッドブルは3勝を分け合い、ドイツの雄が前人未到の6年連続ダブルタイトル獲得という大記録を樹立することとなった。
勝利数だけで見れば、多少の浮き沈みはあれメルセデスが毎年2桁を維持しているのだが、興味深いのはポールポジション数の推移だ。先の「圧勝期」のポール数は合計56回、獲得率は3年連続で95%だったのに対し、直近の3年では38回に減り、その獲得率は75%、62%、そして今季はついに半分を切り48%にまで下落した。さらに今シーズンは、史上最多ポール記録を更新し続けるハミルトンが、ポール獲得“たったの5回”にとどまったことは驚きだった。
一方でハミルトンは、今年誰よりも多い11勝を挙げ、史上2人目の6冠を達成している。このことが示すのは、メルセデスとハミルトンが、高次な組織力とレース運びで優勝を重ねていったということだ。例えば6月の第7戦カナダGPでは、ポールのベッテルに次ぐ2番手からジワジワとプレッシャーをかけ続け、ベッテルのコースオフを誘い、フェラーリにペナルティーが科せられたことでハミルトンが勝利をさらった。また第12戦ハンガリーGPでは、初ポールからレースをリードしていたフェルスタッペンに、メルセデスが考え出した2ストップ作戦という奇策でハミルトンが猛追を仕掛け、残り4周で劇的逆転優勝を飾った。
たとえ最速ではなくても、レースで真っ先にチェッカードフラッグを受けられればそれでいい──今年5月に70歳で逝去したメルセデスとハミルトンの精神的支柱、ニキ・ラウダのレース哲学が引き継がれたかのような、今年のハミルトンの勝ちっぷり。GPキャリア13年目、34歳となったハミルトンの「最速のドライバー」から「最強のドライバー」への進化に、同じメルセデスを駆るバルテリ・ボッタスを含めたライバルたちは、なすすべがなかった、そんな一年だった。
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逸材が巻き起こした新風 元王者とマシンの不調──フェラーリ
【2019年ランキング】
- フェラーリ:コンストラクターズランキング2位(504点)
- シャルル・ルクレール:ドライバーズランキング4位(264点)
- セバスチャン・ベッテル:ドライバーズランキング5位(240点)
ハンガリーGPでのマックス・フェルスタッペン対ハミルトンの手に汗を握る優勝争いは、間違いなく今年のハイライトのひとつと言っていい。2019年はハミルトンをはじめとするベテランドライバーに、次世代を担う若手が果敢に挑んだ、そんな年でもあった。
中でも目覚ましい成長を遂げたのが、GP2年目にして誰もが憧れるフェラーリのシートを得たシャルル・ルクレールだ。第2戦バーレーンGPで早くも自身初ポールを獲得、トラブルで3位に落ちるまで堂々とレースをリードしてみせた。第4戦アゼルバイジャンGP予選でのクラッシュなど、経験不足ゆえのミスもあったものの、持ち前の謙虚さと学習能力の高さ、そしてあくなき勝利への執念でチーム内外での地位と評価を高め、シーズン後半のベルギーGPで待望の初優勝。続くチームの地元イタリアGPではポールから2連勝し、熱狂的なフェラーリファンの心をわしづかみにした。
この10月に22歳になったばかりのモナコ人ドライバーの大躍進に、開幕前まではエース格と思われていたチームメイト、ベッテルの立場も大きく揺らいだ。91勝のミハエル・シューマッハー、84勝のハミルトンに次ぐ歴代3位の53勝を記録、4度のタイトルを獲得したベッテルなら、血気盛んなルクレールに対抗することもできたはずだが、さにあらず。度重なる惨敗とドライビングミスで面目は丸つぶれとなり、特にルクレールが表彰台の頂点で高々とトロフィーを掲げたイタリアGPでは、4位走行中に単独スピンという失態を演じ、続けざまにコースに危険な戻り方をして接触事故を起こし、13位でゴールするという醜態をさらしてしまった。
第15戦シンガポールGPでの、ベッテル今季唯一の勝利も、チームの采配によるピット戦略でルクレールの前に出ることができたという幸運もあってのことだった。第17戦日本GPでは、鮮やかなラップでポールを奪うもスタートで失敗、優勝を逃した。
2人の今年の戦績を比べても、ベッテルはルクレールに完敗していることが分かる。
- ルクレール 2勝/7ポール/表彰台10回/264点(ランキング4位)
- ベッテル 1勝/2ポール/表彰台9回/240点(ランキング5位)
だが、悪かったのはベッテルだけではない。フェラーリの今季型マシン「SF90」も期待外れだった。冬の合同テストでは絶好調で大本命とまでいわれたものの、いざシーズンが始まるとメルセデス、レッドブルの後塵(こうじん)を拝することもしばしば。いまやF1最強となったパワーユニットのおかげで、ポールポジション9回、ベルギーGPからは6戦連続で予選最速という破竹の勢いでライバルたちを焦らせたが、勝利数は3回のみだった。予選では速くともレースでは弱いという、メルセデスとは逆のパターンが続いた。
メルセデスは今季型マシン「W10」に、ハイダウンフォースに寄った特性を与えたのに対し、フェラーリはドラッグ(空気抵抗)が少なくエアロ効率の良いシャシーに、強力なパワーユニットを組み合わせることを選択した。結果、ルクレールがポール・トゥ・ウィンを飾ったベルギー、イタリアといった高速コースではすこぶる速かったものの、低速域が多いサーキットでは苦戦。作動域が狭くなったという今年のピレリタイヤへの適応にも苦慮した。
年初に最古参チームの代表に就いたマッティア・ビノット体制下の1年目は、ルクレールという逸材により新風を巻き起こした一方、二枚看板になるはずだったベッテルの不調と、代表就任前のビノットがチーフデザイナーを務めたマシンの失敗に足を引っ張られ、チャンピオンのメルセデスに235点もの大差をつけられランキング2位に終わった。
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来季成功のカギは、スタートダッシュとホンダの「伸び代」──レッドブル
【2019年ランキング】
- レッドブル:コンストラクターズランキング3位(417点)
- マックス・フェルスタッペン:ドライバーズランキング3位(278点)
- ピエール・ガスリー:ドライバーズランキング7位(95点/開幕戦~第12戦はレッドブルで63点、第13戦~最終戦はトロロッソで32点)
- アレクサンダー・アルボン:ドライバーズランキング8位(92点/開幕戦~第12戦はトロロッソで16点、第13戦~最終戦はレッドブルで76点)
レッドブルとホンダのパートナーシップ1年目は、両者に及第点が与えられる内容だった。
開幕から8連勝していたメルセデスの快進撃を止めた、第9戦オーストリアGPでのフェルスタッペンの胸のすくようなオーバーテイクと勝ち方、それを力強く後押しした、ホンダのパワーユニットによる13年ぶりの優勝で、今年のF1にレッドブル・ホンダの台頭という新たな局面が生まれた。
しかし、大成功の一年だったかといえば、そうとも言い切れないだろう。まずはレッドブル側の“反省点”。例年このチームは開幕からのスタートダッシュで出遅れがちだが、今年は特にフロントウイングを中心としたレギュレーション改変に「RB15」を合わせ込むことに時間を費やした。シーズン前から優勝を狙っていた第6戦モナコGPでも、フェルスタッペンが危険なピットアウトをして5秒のペナルティーを受け2位から4位に降格するなど、なかなか結果が出せずチームは焦りを募らせていた。
そんな中、第8戦フランスGPで投入した改良版マシン&パワーユニットがきっかけとなり、夏休み前に上昇気流をつかむことに。チームの地元オーストリアGPでは、高温かつ高地のレッドブル・リンクでホンダのパワーユニットがそのパフォーマンスを存分に発揮、ルクレールのフェラーリとのつばぜり合いを制したフェルスタッペンが今季初優勝を飾った。雨で大荒れとなった第11戦ドイツGPでもフェルスタッペンが勝利。ホンダとタッグを組んで2年目のトロロッソからは、ダニール・クビアトが3位表彰台を獲得するという“おまけ”までついた。
レッドブルの首脳のひとり、ヘルムート・マルコは「今年は5勝したい」と目標を語っていたが、結果はオーストリア、ドイツに第20戦ブラジルGPを加えて3勝。もしダニエル・リカルドがルノーに移籍せず、レッドブルにとどまっていたら、もう少し勝利数は伸びたかもしれない。今シーズン、2人のドライバーが表彰台に上がったことがあるチームは、メルセデスとフェラーリ、そして意外にもトロロッソの3チームだけ。3強の一角でありながら、レッドブルはフェルスタッペンのチームメイト(シーズン前半はピエール・ガスリー、後半はアレクサンダー・アルボン)をポディウムにのせることができなかった。
さて、今年から2チーム4台体制となったホンダにとってはどんなシーズンだったか。入賞も完走もままならなかった、マクラーレンとの苦しく屈辱に満ちた3年間を思えば、開幕戦オーストラリアGPで早くも復帰後初表彰に上り、さらに通算勝利数を3つ増やし「75勝」とし、2回もポールを取れた今年は、まさに夢のような一年だった。
ただ、もともとの出発点が低かったこともあり、フェラーリやメルセデスのパワーユニットとのギャップを埋めるために、規定数以上のパワーユニットを投入してペナルティーを受けるという犠牲も払った。第4戦アゼルバイジャンGPで「スペック2」、第8戦フランスGPで「スペック3」、第13戦ベルギーGPでは「スペック4」とバージョンアップ。そのいずれもが正常進化を遂げており、かつ信頼性も高かったことは評価に値するだろう。
中でもホンダ復活のマイルストーンとなったのは、2018年シーズン中に投入した改良版「MGU-H」と、今季型スペック3で採用したターボ。特に「ホンダジェット」の技術からヒントを得たというターボチャージャーは、パワーユニットへの負荷が増す標高の高いサーキットで強く、優勝したオーストリアやブラジル、フェルスタッペンの黄旗無視のペナルティーでグリッド降格、“幻のポール”となったメキシコでの活躍の原動力となった。
2019年も3強の3番手に終わったレッドブル。2020年シーズンこそタイトル争いに加わりたいところだが、そのためにはシーズン序盤に出遅れないこと、そしてパワーユニット競争においてホンダがもう一皮むけることが望まれるだろう。序列からすれば、フェラーリ、メルセデス、ホンダ、ルノーの順で、ホンダはまだ3番手。メルセデスらの背中は見えたが、当然、上位に近づけば近づくほどハードルは高くなる。この先の「伸び代」に、ホンダの真価が問われている。
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“大変革の年”2021年に向けて
今年の第3戦中国GPで記念すべき1000戦目を迎えたF1にとって、来る2020年は、選手権が始まって70年という節目の年に当たる。ベトナムGP、そしてフェルスタッペンの地元オランダGPが加わり、史上最多の22レースが予定される長いシーズンは、3月15日のオーストラリアGPから始まる。
来季はレギュレーションこそ安定しているものの、2021年には、グラウンド・エフェクトカーの復活など大がかりなルール変更があることが既に決定している。シーズンを戦いながら、新たなルールにのっとったマシン開発を進めるという難しいタスクに、各陣営が挑むことになる。
この変革期を前にして、先ごろホンダは、レッドブルとトロロッソ(来季は「アルファタウリ」に改名)との契約を1年延長し、2021年までF1に参戦することを発表。つまりは2022年以降のF1継続は決まっていないということだ。F1を続けるためには、コストの低減という課題をクリアしなければならず、ホンダとしては、2022年にも導入されるのではないかとうわさされるエンジン開発凍結に期待しつつ、状況を見極めたいという考えなのだ。
将来に向けた判断を保留しているのはホンダだけではない。2020年末にはハミルトン、ボッタス、ベッテル、ルクレール、そしてフェルスタッペンといったトップドライバーたちの契約が一斉に切れる。ターボハイブリッド規定を味方につけたメルセデスのように、新ルール下でどのチームが成功するのか、みな水面下で見定めようとしているのだ。今季最終戦アブダビGPでは、フェラーリとハミルトンが接触したという話題で持ちきりとなり、今後も虚々実々の駆け引きが各所で行われそうである。
新しい機運の胎動が、そこかしこに感じられた2019年。F1は来年も、話題に事欠かないシーズンになるだろう。
(文=柄谷悠人/写真=メルセデス・ベンツ、フェラーリ、レッドブル・レーシング/編集=関 顕也)
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