ホンダ・フィット 開発者インタビュー
すっかり変わった! 2019.12.16 試乗記 本田技術研究所四輪R&Dセンター LPL
主任研究員
田中健樹(たなか たけき)さん
先代のデビューから6年あまりがたち、いよいよ世代交代を迎えるホンダのコンパクトカー「フィット」。これまでと同じワンモーションフォルムの新型には、これまでと違うどんな理想が込められている?
目指すべきは「数値」じゃない
新型フィット開発のキーワードは「心地よさ」だという。思い起こすと6年前、2013年9月に先代モデルが登場したとき、話題の中心はもっぱら「燃費数値」だった。ライバルの「トヨタ・アクア」と熾烈(しれつ)なカタログ燃費競争を繰り広げていたからだ。それが今回は「心地よさ」。しかもその新路線は、先代デビュー後まもない5年前から温めてきたものだという。フィットに何が起きたのか? 開発責任者の田中健樹さんに聞いた。
田中LPL(以下、田中):わたし、先代も担当していまして、最終的には開発責任者代行でした。たしかに、先代の大きなテーマはハイブリッドの燃費でしたね。とにかくクラス最高の数値を出す。そのために、コストと技術を惜しみなく投入して、その結果、発表したときは“低燃費ナンバーワン”をいただきました。ところが、その数カ月後、わずか0.2km/リッター差で“競合車さん”に抜かれちゃった。
――たった数カ月で。
田中:まあ、追い越された、というのもあるんですけど(笑)。そのとき思ったんです。これって本当にお客さんのためになっているんだろうか? コンマいくつ刻みの燃費競争を喜んでくださっているんだろうか……。そうじゃないとしたら、コストや技術を少し別のところに使ってみよう。そこが原点でした。それからは、いろいろ考えて、リサーチしました。グローバルなコンパクトカーとして目指すべきは何か。お客さんが価値を感じてもらえるところに資源を集中しようと思ったら、変わらざるを得なかったんです。
フランス車、入りました!?
テストコースのなかで乗っただけだが、たしかに新型フィットは、変わった。ダッシュボードを含めたドライバーズビューが一新され、内装のテイストはやわらかくなった。乗り心地もしなやかになった。わかりやすく言えば、見ても乗っても、フランス車っぽくなったように感じる。
田中:そう感じてもらえたら、うれしいです。実は先代の開発時からフランス車は気になっていました。ドイツ車とは違う独自の世界を持っていますから。でも、そのころはやはり「フォルクスワーゲン・ポロ」を意識していて、「ポロを超えるんだ」と。フランスやイタリアのクルマは、よさがあっても、なかなか数値化できない。目標にできなかった。しかし今回は数値の競争をやめよう、数値じゃないんだ。そう考えて競合車にフランス車を入れました。
――どこの、何ですか?
田中:シトロエンです。「C3」。いいクルマですよね。心地よさみたいなことでは大いに参考になります。
――具体的には?
田中:例えば、乗り心地ですね。サスペンションをすごくよく動かす。あるいは心地よい視界ですね。これは今回、「シトロエンC4ピカソ」を超えようと思いました。あとは、内外装の色とか、シート表皮をたくさん選べるとか。
――日本車のチーフエンジニアが「フランス車いいね」と言うのを初めて聞きました(笑)。グレード構成や名称もすっかり変わりましたね。
田中:ハイブリッドとか排気量とか、ではなくて、服を選ぶように“好み”で選んでもらえるようにしようと。グレード名の“ホーム”はカラーデザインを担当した若い女性がつけました。“ネス”は、まあ、わたしです。フィットネスのダジャレで(笑)。
――“RS”はなくなっちゃいましたね。
田中:わたしもクルマ好きなので、個人的には惜しいです。でも、先代の販売でMTのRSなどは全体の3%でした。今回はいろいろ割り切りました。やらないものを決めたからこそ、やるところを充実することができたと思います。
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新型フィットの目玉は“視界”
「インサイト」用を改良した、ますますEVな2モーターハイブリッドを搭載したのに、そういった理科系スペックよりももっとソフトな性能についつい目が行くのが今度のフィットである。
外装デザインの責任者、白 鍾國(ベック・ジョングク)さんによると、新しいボディーデザインの裏テーマは、なんと「柴犬」。たしかに先代よりフロントマスクに表情が出た。若い女性にも運転できそうだと思ってもらえるコンパクトなサイズ感。心地よいパートナーとして受け入れられるカタチ全体の雰囲気。それらを実現するデザインの過程で、「いつも柴犬を頭に思い描いていた」という。4代目は「柴犬フィット」として歴史に刻まれるかも。
インテリアは外観以上に変わった。低く水平なダッシュボードに計器盤の出っ張りはない。シトロエンC4ピカソに似たフロントのAピラー/Bピラーがこれまでの国産コンパクトカーにはなかった新鮮な前席ビューをつくりだしている。その点については、内装設計を担当した本田技術研究所の森下勇毅さんと小野結樹さんが語ってくれた。
森下:心地よくて使いやすい視界とは何だろう、ということを突き詰めていった結果がこれでした。単に“視界が広い”だけではなく、例えば駐車時に幅寄せをしているとき、ボディーの向きや傾きがすぐわかって、端っこがどこにあるのかが想像できるようにしたい。そのためには、どういうつくりにしたらいいか。
小野:つまり、“視界が主役”のクルマをつくりたかったんです。メーターフードを取り払ったのもそのためです。視界の気持ちよさを考えたとき、メーターフードはノイズになっているんじゃないかと。なくしてすっきりさせれば、助手席からの視界もすっきりする。
――今回、ボディーサイズを大きくするという話はなかったんですか?
小野:ありませんでした。フィットたるゆえんはこのサイズですから。小さいのに、この大空間があるというのがフィットの神髄、DNAですから。
――国内ではフィットより軽の「N」シリーズのほうがはるかに売れています。コンパクトカーは生き残れるでしょうか?
小野:外寸の規制がある軽自動車に対して、やはりコンパクトカーは“必要なサイズ”でつくれます。このサイズとクラスじゃないと表現できない世界があるんです。だから絶対に消えることはない。そう思っています。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=本田技研工業、webCG/編集=関 顕也)
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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